1話 異世界召喚
「はぁ……。やっと終わった」
年末恒例、ふるさと納税の駆け込み処理ラッシュ。俺、鈴谷湊35歳、地方公務員は、今年もこの時期を生き延びた。
職場の戸締りをして家に帰る途中、身震いした俺はマフラーを巻き直し、空を見上げる。
「うぅ、さぶっ!……初雪か。雪が降ると思い出すな。子供の頃のことを――」
幼少期、雪の中を駆けまわる当時飼っていた白い犬のことを思い出していたその時。
急な浮遊感に襲われ足元へ目を向けると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。
「うわあああ!!落ちる!!」
崩落!?
なんでピンポイントで俺がいるところに穴が!!
ああもう!どうして俺はこう、ついてないんだ!!
あー、明日の仕事いけるかなぁ……。
ふるさと納税の処理、俺がいなくても回るかな。
全部チェックは済ませたし、あとは同僚たちが何とかしてくれると信じて――
※ ※ ※
「――様だ!!」
「おお!成功だ!」
周囲の騒がしさで目を覚ました俺。
ゆっくりと起き上がり周囲を見るが煙っていてよく見えない。
うっすらと周りに人影が見えるのだけは微かに確認できる。
あれ?ここは?
そういえば俺は、急に道路に空いた穴に落ちて……。
穴に落ちたことを思い出した俺は、ハッとして、立ち上がり自分の体を確認する。
あちこち触れてみたが、どこにも痛みは感じない。
それどころかあんな穴に落ちたにもかかわらず、スーツにも傷一つ無かった。
そのうち周囲の煙が薄れ、煙の向こうに幾人もの人のシルエットが見えてくる。
「おお!聖女様!我らの呼びかけに応じていただきまことに――」
煙の向こうから一人の男の声が聞こえ始めた。
しかし、そこまで口にしたところで煙が晴れ、互いの姿が確認できるようになると、俺と目が合った男は言いかけの挨拶も途中に口を閉じ、固まってしまった。
聖女?このおっさんは何を言ってるんだ?
それにおっさんの隣には、眉を顰めながらこっちを見ている王冠を被った陰険そうなおっさんも居るし。
周囲にいるのは甲冑を纏ったコスプレ集団か?
……どこかのコスプレ会場?
「えっと、ここどこですか?」
誰に尋ねるでもなく、俺がそう口にすると、先ほど挨拶を途中で切り上げた男が返事をしてくれた。
「ここはフリーゲル王国でございます。聖女――いえ聖者様。私はこの国の宰相を務めますヘルマンと申します」
王国?聖女?聖者?宰相……?
えーと、そういったロールプレイ?
コスプレでフラッシュモブ的な?年末だよ?
あっ。女性にフラッシュモブを仕掛けるつもりだったのに、穴に落ちたのが男だったから、慌てて聖女から聖者に訂正したのかな?
凄いセットとエキストラの数だし、可哀そうだから少しだけ乗ってあげるか。
「えーと、俺はこの後どうしたら?」
「すみません。では失礼して。水晶をこちらに」
宰相はそう言って、人の頭ほどの大きさの水晶を抱え近くに控えていた女性を手招きで呼びつけた。
そしてその水晶に触れるように手で促してきた。
「聖者様、こちらにお手を」
よくわからないけど、手で触れればいいんだな。
言われるがまま、大きくて高そうな水晶にそっと手を触れる。
すると水晶の真上、空中に半透明のウィンドウのようなものが浮かび上がった。
えっ?ホログラム?
投影するためのガラス板とか全く見えないけど凄い小道具だなぁ。
そして俺はホログラムのようなウィンドウに表示された内容を見た。
何々?
スズヤミナト35歳 男 人間
レベル1 職業 公務員
【ふるさと納税】
【鑑定】
え?なんで俺の個人情報をこのおっさんたちが知ってんの?
誰の仕込み!?ふるさと納税課の同僚か!?
慌てて知り合いが居ないか周囲を見渡すと、何故かコスプレ集団が微妙な顔をして、ひそひそと話し始めていた。
王冠のおっさんに至っては、苛立ちをあらわにしているように顔をしかめている。
なんで?
