第20話:鍵の残響
風が、まだ残っている。
さっきまで、確かにそこにあった“何か”の名残。
クロエは、その場から動かない。
手を、胸に当てたまま。
「……残ってる」
小さく呟く。
セレナが隣に立つ。
「さっきのか」
クロエは、ゆっくり頷く。
「消えてない」
目を閉じる。
“感覚”を辿る。
形はない。
言葉にもならない。
だが――確かにある。
エルが解析を開始する。
「内部信号、再走査」
「不明データ、展開試行」
わずかな間。
そして――
「……解読不能」
クロエが、薄く笑う。
「だろうね」
目を開く。
空を見る。
「でも」
一歩、踏み出す。
「分かる」
セレナが問う。
「何が」
クロエが答える。
「“向き”」
沈黙。
「どこにあるかじゃない」
ゆっくりと言う。
「どっちに行けばいいか」
そのまま、歩き出す。
迷いはない。
エルが反応する。
「行動指針、不明」
セレナが制止する。
「待て」
クロエは止まらない。
「大丈夫」
短く言う。
「これ、たぶん」
少しだけ笑う。
「間違えないやつ」
セレナが息を吐く。
「……根拠は」
クロエは振り返らない。
「イブ」
それだけ言う。
沈黙。
エルが記録する。
「判断基準:外部接触存在“イブ”由来」
セレナが、ゆっくり頷く。
「……いいだろう」
一歩、並ぶ。
「ただし」
視線を前に向けたまま。
「外れたら、止める」
クロエが笑う。
「任せる」
三人が、同時に動き出す。
街は、いつも通り。
人の流れ。
音。
光。
何も変わらない。
だが――
クロエの視界だけが、違う。
“ズレ”が見える。
ほんの僅か。
だが、確かに。
「……ここ」
クロエが立ち止まる。
路地の入口。
何もない。
だが――空気が、揺れている。
エルが解析する。
「局所異常、確認」
セレナが構える。
「反応ありか」
クロエが、手を伸ばす。
今度は、迷わない。
触れる。
“繋がる”。
「――っ」
視界が、反転する。
一瞬だけ。
白。
黒。
その狭間。
すぐに戻る。
だが――
“開いた”。
エルが即座に報告する。
「境界層、局所開放」
セレナが低く言う。
「……鍵だな」
クロエが息を吐く。
「やっぱり」
空間の奥。
わずかに、広がっている。
“向こう側”。
まだ不完全。
だが――確実に、道になっている。
クロエが、一歩踏み出す。
セレナが並ぶ。
エルが追従する。
三人が、同じ方向を見る。
クロエが言う。
「行ける」
セレナが答える。
「ああ」
エルが告げる。
「新規領域、接続確認」
風が、吹く。
今度は――内側から。
境界は、もう壁ではない。
“通路”だ。
クロエが、小さく笑う。
「……面白くなってきた」
三人が、踏み込む。
その先へ。
イブが残したものは、終わりじゃない。
“開くためのもの”。
選択は、続く。
だが――その形は、変わり始めている。
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