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3話:奴隷さんを助けました。

朝から投稿です。胸糞注意かもです。

またまたブックマーク増えてました、泣きそうなくらい嬉しいです。ありがとうございます。

「じゃあツー、ミー、パパは人と会って来るからね。ユリと街巡りでもしていてくれ」

 ニコニコとルシア父さんが私達に言い渡す。

 私がこの世界に転生してから七年が経ち、私は初めて『中央都市』────王都へと来た。王都では何処からでも王城が見えて、それを取り巻くように市場やお店、宿があり、そしてその裏には家々が並んでいる。

 因みに今の私の服装はチノパンに白いシャツ、ベストだ。父さん譲りの黒髪をハンチングで隠して顔を見えにくくしたから他の人からはちょっと裕福な街少年くらいに見られるんじゃないかな。因みに転性魔法発動中。妹のミルアは青と白が主体のワンピース。胸元についたリボンが可愛らしい。

「そうだ、ツー。お小遣いでこれを渡しておこう。好きに使いなさい」

 と、父さんは自然な動作で私に大金貨一枚をくれた。……大金貨!?

「ミーの分はユリに渡しておくからね」

「はい、とうさま」

 最近六歳になったミルアは非常に私に懐いており、今でも私の服の裾を掴んで離さなかった。……私何か好かれるようなことしたかなあ。

「あの、ルシア様……メイドの分際で意見するのは失礼だと思うのですが、流石にこれは多すぎでは……」

 珍しくユリさんが困った顔をしてそう言った。うん、私も流石にこれは多すぎると思う。

 この国────というかアステラルの貨幣の認識は何処へ行っても同じで、貨幣と称したが日本でいうお金の価値を持つものは硬貨しか存在しない。紙なんか高級商品だから。

 硬貨の種類は銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、そして大白金貨のみだ。それぞれの価値を日本円に換算すると銅貨が十円くらいで、銅貨十枚で大銅貨、大銅貨十枚で銀貨、銀貨十枚で大銀貨、大銀貨十枚で金貨……と一桁ずつ変わる事に上の貨幣と同じ価値を持つことになる。簡素に表せば銅貨一枚=十円、大銅貨一枚=百円、銀貨一枚=千円、大銀貨一枚=一万円、金貨一枚=十万円、大金貨一枚=百万円、白金貨一枚=一千万円、大白金貨一枚=一億円といった所だ。桁がおかしいので普通なら大金貨以降は日常生活では見ないはず。だってこの世界、王都でも金貨一枚あれば二ヶ月過ごせるくらいの大金だから。というか一般家庭の二月分の月収だから。

 一年間本気で働いても金貨六枚分にしかならないけど、それって凄いことなんですよ? 王国騎士団の一般兵でも月収は大銀貨六、七枚ですからね?

 買い物や支払いは大体銀貨か大銅貨でするのが普通のこの世界。大金貨使う買い物なんてそれこそ大きな家と土地と畑を一気に一括払いで買うようなものだ。因みに我が家に働くメイドさんや執事さんの月収は大銀貨五枚だそうです。それでも住み込みで三食・お風呂・部屋まで付いててそれなので実質金貨一枚分位は行ってるんじゃないかな。凄い優良物件。

「ああ、そうだね。僕も普通ならこんな大金渡したりはしないが……後三年もすればツーは学園があるだろう? あまりこういうことは言いたくないが、学園でもツーの世話を出来るような子を買っておいた方がいいと思うんだ」

「……確かに、そうですね。申し訳ありませんでした、ルシア様」

「なに、謝る必要は無いさ。普通なら僕もこれはちょっとおかしいと思うし」

 ははは、爽やかに笑う我が父。貴方の懐に入っているお金の総額が気になるのは私だけじゃないはず。というかちょっとですか、おかしいと思うのは。

「それじゃあ、頼んだよ」

「畏まりました。お気を付けて」

 肘を曲げてお腹あたりに置き、ユリは丁寧にお辞儀をした。流石プロのメイドさん。お辞儀一つも輝かしい。

「……にいさま、あれはなんですか?」

 今まで黙っていたミルアがふとそう言った。あ、因みに私はミルアが物心つくギリギリ前辺りから転性魔法多用して社会的には『男の子』になってるのであしからず。

 ミルアの方を向くと、ミルアは路地裏の建物を指し示していた。ええと、そっちには何が────って!