苛立ちを隠せない王冠のおっさんが宰相に向かって怒鳴り声を張り上げた。
「これはどういうことだ!」
「すみません!私も何が何やら……。ですが聖女召喚の儀式は滞りなく完了しておりますので……」
「こいつが聖女なものか!?こんな冴えない中年男を呼び出しよって!!」
このおっさん何にそんなにイラついてるんだ?
ターゲットは女性のはずが男を選んだから怒ってるのか?
ってことは、この人がフラッシュモブの主催者?
「まぁまぁ。落ち着いてください」
「うるさい黙れ!貴様のせいだ!!叩き切ってくれる!!」
なっ!?言うに事欠いて俺のせいだと!?
勝手に巻き込んでおいてこのコスプレ親父め!
ってかその剣、模造刀だよね?
なんか重そうに両手で構えてるし、メッチャリアルに見えるけど?
「陛下!落ち着いてください!聖女召喚の儀式の件は城内に知れ渡っております!万が一、聖女を王が切り殺したと知られると民意を失う恐れが!!」
「ちっ!だったらこいつをさっさと私の目の届かぬところにつまみ出せ!!」
「……仰せのままに」
なに?どういうこと?
今度は追放ロールプレイさせられるの?
全然面白くないんだけど。
宰相の案内に従い部屋を歩いているうちに、俺はこの場所が得体の知れない場所だと知ることになった。
最初の部屋を出て長い廊下を歩きはじめ、窓から外が見えたので覗いてみた。
すると眼下に広がる町並みは、とても現代的な建造物とは思えぬ石造りや木造の建物ばかりで、街を行き交う人々も明らかに現代風ではない服を身にまとっている。
撮影村にしてもこれほど大きな建物や街並みを再現するのはあり得ない。
そもそも俺の職場の近くにこんな場所が在るはずがない。
いやいや……。
そんなことあるはずが……。
そう自分に言い聞かせようとするも、自分の置かれている状況が理解でき始めた俺は、血の気が引いていく。
宰相さんが止めに入らなかったら、王ってやつに俺は切り殺されてたってこと?
ここはフリーゲル王国っていう謎の国で、異世界……?
思考がまとまらず混乱したまま歩いていると宰相と両脇を歩く騎士が立ち止まった。
そして、目の前の大きな扉が開かれ、宰相が軽く頭を下げつつ口を開く。
「先ほどは我が王が失礼いたしました。聖女――いえ、聖者様。これは僅かばかりですがお受け取りください」
宰相はそう言って懐から小さな麻袋を取り出し、俺に差し出してきた。
受け取って中を覗いてみると、金色の硬貨が30枚ほど入っていた。
この国の貨幣なのかな……?
「本当は国を挙げて聖者様をもてなす予定だったのですが、王命には逆らえません。どうか聖者様の今後の無事をお祈りしております」
「はぁ」
宰相と騎士2人に見送られる形で俺は城を離れ、重い足取りで街へと向かった。
街を行きかう人々は普通の人間だけではなく、獣の耳や尻尾を携えた人、体表に鱗のようなものが生えた爬虫類っぽい人まで居る。
やっぱ、ここは異世界なのかぁ……。
露店や屋台に並ぶ目新しい商品や、行き交う人を眺めながら当てもなく歩いていると、やたらと周囲の視線を自分が集めていることに気が付いた。
さっきから、やたらと見られているような。
周囲の視線が気になったので、俺は自分の姿を確認するために視線を落とす。
そして注目を集めていた理由に、すぐに気が付いた。
仕事帰りだったので、俺の服装は上下スーツ姿で、中にはワイシャツとネクタイだった。
あー、こりゃ目立つわけだ……。
どこかで服でも買い替えなきゃだな。
はぁ……。
それにしても、異世界かぁ……。
いきなり呼び出されたうえ放り出されたので、この世界について何一つわからない。
これからどうしよう……。
途方に暮れて歩いていると、後ろから急に声がかかる。
「お兄さん。ちょっといいですか?」
所持金 金貨30枚
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