一文の盾
膠着状態が続いていた。
ティアの完了相の氷盾は、レオンハルトの火球を受け止め続けている。だが再凍結のたびに魔力が削られ、ティアの顔にはうっすらと汗が浮かんでいる。
一方のレオンハルトも、完了相の防御壁を維持しながらの攻撃で魔力消費が激しい。
消耗戦。
このまま続ければ、魔力の大きいレオンハルト側が勝つ。B判定対C判定——純粋な持久戦では勝ち目がない。
(残り時間を計算しろ。ティアの魔力残量は推定三十パーセント。複文構造詠唱をもう二回撃てるかどうか。レオンハルトの残量は推定五十パーセント。——覆すには、一手で決める必要がある)
エルネストは決断した。
「ティア。一発で終わらせる」
「一発……?」
「複文構造の主文に全魔力を込める。防御を最小にして、攻撃に全振りする」
「でも、防御を薄くしたら——」
「レオンハルトの火球を一発食らうことになる。だが、こちらの攻撃が先に当たれば問題ない。語順変更の〇・三秒差を——信じろ」
ティアの目にかすかな恐怖が走った。だが——消えた。
「……百八十時間のデータ、ですよね」
「そうだ」
「分かりました。やります」
エルネストは声を上げた。
「レオンハルト!」
炎の向こうで、レオンハルトが応じた。
「何だ!」
「次の一撃で決める。——受けて立てるか」
レオンハルトの碧眼が燃えた。
「——受けて立つ。来い」
一秒の沈黙。
そして——同時に動いた。
レオンハルトが全魔力を込めた大型火球を生成し始める。
「集え炎よ我が手に、焼き尽くせ——すでに焼きたれすべてを!」
完了相の全力火球。「すでに焼いた」という因果確定型の最大火力。
同時に——ティアの詠唱。
「穿ちたれ氷の大槍——在つたり——守りたれ水の薄膜!」
複文構造。主文は全力の氷の大槍。従属節は最低限の防御——水の薄い膜だけ。攻撃九割、防御一割の全力特攻。
二つの魔法が闘技場を横切った。
氷の大槍とレオンハルトの火球が交差する。
火球が水の薄膜に当たった。薄膜は一瞬で蒸発し——ティアの身体に衝撃波が走る。
「ぐあっ——」
ティアが膝をつきかけた。だが倒れなかった。薄膜が火球のエネルギーの一部を吸収し、直撃を免れた。
同時に——氷の大槍がレオンハルトに迫った。
レオンハルトは完了相の防御壁を張った。だが——全魔力を火球に注いだ直後だ。防御に回せる魔力が足りない。
氷の大槍が炎の壁にぶつかった。炎の壁が——砕けた。
大槍がレオンハルトの胴体を打ち、彼を後方に吹き飛ばした。
レオンハルトの体が地面を転がり——闘技場の端で止まった。場外まであと三十センチ。
だが——
レオンハルトは立ち上がった。
「……ま、だだ」
血を拭いながら、レオンハルトは笑った。
「まだ場外じゃ、ないぞ——」
ティアが追撃しようと手を上げた。だが——
「……だめ……」
ティアの手が下がった。
魔力が——尽きた。
最後の複文構造詠唱で全魔力を使い果たした。もう水弾一発撃てない。
「ティア!」
「ごめんなさい、エルネスト……。もう——」
レオンハルトが一歩踏み出した。ふらつきながらも、手に小さな火弾を灯す。
「終わりだ。——いい勝負だった」
火弾がティアに向けて放たれた。
ティアは防御する魔力がない。避ける体力もない。
——エルネストが、ティアの前に立った。
「エルネスト!?」
「守りたれ——」
エルネストが詠唱した。実技試験などで見せていた炎ではなく、レオンハルトの火に対する最も効果的な対抗策である水属性。そのE判定の、しかも長時間の指揮で枯渇しかけている魔力で。
水の盾が——現れた。
紙のように薄い、ほとんど水滴のような盾。E判定の魔力で生成した、史上最弱の防御呪文。
レオンハルトの火弾が盾にぶつかった。
盾は一瞬で蒸発した。だが——火弾の勢いが僅かに削がれた。
火弾がエルネストの胸を打つ。衝撃でエルネストが後方に吹き飛ばされた。
——場外ではなかった。ぎりぎりで場内に留まった。
エルネストは地面に倒れながら、笑った。
「……E判定でも、一発なら——撃てる」
レオンハルトの目が見開かれた。
あのE判定のエルネストが——自分の身体で盾になった。しかもただ立ちはだかったのではない。微かな魔力で水の盾を張り、火弾の威力を削いだ上で受け止めた。
「お前……」
場内に二人が残っている。エルネストとティア、両方倒れているが場外ではない。
レオンハルトも立っているが——
彼の背後にいたクラウス・ベルガーは、先ほどの氷の大槍が炎の壁を砕いた際の衝撃波に巻き込まれ、無念にも場外に弾き飛ばされていた。
二対一。
だがエルネストもティアも、もう戦える状態ではない。レオンハルトも魔力がほぼ底をついている。
——膠着。
ハインリヒ副学院長が判定を宣告した。
「両チームの戦闘継続能力を判定する。——ラング、立てるか」
エルネストが歯を食いしばって立ち上がった。胸が焼けるように痛い。だが立った。
「立てます」
「ノーヴァシルド」
ティアも、震える足で立ち上がった。
「……立てます」
「フラム」
レオンハルトは——実は一番余裕がなかった。大槍の直撃で肋骨にひびが入っている。だが、その事実を表情に出さなかった。
「問題ない」
「三名の戦闘継続を確認。パートナー脱落により、フラム側はワンマン。試合続行——」
「待ってくれ」
レオンハルトが手を上げた。
「降参する」
闘技場が静まり返った。
「レオンハルト——!?」
「俺のパートナーは落ちた。こっちは一人。向こうは二人。しかもあのE判定の男は、魔力が尽きても体を張って仲間を守った。——こんな奴に、一対二で勝てるわけがない」
レオンハルトは笑った。
「それに——肋骨が折れてるかもしれない。これ以上やったら、お前たちまで潰れる。準決勝で全員潰れるのは、俺の美学に反する」
「お前、まさか——」
「勘違いするな。負けたわけじゃない。戦略的撤退だ。——お前たちが決勝で負けたら承知しないぞ」
ハインリヒが宣告した。
「フラム側、降参。勝者——ラング/ノーヴァシルド!」
歓声。
だが、勝者であるエルネストとティアは——二人とも闘技場の地面に座り込んでいた。
「勝った……のか」
「勝ちました……」
「魔力、残ってるか」
「ゼロです。完全にゼロ」
「……僕もだ」
決勝戦まで——二時間の休憩が与えられた。
ティアの魔力がどこまで回復するか。それが、決勝の鍵だった。