「……ちょっとあっち向こうね、ミー」

 即座にミルアの視線を路地裏から逸らしてそちらを見えないように抱きしめる。

「わぷっ……ど、どうしたんですか、にいさま」

 急に抱きしめられたミルアが驚きつつも嬉しそうな顔で見つめてきたけど、それどころじゃない。

「何でもないよ、ちょっと待っててね」

 ……こういうのって、どの世界でも共通してるのかな。

 少し薄暗い路地を見ると、遠くにキラキラと光るネオン板の様なものが沢山見える。それぞれの入口では仲睦まじそうな男女、たまに男性同士、女性同士で入っていって、出てくる時は皆顔を紅くして、腕を組みながら出てきていた。……うん。言うまでもなく、『アレ』用のホテル、というか宿です。

「お嬢様? 何を見て……」

「あ」

 路地裏のラブホ街をじーっと観察しながら「ほんとどこでもあるなああいうの」とかなんとか考えていると、動き出さない私に疑問を覚えたユリさんがそっちの方向を見てしまった。

「お嬢様、あちらを見てはいけませんよ」

「わわっ……」

 肩をくるんと回されて、路地裏から目を逸らされる。うん、一瞬で察したんだねユリさん。少し顔が紅くて可愛いと思うよユリさん。

「にいさまも、ユリさんも、どうしたの?」

「「なんでもないですよ」」

 見事にハモった二人の顔は、まるで写鏡のように引きつっていた。

「で、あれなんなのですか?」

「……えーと(ユリさん助けて)」

 純粋な目で見つめてくるミルアから目を逸らし、ユリさんの方を向いてみる。

「……なんでしょう?(申し訳ありませんお嬢様。私では無理でございます)」

「いやー、そのー……(いや、私の方が無理ですから……!)」

「……(というかお嬢様、アレがなにかお分かりなのですか?! そんな情報どこから!?)」

「……(いや、何となくと言いますか直感と言いますか……というか本当に私では無理です倫理的にアウトです!)」

「……(そのお歳でアレの知識がある時点で倫理も何も無いと思うのですが……分かりました。やってみます……)」

「……? にいさまはなんでうれしそうなの? なんでユリさんはすこしかなしそうなの?」

 勝った! ユリさんとの言外の心理戦に勝利した!

 いやさ、身体は七歳と言えども中身は十八歳なんですよ、私。前世は華の高校生でしたから、まあそういう『アレ』な知識もあるんです。というか多分今の時代小学生でもそういう知識持ってたりしますからね、実際。

「……いいですか、ミルアお嬢様。あのキラキラ光る板は魔法で光っていてですね」

「まほう! あれ、まほうでうごいているの?!」

 お、いい感じに釣りましたねユリさん。

 そう、私の妹ミルアは魔法が大好きなのです。私はちょっとはしゃぎすぎて『王国の建国以来初めての大天才』だのなんだのはやし立てられて、魔法学を教えに来た学園都市の講師の人を挫折させちゃったから続けてなかったけど、ミルアは最近他の講師を呼んで魔法学を習い始めたからそっちに夢中なんだよね。流石ユリさん、よく見てる。

「そうです。ミルアお嬢様も、もっと鍛錬すればあれより強い光を生み出すことができますよ。頑張って下さいね」

「はい! ミルア、がんばります!」

 よし、落ちた。いい感じに落ち着いた。流石ユリさん。本当に流石です。

「では二人共、まずはツルギお嬢様の付き人を雇いに行きましょう」

「はい!」

「はい、分かりました」

 そしてこういうところでちゃんと「奴隷さんを買いに行きますよ」なんて言わないところも流石です。小さい頃から人を『買う』ことを教えちゃ人格形成に問題が出かねないってことをよく分かってる。私は別に小さくないけど、ミルアにとってはまずいことだからね。純粋だし。

