第22話:存在しない記録
もう一つの扉。
深層のさらに奥。
存在するはずのない場所。
誰も知らない場所。
その扉は静かに立っていた。
青い光もない。
観測線もない。
記録もない。
ただ。
そこにある。
クロエは眉をひそめた。
「なんだあれ」
継承記録を探る。
だが。
何も出てこない。
記録が存在しない。
観測深層の管理者になった今ですら。
何も分からない。
ノクスが呟く。
「嫌な予感しかしねぇな」
セレナも警戒する。
翼が小さく揺れる。
エルだけが扉を見ていた。
じっと。
まるで。
何かを思い出そうとするように。
その時。
最初のクロエが振り向いた。
群青の瞳。
少しだけ驚いている。
『まだ残ってたんだ』
クロエが目を細める。
「知ってるのか?」
少女は頷く。
だが。
その表情は複雑だった。
懐かしさ。
戸惑い。
そして。
恐れ。
初めてだった。
最初のクロエが、
明確な恐怖を見せたのは。
『開いてはいけない』
静寂。
クロエが問い返す。
「なんで」
少女は答えない。
裂け目を見る。
外側を見る。
そして。
扉を見る。
『私も開けなかった』
ノクスが顔をしかめた。
「お前が?」
少女は頷く。
『最後まで』
『結局』
『中を見なかった』
観測深層が静まる。
まるで。
その言葉を待っていたみたいに。
クロエの胸がざわつく。
違和感。
ずっと感じていた違和感。
何万回も世界が繰り返された。
最初のクロエは覚えている。
外側の存在も知っている。
なら。
何故。
この扉だけ知らない?
その瞬間。
エルが動いた。
一歩。
扉へ近付く。
クロエが声を上げる。
「おい」
エルは止まらない。
銀髪が揺れる。
ノイズが零れる。
そして。
静かに言った。
「観測不能」
「だから気になる」
クロエは即座に返した。
「その理屈やめろ」
だが。
エルは扉の前に立つ。
そして。
そっと手を伸ばした。
最初のクロエの顔色が変わる。
『駄目!』
初めての大声。
その瞬間。
扉が。
ひとりでに開いた。
世界が白く染まる。
誰も反応できなかった。
光。
記録。
ノイズ。
全てを飲み込む光。
そして。
扉の向こうから。
一人の少女の声が聞こえた。
『やっと来た』
クロエの背筋が凍る。
その声は。
自分の声だった。
だが。
最初のクロエとも違う。
もっと深い。
もっと古い。
もっと静かな声。
そして。
光の中で。
新たな黒髪の少女が微笑んだ。
『待ってたよ』
観測深層が、
初めて悲鳴を上げた。
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