表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が全く使えない「言語学者」、異世界の古代語を解読したら全ての呪文の"誤訳"に気づいてしまった  作者: なは
第5章:地下の翻訳教室

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/62

灰ノ原

 夜明け。


 馬車は街道を南西に進み続けていた。


 鎮語官との遭遇から六時間。追手の気配はなかった。あの三人が先遣隊だったとすれば、本格的な追撃部隊が編成されるまでにはまだ時間がある。


 ——あるいは、学院長が約束通り、時間を稼いでくれているのか。


 朝日が森の木々の隙間から差し込み始めた頃、景色が変わった。


 深い森が途切れ、灰色の荒野が広がる。かつて鉱山だった土地。草は疎らで、ところどころに廃坑の入口が暗い口を開けている。


 空気が乾いている。土埃の匂い。遠くに——街が見えた。


 灰色の石壁に囲まれた街。煙突から薄い煙がたなびいている。壁面にはところどころ巨大な爪痕が刻まれ、応急処置の板塀が張られている。


 灰ノ原。


「着いた……」


 テオが馬車の幌を捲り上げ、街を見つめた。


「あの爪痕は……魔獣ですか」


「鋼牙獣だろう。レオンハルトが言っていた魔獣被害。壁がやられている」


 街門の前で馬車が停まった。門番が二人、槍を構えて近づいてくる。


「何者だ。旅の商人か」


 レオンハルトが馬車を降り、門番に向かった。


「商人ではない。魔導士だ。十四人。——この街の防衛に力を貸しに来た」


 門番が目を見開いた。


「魔導士? 王都から?」


「王都の学院から来た。だが——公式の派遣ではない。事情は市長に説明する。通してくれ」


 門番の一人がもう一人と目配せをした。


「……最近、魔獣被害がひどくてな。駐留の王国軍は増援を求めているが、王宮からは返事がない。魔導士が来るなら——断る理由はない。だが市長への取り次ぎは俺たちの権限じゃない」


「取り次いでくれるだけでいい」


 門が開いた。


     * * *


 灰ノ原の市長——ヘルムート・グルーバーは、五十代の頑健な男だった。元鉱夫。大きな手に、鉱山仕事の古い傷がいくつも残っている。


 市庁舎の一室で、エルネストとレオンハルトが事情を説明した。


 王立魔法学院からの脱走。古代語の文法修正技術。管理部からの弾圧。——すべてを、隠さず話した。


 ヘルムートは太い眉をしかめ、腕を組んで聞いていた。


「要するに——学院で禁止された技術を持っている魔導士が、追手から逃げてきたわけだ」


「その通りです」


「で、うちの街の防衛に力を貸す代わりに、匿ってくれと」


「匿っていただければ助かります。ですが——力を貸すのは交換条件ではありません。この街の結界が劣化して魔獣が溢れ出しているなら、僕たちの技術で修復できる可能性がある」


 ヘルムートがエルネストを見た。痩せた若者。杖すら持たず、腰にはノートだけ。


「お前さん、魔力は?」


「E判定です」


「はっ」


 ヘルムートが笑った。だが馬鹿にしたのではない。次の言葉がそれを示した。


「E判定の若造が、十三人の魔導士を率いて学院から脱走してきた。その十三人が付いてきたのは、お前さんに何かがあるからだろう。——それだけ信頼されてる人間を、追い返すほど俺は馬鹿じゃない」


「受け入れていただけますか」


「条件がある。うちの街の魔導士たちにも、お前さんの技術を教えること。こちらも防衛が手一杯なんでな」


 エルネストは即答した。


「喜んで」


「決まりだ。宿舎は旧鉱山事務所を使ってくれ。広いが埃っぽい。……魔法で何とかなるだろう」


 レオンハルトがまたしてもため息をついた。


「また俺が火で乾かすのか」


「乾かすだけでいい」


「毎回それだけだと言うな」


     * * *


 その日の夕方。


 旧鉱山事務所が、新しい教室に生まれ変わった。


 地下貯水槽の時と同じだった。レオンハルトが火で乾燥させ、テオが連句で壁を補修し、ティアが水で洗い流し、クララが風で埃を吹き飛ばす。


 黒板代わりの大きな石板が壁に立てかけられ、エルネストがチョークを手に取った。


 十四人の仲間たちが——新しい教室に、腰を下ろした。


「さて」


 エルネストが全員を見渡した。


 学院の地下で始まった教室が、辺境の街で再び開く。教壇の上からの景色は変わったが、やるべきことは変わらない。


「ここからは、二つの戦いが始まる」


 石板にチョークで書いた。


 『一、灰ノ原の防衛。古代結界の修復と魔獣への対処』

 『二、封印碑銘録の解読。バベルの正体と封印の真実の解明』


「灰ノ原の人々を守ること。そして世界の危機の正体を突き止めること。この二つを同時に進める」


「三つ目は?」


 ティアが微笑んだ。


「三つ目?」


「教室です。正しい言葉を教え続けること。——それが一番大事なことでしょう」


 エルネストは苦笑した。


「ああ。——三つ目は、教室だ」


 石板に書き加えた。


 『三、教える。誰にでも、どこでも、いつまでも』


 窓の外で、夕日が灰色の荒野を琥珀色に染めている。遠くに、鋼牙獣の遠吠えが微かに響いた。


 新しい戦いが、今日から始まる。



お読みいただきありがとうございました!


面白かったらブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、モチベーションが爆上がりします!


次回もまた、お付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