「……あ、そういえばけっきょくあのたてものはなにをするところなの?」

「「え」」

 ……私の妹は、知識欲に対して大分貪欲なのかもしれない。純粋な彼女が消え去ってしまう日がいつか来てしまうのか。願わくば永遠に純粋なままで居てほしい。




「いらっしゃいませ」

 扉を開けるとそんな品のある声が聞こえてきた。

 私達が入ったのは、俗にいえば高級な奴隷さんが売られているお店。お金持ち相手に奴隷を売る所だ。店内は小奇麗で一見カフェテリアのようにも見える。でも、こう言ってはなんだけど、私としてはやはり人を『商品』として扱っていることに嫌悪感を抱いてならない。人権って寛大だなあ、なんて今頃思っても無駄だけど、地球って実は凄かったのかもしれない。凄いぞ地球。流石だな地球。

「どういった『商品』をお希望でございますか?」

 にこにこと愛想笑いを浮かべた店主さんらしき人が近付いてくる。流石貴族御用達の店。ちゃんとタキシードのようなスーツを着て「私はひんがありますよ」アピールをしている。

「お嬢様、申し訳ありませんがミルアお嬢様とあちらのお席でお待ちいただけますか?」

「はい、分かりました。いこう、ミー」

「はい、にいさま」

 子供に聞かせないようにちゃんと配慮をするユリさん。メイドの鏡とは彼女のことを指すのだと思う。

 そんなことを思いながら、私は喜々嬉々とするミルアの相手をしながら、彼女と店主の話が終わるのを待った。




side ユリ



「お客様、一体どのような商品をお求めで?」

 紳士な態度を装った店員……いえ、店主でしょうか。それはお嬢様方がテラス近くの席に着いたのを見計らうと、やはり愛想笑いを浮かべてそう聞いた。

「実は、随伴奴隷を探していまして。歳は七歳前後、性別は女性が好ましいですね」

「七歳の女子随伴……ですか。すみません、実は……」

 申し訳なさそうにそういうと、店主は訳あり気に切り出した。実際は商品が売れないかもしれなくて悔しいだけなのでしょうけど。

「実は、貴方様のように随伴奴隷を買うお客様が大勢いまして、今ではその歳の奴隷は前後も含めて『愛玩奴隷』しか居ませんのです。それも弱っている少女しか……」

「弱っている、ですか? 普通は奴隷保護法であまりに強い躾等は自粛する様に言われてるはずですが」

 そもそもの話だが、商品を弱らせるなんて言語道断だろう、奴隷商にとっては。子供と言っても奴隷一人を仕入れるのに掛かる費用や食費、衛生費等を含めても金貨二、三枚はかかるというのに。

「それがですね、実は件の商品、本当は闇市での売れ残りなのです。前の奴隷商が『裏ルート』で売買していたようですが、何分非合法の奴隷商なもので……。元の少女は何処からか攫われてきたようで、躾の為と称し命に関わるレベルでの体罰、というより八つ当たりが常日頃からされていたみたいでございます……。私が保護した時には、もう瀕死の状態でした……」

