美代(1)
「あ、美代」
「おっす。また来てやったぞ」
良美の笑顔ははちきれんばかりで、病室という場にはそぐわない元気に漲っており、美代はそんな彼女の様子にすっかり安心した。
「だいぶ調子良さそうね」
「うん、もうだいぶと」
良美が腹痛を訴えたのが一週間ほど前。
高校の合唱部に属している美代と良美は、その日もいつも通りに音楽室へ向かい、皆が集合するのを部屋の中で待っていた。
「いたたた……」
顔をしかめ、腹を抑える良美は傍目から見ても辛そうだった。
「大丈夫?」
毒にも薬にもならない問いかけに対しての良美の反応が「うーん、ちょっと……」という芳しくないものだったことから、事は少し深刻に思えた。良美が簡単に弱音を吐くタイプではない事もそう感じた一因だった。
「今日は休みなよ。先生には言っといてあげるから」
「うん……そうする、ごめんね」
「いいから、早く帰りな」
良美が入院する事になったと聞いたのは翌日の事だった。
驚きと不安がぶわっと襲い掛かってきたが、内容を聞けば腸炎で、命に関わるものでもなく一週間程入院すれば元気になるとの事だったので、不安は一気に鎮まった。
それから美代は毎日彼女の見舞いに訪れた。良美は四人一部屋の病室のベッドに寝そべっていた。
初めこそ辛さがまだ残っていたが、三日目ともなると、食事も普通にとれるようになり、身体が落ち着いて来た事で心も元気になったのだろう。いつもの笑顔を見せるようになってくれた。
「明後日には退院出来るみたい」
「良かったね。でもすぐに歌って大丈夫なの?」
「一応大丈夫みたい。でも一週間さぼってるみたいなもんだから、ちょっと慣らさないとね」
「そんな一週間程度で衰えないでしょ」
「いやいや、でもお腹すんごい痛かったんだから。もう死ぬんじゃないかってぐらい」
腸炎にかかった事なんてないが、大袈裟な物言いをするタイプでもないので本当にそれぐらいの激痛だったのだろう。想像するだけで腹に痛みがはしったような気がして、美代は脇腹を抑えた。
「じゃあ、またね」
「うん、毎日ありがとう」
少しばかり雑談を交わし、美代は椅子から立ち上がった。手を振る良美に美代も同じように応える。その時、ちらりと隣のベッドに目を向けた。
良美の隣のベッドに、いつもの二人がいた。