第1話:名前のない少女
目覚めた時、少女はすべてを失っていた。
残されたのは、黒い翼と――
“終わらせる力”。
これは、運命に選ばれた物語じゃない。
自分で選び取るための物語だ。
瓦礫に埋もれた静かな街。
風は吹くのに、音だけが消えたかのようだ。
少女は立っていた――黒い翼を背に。
「……ここ、どこ」
声は遠く、思い出せるものは何もない。名前すらわからない。
目の前に映る影に広がる翼だけが、現実を突きつける。
頭上から声。電柱に止まる一羽の鴉。
「契約は成立した。お前はもう、人間ではない」
少女は驚きも恐怖もなく、静かに頷く。
「名前は?」
「名前がないと不便だから――クロエ」
クロエ――その響きが心に落ちる。
しっくりくるような、どこか違和感のある名前。
その時、空が軋む。紫に濁った空間が裂け、何かが落ちてくる。
「――来るぞ」
現れたのは人の形をした侵食体。顔は空洞。
鴉の声が告げる。
「お前の“仕事”だ」
侵食体が突進してくる。
背中に熱が走る。黒翼――その瞬間、体が勝手に動く。
羽を広げ、闇の力を振るう。
侵食体は真っ二つに裂け、瓦礫と共に崩れ落ちる。
「……できた」
感情はなく、ただ事実を確認するだけ。
鴉は笑う。
「それが、お前の力だ」
ふと、頭の奥に断片的な記憶が引っかかる――声、笑い声。
だがそれは霧のように消える。
「代償だ。お前はもう、“何か”を失っている」
悲しみも怒りもない。理解だけがある。
クロエは空を見上げる。
裂けた世界、まだ落ちてくる何か――
「終わらせればいいんだね」
鴉は頷く。
「それがお前の存在理由だ」
黒い羽を広げ、少女は一歩を踏み出す。
名前を持たぬ少女――クロエは、戦う理由だけを手に入れた。
世界の侵食は、静かに始まっていた。
第1話、読んでいただきありがとうございます。
ここからクロエの物語が動き始めます。
少しずつ世界の真実や、彼女の過去も明らかになっていきます。
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