 ……話だけではよくあることですけど、やはりこうして聞くと苛付きしか感じませんね。ある意味その少女はこうして正規の奴隷商に保護された分マシかもしれませんが。

「それ、本当ですか?」

「っ! お、お嬢様、あちらでお待ち下さいと……っ!」

 不意に聞こえたツルギお嬢様の声。……全く気配を感じられなかった。

「すいません、ユリさん。でも、ミルアが喉が乾いたというので」

「ああ、申し訳ありません、配慮が足りませんでした」

 なんという失態。メイドとして有るまじき行為だ。あとでルシア様になんと仰れば良いのやら……今から頭が痛い。

「で、店主さん。それは本当ですか?」

「は、はい。すみません、お客様。このお坊ちゃまに聞かれては不味かったのでしょうに……」

「……いえ、大丈夫です。ツルギ『様』……」

 一瞬のうちに頭を冷まし、今すべきことを確実にこなしていく。……大丈夫、このお嬢様なら絶対に人を、奴隷を軽視することは無いはずだから。



side ツルギ



「で、店主さん。それは本当ですか?」

 ミルアの飲み物を買いに行く為に許可を取りに来た際、耳に入ってしまった『少女』の話。

 聞いてるだけで胸糞悪くなったけど、それが本当のことならば。

「は、はい。すみません、お客様。このお坊ちゃまに聞かれては不味かったのでしょうに……」

「いえ、大丈夫です。ツルギ『様』……」

 一瞬で我に返ったユリさんがちゃんと私が『僕』に見えるように演技をする。『お嬢様』なんて呼ばれてちゃ折角の転性と男装が台無しだもんね。

「そ、そうでしたか。……ええ、はい。今言ったことは本当のことでございます、ツルギお坊ちゃま」

「……そう、ですか」

 思考する。

 いきなり攫われて、『愛玩奴隷』として理不尽に暴力を振るわれてきた少女の心の傷の大きさを考える。

 攫われさえしなければ、彼女には穏やかで幸せな生活が待っていたであろうに。それを奪った奴隷商とやらが許せない。同じ思いをして、いや、それ以上の苦しみを受けて死ねばいいとさえ思った。

「少女の名前は、なんというのですか?」

「彼女の名は、ミクと申します」

「……!?」

 ……ミクって、もしかしなくてもあの『ミク』だよね。

 『コイまほ☆』の中での主人公、ミクは昔奴隷身分だった。ある日ミクが村の広場で遊んでいたところを、人攫いによって魔法で眠らされてしまい、気付いたら愛玩奴隷として闇市で競りにかけられていた、という物凄く過酷な少女時代を過ごす。躾と称した八つ当たりに耐える生活を続けるが、七歳の頃に子供のいない男爵家に引き取られ、名目上は『愛玩奴隷』だったが実の家族同様に接してもらい、平穏な生活を手に入れる。そして学園に来ることになるのだ。自分が住んでいたところを思い出す為に、そして実の兄と再会するために。

 この事を逆手に取ったリンカさんはその男爵家に濡れ衣を着せてミクを奪い取り、実質的平民から奴隷身分に再び叩き落とすのだ。まあこれした後に王子ルートのバッドエンドなら男爵家を潰した事をミクに知られて刺されて死亡するし、トゥルーエンドも同様。ハッピーエンドに関しては王子にソードガルフ侯爵家の爵位剥奪にミクの奴隷身分解放、そして男爵家にあらぬ罪を着せて路頭に迷わせた罪としてリンカさんは処刑。結局死亡、と。

 つまりこれは名も無き(いやあるんだけど)男爵家がミクを救う代わりに、私がミクを助けることになるのか。

「では、ミクさんをわた……僕にください」

「ええっ!? し、しかし……」

「弱っていても、愛玩用だとしても、僕は彼女がいいんです」

「ですが、本当にいいんですか? ツルギお坊ちゃまが彼女を購入するとしても、彼女は酷い怪我を負っていますし、長く生きられることはないんですよ?」

 そんなにも彼女は痛めつけられていたのか。

 まだ私と変わらない歳なのに。まだ、七歳なのに。

「構いません。僕が治します。例え腕が無くても目が見えなくても、僕が全部治して、彼女を元の場所に返してあげるんです。……さあ、彼女がいる所へ連れていってください!」

