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魔法が全く使えない「言語学者」、異世界の古代語を解読したら全ての呪文の"誤訳"に気づいてしまった  作者: なは
第3章:学院武闘祭

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一文の盾

 膠着状態が続いていた。


 ティアの完了相の氷盾は、レオンハルトの火球を受け止め続けている。だが再凍結のたびに魔力が削られ、ティアの顔にはうっすらと汗が浮かんでいる。


 一方のレオンハルトも、完了相の防御壁を維持しながらの攻撃で魔力消費が激しい。


 消耗戦。


 このまま続ければ、魔力の大きいレオンハルト側が勝つ。B判定対C判定——純粋な持久戦では勝ち目がない。


(残り時間を計算しろ。ティアの魔力残量は推定三十パーセント。複文構造詠唱をもう二回撃てるかどうか。レオンハルトの残量は推定五十パーセント。——覆すには、一手で決める必要がある)


 エルネストは決断した。


「ティア。一発で終わらせる」


「一発……?」


「複文構造の主文に全魔力を込める。防御を最小にして、攻撃に全振りする」


「でも、防御を薄くしたら——」


「レオンハルトの火球を一発食らうことになる。だが、こちらの攻撃が先に当たれば問題ない。語順変更の〇・三秒差を——信じろ」


 ティアの目にかすかな恐怖が走った。だが——消えた。


「……百八十時間のデータ、ですよね」


「そうだ」


「分かりました。やります」


 エルネストは声を上げた。


「レオンハルト!」


 炎の向こうで、レオンハルトが応じた。


「何だ!」


「次の一撃で決める。——受けて立てるか」


 レオンハルトの碧眼が燃えた。


「——受けて立つ。来い」


 一秒の沈黙。


 そして——同時に動いた。


 レオンハルトが全魔力を込めた大型火球を生成し始める。


「集え炎よ我が手に、焼き尽くせ——すでに焼きたれ(アル・ブレン)すべてを!」


 完了相の全力火球。「すでに焼いた」という因果確定型の最大火力。


 同時に——ティアの詠唱。


穿ちたれ(アル・ヴァドゥ)氷の大槍——在つたり(ザイン)——守りたれ(アル・ヴェール)水の薄膜!」


 複文構造。主文は全力の氷の大槍。従属節は最低限の防御——水の薄い膜だけ。攻撃九割、防御一割の全力特攻。


 二つの魔法が闘技場を横切った。


 氷の大槍とレオンハルトの火球が交差する。


 火球が水の薄膜に当たった。薄膜は一瞬で蒸発し——ティアの身体に衝撃波が走る。


「ぐあっ——」


 ティアが膝をつきかけた。だが倒れなかった。薄膜が火球のエネルギーの一部を吸収し、直撃を免れた。


 同時に——氷の大槍がレオンハルトに迫った。


 レオンハルトは完了相の防御壁を張った。だが——全魔力を火球に注いだ直後だ。防御に回せる魔力が足りない。


 氷の大槍が炎の壁にぶつかった。炎の壁が——砕けた。


 大槍がレオンハルトの胴体を打ち、彼を後方に吹き飛ばした。


 レオンハルトの体が地面を転がり——闘技場の端で止まった。場外まであと三十センチ。


 だが——


 レオンハルトは立ち上がった。


「……ま、だだ」


 血を拭いながら、レオンハルトは笑った。


「まだ場外じゃ、ないぞ——」


 ティアが追撃しようと手を上げた。だが——


「……だめ……」


 ティアの手が下がった。


 魔力が——尽きた。


 最後の複文構造詠唱で全魔力を使い果たした。もう水弾一発撃てない。


「ティア!」


「ごめんなさい、エルネスト……。もう——」


 レオンハルトが一歩踏み出した。ふらつきながらも、手に小さな火弾を灯す。


「終わりだ。——いい勝負だった」


 火弾がティアに向けて放たれた。


 ティアは防御する魔力がない。避ける体力もない。


 ——エルネストが、ティアの前に立った。


「エルネスト!?」


守りたれ(アル・ヴェール)——」


 エルネストが詠唱した。実技試験などで見せていた炎ではなく、レオンハルトの火に対する最も効果的な対抗策である水属性。そのE判定の、しかも長時間の指揮で枯渇しかけている魔力で。


 水の盾が——現れた。


 紙のように薄い、ほとんど水滴のような盾。E判定の魔力で生成した、史上最弱の防御呪文。


 レオンハルトの火弾が盾にぶつかった。


 盾は一瞬で蒸発した。だが——火弾の勢いが僅かに削がれた。


 火弾がエルネストの胸を打つ。衝撃でエルネストが後方に吹き飛ばされた。


 ——場外ではなかった。ぎりぎりで場内に留まった。


 エルネストは地面に倒れながら、笑った。


「……E判定でも、一発なら——撃てる」


 レオンハルトの目が見開かれた。


 あのE判定のエルネストが——自分の身体で盾になった。しかもただ立ちはだかったのではない。微かな魔力で水の盾を張り、火弾の威力を削いだ上で受け止めた。


「お前……」


 場内に二人が残っている。エルネストとティア、両方倒れているが場外ではない。


 レオンハルトも立っているが——


 彼の背後にいたクラウス・ベルガーは、先ほどの氷の大槍が炎の壁を砕いた際の衝撃波に巻き込まれ、無念にも場外に弾き飛ばされていた。


 二対一。


 だがエルネストもティアも、もう戦える状態ではない。レオンハルトも魔力がほぼ底をついている。


 ——膠着。


 ハインリヒ副学院長が判定を宣告した。


「両チームの戦闘継続能力を判定する。——ラング、立てるか」


 エルネストが歯を食いしばって立ち上がった。胸が焼けるように痛い。だが立った。


「立てます」


「ノーヴァシルド」


 ティアも、震える足で立ち上がった。


「……立てます」


「フラム」


 レオンハルトは——実は一番余裕がなかった。大槍の直撃で肋骨にひびが入っている。だが、その事実を表情に出さなかった。


「問題ない」


「三名の戦闘継続を確認。パートナー脱落により、フラム側はワンマン。試合続行——」


「待ってくれ」


 レオンハルトが手を上げた。


「降参する」


 闘技場が静まり返った。


「レオンハルト——!?」


「俺のパートナーは落ちた。こっちは一人。向こうは二人。しかもあのE判定の男は、魔力が尽きても体を張って仲間を守った。——こんな奴に、一対二で勝てるわけがない」


 レオンハルトは笑った。


「それに——肋骨が折れてるかもしれない。これ以上やったら、お前たちまで潰れる。準決勝で全員潰れるのは、俺の美学に反する」


「お前、まさか——」


「勘違いするな。負けたわけじゃない。戦略的撤退だ。——お前たちが決勝で負けたら承知しないぞ」


 ハインリヒが宣告した。


「フラム側、降参。勝者——ラング/ノーヴァシルド!」


 歓声。


 だが、勝者であるエルネストとティアは——二人とも闘技場の地面に座り込んでいた。


「勝った……のか」


「勝ちました……」


「魔力、残ってるか」


「ゼロです。完全にゼロ」


「……僕もだ」


 決勝戦まで——二時間の休憩が与えられた。


 ティアの魔力がどこまで回復するか。それが、決勝の鍵だった。


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