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魔法が全く使えない「言語学者」、異世界の古代語を解読したら全ての呪文の"誤訳"に気づいてしまった  作者: なは
第5章:地下の翻訳教室

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弟子の翼

 エルネストが永久完了相の研究に没頭している間にも、弟子たちの成長は止まらなかった。


 特に目覚ましかったのは、ライナーの振動詠唱の進化だった。


 ある夜の訓練中。


「先生。……一つ、試したいことがあるんですが」


 ライナーが珍しく積極的に手を挙げた。大きな体を丸める癖はまだ残っているが、訛りを笑われることへの怯えは、以前よりずっと小さくなっている。


「何だ」


「振動詠唱で範囲制圧ができるようになったじゃないですか。でも、範囲が広すぎると味方にも当たってしまう。だから……声のうねりの周波数ピッチを変えて、特定の方向だけに雷を飛ばせないかなって」


 エルネストの目が光った。


「指向性振動。……面白い。音声学的に言えば、訛りの抑揚ピッチを一定の波形に制御することで、雷の放射パターンに指向性を持たせる。それは——」


「できますか?」


「理論的には可能だ。ライナー、やってみろ」


 ライナーは杖を構えた。深呼吸。まだ少し緊張している。だが今のライナーは、自分の言葉を恥じない。


「ルルルルルル——」


 訛りのうねりを増幅する。だが今回は、がむしゃらに声を波立たせるのではなく、一定のリズムを刻もうとしている。


「——ルゥッ!」


 雷が放たれた。


 だが——通常の振動詠唱のような全方位の雷の網ではなく、前方六十度ほどの扇型に収束した指向性雷撃。威力は範囲制圧型より格段に上がっている。


「やった——!」


「だがまだ制御が甘い。扇が広すぎる。もっと絞れるはずだ。うねりの周波数ピッチを上げてみろ」


「は、はい。ルルルルルルルルル——」


 より細密なうねり。高周波の波形。雷が収束し、扇型が三十度——二十度——十五度——


 バチィッ!!


 石壁に太い雷の柱が突き刺さり、直径一メートルの穴を穿った。


「これは——通常の雷魔法をはるかに超える貫通力だ。ライナー、君は振動詠唱を『面の雷』から『線の雷』に変換した。範囲制圧型と指向貫通型の二種類を使い分けられるようになった」


 ライナーの目に涙が浮かんだ。嬉しさのためだった。


「俺、教員になれるかなって思ったんです。でもエルネスト先生、俺が教えたい相手がいて——」


「誰だ」


「妹です。来年、学院に入るんですけど……あいつは俺より訛りがキツくて、田舎者だと笑われるのが怖くて誰とも話せないんです。だから俺が、この故郷の言葉のままでも最強の魔導士になれるんだって、証明したくて――」


 エルネストは微笑んだ。


「なら、君が最初の『振動詠唱の師範』だ。妹さんが入学したら、紹介してくれ」


     * * *


 クララもまた、独自の進化を遂げていた。


 子音特化詠唱——母音を一切使わず、息の圧力と子音の摩擦だけで風魔法を発動する技術。クララはこの技術を、音声学的にさらに精密化していた。


「……シ、フッ、ツッ、カッ」


 四種類の子音。それぞれが異なる方向に風刃を放つ。息の量、角度、口腔内の舌の位置——全てが独立した変数として機能する。


「クララ。今、四方向に同時に風刃を飛ばしたな」


「は、はい……。あの、変ですか?」


「変じゃない。異常に高度だ」


 エルネストは黒板に図を描いた。


「四つの異なる子音を連続的に発声し、それぞれが独立した魔法効果を持つ。これは事実上の——」


「複文構造詠唱の変形、ですか?」


 ティアが目を見開いた。


「そうだ。だがティアの複文構造とは根本的に異なる。ティアの複文構造は一つの文の中に従属節を埋め込む『統語的複文』だ。クララのこれは、複数の独立した短文を音声的に並列する『音韻的並列』。文法構造は単純だが、発声の物理的制御で多重発動を実現している」


 クララは自分の口元に触れた。


「私の声が小さいから……分けて飛ばす方が、一つずつは弱くても、合計では効率がいいんです」


「それは正しい。君の魔力はE判定だ。単発の大技は撃てない。だが複数の小さな攻撃を異なる角度から同時に飛ばせば、相手は防御しきれない。——量ではなく配分で戦う。これは前世の経済学でいう『分散投資』にも通じる発想だ」


 クララは珍しく、はっきりと微笑んだ。


「先生の言葉って、いつも私の魔法じゃなくて、私自身のことみたいに聞こえます」


「言語はその人自身を映す鏡だからな。君の呪文が進化するということは、君自身が進化しているということだ」


 テオドールも負けていなかった。


 連句詠唱のパターン数は七十三に到達し、攻撃、防御、補修、地形変更に加えて、探知と通信のパターンも開発していた。


「先生! 連句で地面の振動を読み取って、地下の空洞を探知する詠唱を作りました!」


「……それは使える。管理部が地下教室を捜索してきた場合、テオの探知で事前に接近を察知できる」


「あ、そ、そこまで考えてませんでした」


「いい発明だ。実戦では想定外の用途が一番価値がある」


 エルネストは十三人の生徒たちの成長を見つめながら、ノートの片隅に書いた。


 『教師の喜びは、生徒が教師の想定を超えた時に最大化する。計画通りの成長は教育の成功だが、想定外の進化は教育の奇跡だ』


 前世で叶わなかった夢。教壇に立ち、生徒たちの成長を見届けること。それが今、学院の地下で——密かに、だが確実に実現している。


 この幸福が、いつまでも続くとは——エルネストも、誰も思っていなかった。


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