 私の必死の声が効いたのか、店主は少し驚いたような顔をして、そして「……分かりました」と言った。

 恐らく今から見るものはミルアには早すぎるだろう。だから今のうちにユリさんに言っておく。

「ここからは僕……いえ、私一人で行きます。ユリさんはミルアの事をお願いしますね」

「ツルギ様……本当によろしいのですか?」

「はい。……きっと彼女は今、私が想像出来ない位苦しんでいるはずです。……なら、助けないと。助けられるんですから」

 私がしなくても彼女は助かるとわかっているけど、助けずにはいられない。これは自己満足に過ぎないと分かっているけど、目の前で苦しんでいる人がいるなら助けたい。

「では、行ってまいります」

「……はい、行ってらっしゃいませ、ツルギ様」

 先程父さんにしたのと同じ、いや、それ以上ち丁寧なお辞儀に見送られて、私は店主が待つ扉の向こうへと足を進めた。




「……こちらでございます」

「っ……」

「……っぅ、……ふー…………!」

 酷い、有り様だった。

 簡素な檻の中で、硬そうなベットに横たわる彼女。その身体の至るところに巻かれた包帯。左目、肩、胸、腹、太股、足……身体を余すところ無く負傷しているんじゃないかと疑うくらい、包帯が彼女の身体を覆い隠していた。一見ミイラと間違えるほどだ。

 彼女の怪我はきっと外傷だけじゃない。

 人の体って怖い。切り傷とか、血が出たとか、そういう『目に見える怪我』なら直ぐに気付くことが出来る。気が付けるなら、直ぐにでも治してやれる。けど……。

「すいません、彼女、外傷だけじゃないですよね?」

「あ、ああ。……よく分かりますね、お坊ちゃま。町医者に見せたところ、このような診断結果を頂いたのですが」

 流石貴族向け奴隷商というか、こういうヘルスケアはちゃんとしてるらしい。まあ、当然といえば当然のことなんですけどね。

 ええと、ミクちゃんの容態は────

『身体状況・瀕死』

 ……初っ端から重いんですけど。いや、気持ち的にも状態的にも。

『胸骨、肋骨、右腕、左脚の骨折』

『左肺に影、穴かと思われる』

『その他内臓に異常なし』

『神経の損傷により右手の使用は不可能』

『視神経の損傷により両目失明』

『鼓膜破損、左耳の失聴』

 ……。

 言葉を失うというのはこのことか。というかここまで分かってるなら治してやれよ、店主さん。町医者程度の魔法じゃ失明や失聴は治らないだろうけど、骨くらいくっつけられるだろ。

「……っふ、だ、れ……?」

 震えた声が聞こえてくる。目が見えない彼女は、今目の前に居る私に怯えている。

「……彼女の値段は、いくらですか」

「……正規の値段でしたら金貨六枚ですが、怪我してること、失明していることを差し引いたら金貨二枚になります」

 金貨二枚。

 たった、二十万程で人が買えてしまうこの事実に、苛立ちや悲しさ、やるせなさを感じずには居られなかった。

「大金貨でお願いします」

「!? ……は、はい。こちらが彼女と檻の鍵になります」

 懐から取り出した大金貨をそのまま押し付けて、おずおずと渡された鍵を受け取り即座に檻を開ける。

「……や、だ……いたい、の、は……や……!」

「! ……大丈夫、私は君の事を絶対に傷付けたりはしません。今、治してあげますから」

 一つ一つ丁寧に迅速に、まずは回復魔法種の初級魔法マザーズ・ハンドで痛みを軽減させ、上位魔法ファストヒールで肺の穴と順次に骨折を治していく。

「あ……」

「大丈夫、大丈夫だから」

 神経ごと真新しく創造魔法で創り出した右手を握り、左手で失われた左耳の聴覚を治す。彼女の身体の至るところにあった怪我は淡くエメラルドに光る私の手が触れる度に消滅し、まるで最初からなかったかのように元通りになっていく。

 最後に彼女の両目に手をかざし、視力の全てを失った彼女に光を戻した。

 そこまでやり終えるのに掛かったのは五分程だけど、自分的には何時間も気を張り詰めていたような気がする。

「え…………? いたく、ない……? めが、みえる……? ても、みみも、ちゃんと────」

 あっという間に治った身体や、光や音を取り戻したことを彼女が理解したと解るやいなや私は情けなくべちゃりと膝を付いて、彼女が横たわるベットに上体を預ける。……疲れた。

 初めて人を治した事と、苦しんでいた彼女を助けた事。二つの事実に喜びと安心感が溢れ出る。

「良かった……ちゃんと治ったんだね」

「あなたが、なおしてくれたの?」

 困惑気味に私の顔を見る彼女に、「そうですよ」と答えてあげる。笑顔を作ったつもりだけど、慣れないことして疲れちゃったから弱々しかったかな。

 なんてことを考えていると、

「あ、あ……ありがとぅぅ……」

「ええっ!? なんで泣くんですか!?」

 ボロボロと泣き出してしまった。彼女の水色の瞳が濡れる。

「わた、わたしっ……ままと、ぱぱと、おにいちゃんとはなればなれでっ……! ぐすっ、おじさんはいつもたたいて、いたくて、かなしくて……!」

 そこまで聞いて私は彼女を抱きしめた。

 それは決して同情でも哀れみでもない。私が純粋に彼女を安心させたいと思っての行動だ。

「もういい、もういいんですよ。君はもう悲しむ必要も、痛い思いをする必要も、孤独に耐える必要もないんです。君は今日から、わた……じゃなくて、僕の家族だから」

 だから、泣かないでくれると助かるかな。

 そうやってはにかむと、彼女はさらに大泣きしてしまった。ええー……。

「お嬢様っ! ご無事で……は?」

 ミクさ……いや、もう家族だしミクでいいか。ミクの泣き声は隣の接待部屋まで聞こえていたらしい。血相を変えて飛び込んできたユリさんに、後からちょこちょことミーや店主が付いてきた。おいおい、ミー連れてきちゃダメでしょ?

「大丈夫、もうこの子は元気ですよ。食事をちゃんと取ろうとしなかったみたいでちょこっと弱ってますけど、すぐ治る。ね、ミク」

「う、うん……」

 涙を拭いながらミクが言う。

 店主やユリさん達を見てはてな顔してるってことは、この子の目が見えなくなったのは前の奴隷商の時か。後で情報収集しておこう。

「お、驚いた……これ、いや彼女は本当にミクなのですか?」

「はい、正真正銘ミクですよ。ね?」

「は、はい。わたしはミクです」

 私の後ろに隠れてミクが小さく返事をする。あまり事態を把握出来てないらしい。

「あの……わたしは、えと、あなたのかぞくになるの?」

「ええと、一応ちゃんと説明しておきますね」

 ユリさんに目配せしてミーを接待部屋に戻してもらい、店主さんと一緒に身振り手振りで説明すると、ミクは少しだけ悲しそうに言った。

「わたし、どれいさんになっちゃったんだ……」

「えとー……あのね、確かに世間的に見たらミクは『奴隷』なのかもしれないけど、僕や僕の家、ソードガルフ家は絶対にミクを奴隷としては扱いません。それはこのツルギ・ソードガルフの名において誓います。ただ、ちょっとだけお仕事してもらうかもしれないけど、それはユリさん……さっきのお姉さんみたいに、メイドさんみたいな、家事手伝いのようなことだから、大丈夫。君を愛玩奴隷になんてさせないから。……それでも、いいですか?」

 ソードガルフの名を出した瞬間店主が目を見開いたが、無視して話し続ける。……どうでもいいんだけど敬語とタメ語が混じってもう何がなにやらだ。ちゃんと敬語に統一しとこう。

「……うん、じゃなくて、はい。わたしは、ツルギくんとかぞくになりたいです」

 またも店主が驚く。……ころころ表情が変わって面白いな、この人。

「……ってことで、彼女とお釣りを頂けますか? 首輪と足枷と鍵はお返しします。付ける気ないので」

 革製の首輪とごつい鉄の足枷を押し付けて、ミクの手を引いて接待部屋へ行く────前に。

「この服どうにかしなきゃなあ……」

 ミクが着ている質素な白いワンピースは、ワンピースというより布に穴開けて首とおしてワンピースに見えるように縫い付けたような、そういった印象を受ける。流石にこれで外に出したらミクが嫌な思いをしそうだ。

「ミク、どんな服着たいですか?」

「え? えーと……わたし、どれいさんなんだよね? あんまりわがままいったら……」

「いいんですって、家族なんですから」

 そうは言っても、と言った感じで言い渋るミク。うん、まあ遠慮の心は大事だよね。古き良き日本の心だ。

「じゃあ取り敢えず、適当にシャツとスカートでいいですか?」

「えっと……わっ!」

  返事を待たずに創造魔法の上級魔法《原子創造》で質素な白いカッターシャツとシンプルな黒地にブルーラインの入ったスカート、カーディガン、それと靴を創り出す。この世界のファッションに地球に物凄く近いものがあって良かったなぁ、なんて思いながら追加で《眷属者の証》という称号を持ち主に与える効果を持たせた懐中時計を創って、全部ミクに押し付ける。ステータスは人に見られるわけじゃないから特に意味はなさそうに見えるけど、実はこの《証》を持ったアイテムは、渡された人が怪我したり危害を受けた際に反応し私に教えてくれたりする便利ものなのだ。防犯ブザー代わりだと思えばいいかな。

「えっ……えっ!? これ、どこから……!?」

 目の前で見たものを信じられない、といった様子で押し付けられた衣類と私を交互に見るミク。正直物凄く可愛いです。

「じゃあ店主さん、お釣りと証明書とか必要な書類をユリさんに渡しておいてください。僕は彼女が着替え次第一緒に行くので」

「は、はあ……」

 店主は店主でやはりというか《創造魔法》を直に見せられて驚いているようだった。まあこれは私だけの魔法ですからね。

「さ、早く着替えて」

「え、えと……あの、ツルギくんの、まえで?」

「ん? 何かおかしいですか?」

「え、えーと……ううん、なんでもない、よ……」

 何故か顔を赤くしながらミクが着替え始めた。それをぼーっと眺める私。

 貴族向けの奴隷となると、さっきのヘルスケアや髪質、身体の汚れなんかもちゃんと気を使うらしい。ミクは怪我まみれだったからタオルかなにかで拭くだけだったのかもしれないが、それでもミクの身体は綺麗だった。種族はゲーム同様人間で、《覗き見》で見た感じでは魔力量やレベルは年相応。うん、やっぱりこの子はあのミクだ。

 そういえばなんでミクは顔を紅くしたのだろう、と考えたあたりでミクの着替えは終わり、やはり紅いままの顔をじっと見つめていると目を逸らされた。

「…………あ」

 ……そうだった。今私、男じゃん。

「ご、ごめんなさい、ミク……僕、あんまり考えてなくて……」

「う、ううん……だ、だいじょうぶ」

「あー、うー……えーと……取り敢えず、行こっか」

 意味不明な唸り声を上げて、私は誤魔化した。ほんとにごめん、ミク。でも私一応女だから安心して欲しい。


 手を繋いでそのまま接待部屋へと戻ると、ミルアが飛び付いてきた。

「にいさまー」

「わっ、どうしたの、ミー」

 咄嗟にミクの手を離し、ミルアを抱きとめる。

「にいさま、おそいですよう」

「ああ、ごめんね。ちゃんと説明するからね」

 ミーの頭を撫でてやると、隣でミクから羨ましそうな目で見られた。え、なに? ミクもして欲しいの?

「紹介するね、ミー。彼女はミク。今日から僕達の家族だよ」

「よ、よろしくおねがいします……」

 ミクがおずおずとお辞儀する。

 ミーはミクを見てしばし目を瞬かせた後に、目を輝かせて言った。

「ねえさまができたの!?」

「そうだよ、ミー」

「やった! えと、わたしはミルア・ソードガルフです! ミクねえさま、よろしくおねがいしますっ!」

 ぺこりとミーもお辞儀する。うむうむ、仲良きことはいいことだ。

 出会ってすぐに打ち解けたミーとミクは暫し席で雑談し、後から書類や何かを持って戻ってきたユリさんが微笑ましそうな顔をしていた。その気持ち、分かります。

「始めまして、ミクさん。私はユリ・クロナーゼ。ソードガルフ家及びツルギ様、ミルア様にお仕えするメイドでございます」

「は、はい。よろしくおねがいします」

 目下のものにもしっかりと自己紹介をするユリさん。ホントもう部活の先輩に欲しかったです。

「使用人の仕事については屋敷に戻り次第教えます。今日はこの後ツルギ様のお父様、ルシア様と対面することになりますが、事情は伝えてあるので心配はいりませんよ」

「あ、ありがとうございます」

 ぺこぺこお辞儀するミク。天然だけど礼儀正しい彼女の性格はこの頃からだったらしい。流石『女神』とまで言われるだけはあるね、ミク。

「ツー! ミー! 待たせてすまなかったね!」

 ユリさんとの自己紹介等が終わったあと、お世話になった店主にお礼して(ちゃんとお釣りももらいました)待ち合わせの場所で談笑に夢中になっていると、そんな感じでルシア父さんが飛び付いてきた。勿論躱したけど。

「酷いじゃないか、ツー。パパとの触れ合いを避けるなんて」

「そういうのは母さんとどうぞ。僕はお断りです」

「つくづく子供らしくないなあツーは。まあそういうところも可愛いんだけども」

 なんていいながら頭を撫で撫で。ミクがオロオロしてるのでそろそろ気付いてあげてください。

「おや、君が噂のミク君かな?」

「はうっ! ひゃ、ひゃいっ、ミクですっ!」

 ミルアとの触れ合い中(ミルアは嫌そうだったけど)に唐突に父さんがミクの方を向いて聞く。唐突すぎてミクが跳ねたのはちょっと驚いた。

「聞いてると思うけど、僕はルシア・ソードガルフ。ツーとミーのパパだよ。そして、君の二人目のパパだ。遠慮せずに甘えなさい」

 柔らかな笑みを浮かべ、父さんはミクの頭を撫でた。

「あ、ありがとうございます。でも、わたしをたすけてくれたみなさんに、ちょっとでもおかえししたいので、ツルギく……ツルギ様のおてつだいをしてもだいじょうぶですか……?」

 たとたどしい敬語に、ルシアが更に口元を緩ませた。うん、可愛いよねミク。必死さも相まって物凄く可愛いよミク。このミクのキラキラした目を闇色に染めることだけは避けなくちゃならないな、と決心を新たにする。

「ああ、元より君に頼む気だったからね。君には、ツーと一緒に学園都市に行ってもらう。勿論、君の分の学費や何かは僕らが出すし、必要ないとは思うがツーの身の回りのサポートをして欲しい。あとは純粋に、学園生活を楽しんで欲しいのも確かかな」

 ルシア父さんを見るとできた大人だなあ、と、何時も思う。地球ではもう絶滅危惧種の大人だ。子供を軽んじず、個人として対話する。その中でちゃんと親と子だという意識を持ち、子の幸せを考えてやる。こんな大人になりたいものだ。

「ツーはちょっと特殊なんだ。君もすぐに知ることになる。それを知っても君が彼に仕えたいというならば、僕は君を正式に雇おうと思う。親として、家主として、ね」

 ぱちりとウィンクしてルシアは子供のように笑う。ミクも釣られて笑いながら「はい!」と元気に返事をした。

「にいさまー、『とくしゅ』って、にいさまがなにかかくしてるってこと?」

 不思議顔でミルアが聞いてきたけど、今ここで言うのはちょっとまずい。「なんだろーね?」と、笑いながらかわしておいた。

 あ、ちなみに家に帰った後アンジュ母さんが「きゃーっ! 可愛い、可愛いわよミクちゃーんっ!!」とかなんとか叫びながら私が創った洋服を見に纏うミクを愛でたことにより、暫くミクが母さんに対し怯えていたのは言うまでもない。自重しようぜ、母さん。


ツルギくん(♀)は結構抜けてたりします。

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