灼眼の再来
試合の合間。
準決勝を前に、エルネストとティアは控え室で休んでいた。ティアは水を飲みながら魔力の回復に努めている。
ドアがノックされた。
「入れ」
レオンハルトが入ってきた。
準決勝の相手が、試合前に控え室を訪ねてくる。異例のことだ。
「何の用だ」
「別に。ただの挨拶だ。——予選とさっきの試合、見ていた」
レオンハルトは壁に背をもたれかけた。
「語順変更。完了相。省魔力詠唱。霧による属性干渉。そして——複文構造詠唱。三ヶ月前にお前が見せてくれた技術から、ずいぶん進化したな」
「お前こそ、予選を全試合二十秒以内で終わらせたと聞いたが」
「文法修正のおかげだよ。お前との決闘の後、俺は自分で修正版を作った」
エルネストの目が僅かに見開かれた。
「自分で?」
「俺はお前みたいに古代語の文法書を読めない。だが——お前が決闘で使った修正版の炎弾、あの詠唱は覚えている。『集え火よ、宿れ我が手に、焼き尽くせ敵を』。あの語順と活用形を基準にして、他の火属性呪文にも同じパターンを当てはめた」
「パターン化か。——悪くない方法だ」
「完璧じゃないことは分かっている。お前のように古代語の文法原則から導いたものじゃなく、一つのサンプルからの類推でしかない。だが——」
レオンハルトの碧眼が鋭く光った。
「俺にも三ヶ月間があった。お前たちだけが成長したと思うなよ。俺の火属性修正版は、お前の理論に比べれば雑だろう。だが、火力は正義だ。B判定の魔力で修正版を撃てば——」
「A判定級になる」
「そういうことだ」
沈黙。
レオンハルトは壁から背を離し、ドアに向かった。
「エルネスト。一つだけ聞かせろ。——お前の複文構造詠唱、あれは攻撃と防御の二つを同時に出す技だったな。三つ目は出せるのか」
「……教える義理はない」
「だろうな。まあいい。準決勝で確かめる」
レオンハルトが出て行った。
ティアが小声で言った。
「三つ目……。攻撃と防御と、もう一つの効果を同時に? そんな複雑な複文構造、練習したことありましたっけ」
「ない。二重複文が限界だ。三重は理論的には可能だが、詠唱の負荷が大きすぎる。今のティアの魔力では、たぶん一発で枯渇する」
「じゃあレオンハルトが聞いたのは——」
「ブラフの確認だ。三重複文が使えるかどうか探ってきた。使えないと知れば、二重複文への対策だけ考えればいい」
「どう答えるべきでしたか」
「教えないと答えた。ブラフとしては最善だ。あいつは三重複文の可能性を考慮しなければならなくなる」
ティアは苦笑した。
「言語学者って、本当に嘘をつかずに騙すのが上手いですね」
「嘘はついていない。教える義理がないのは事実だ。——さて、レオンハルトの対策を立てよう」
エルネストはノートを開いた。
「レオンハルトの強みは三つ。一、B判定の純粋な火力。修正版で底上げされて実質A判定級。二、速射。ゼーリヒ兄のヴィクトルほどではないが、詠唱速度は速い。三、パートナーのクラウス・ベルガーの風属性支援」
「弱みは?」
「弱みは——修正版の精度だ。あいつは古代語の文法を理解していない。一つのサンプルからのパターン類推で修正版を作っている。つまり、応用力がない。想定外の事態に文法修正で対応する柔軟性は、あいつにはない」
「それは、こちらが想定外の攻撃を仕掛ければいいということですか」
「その通り。レオンハルトが準備してきた戦術を外す。そのためには——」
エルネストはノートに一行書き加えた。
『属性変換詠唱:水属性の詠唱文を文法操作で「氷」に特化させる。液体→固体の状態変化を完了相で制御。レオンハルトの火に対する最大のカウンター』
「水と火の正面衝突では不利です。B判定の火にはC判定の水では負ける」
「だが氷なら違う。液体の水は火に蒸発させられるが、固体の氷は火に一度溶かされてもすぐに再凍結できる——完了相で『すでに凍っている』と因果を確定させれば」
「つまり、溶けてもすぐに凍る氷の盾?」
「そうだ。通常の水の盾は火に弱い。だが完了相の氷の盾は、溶けた瞬間に再凍結する。火力で押し切ろうとするレオンハルトの最もやりづらい相手になる」
ティアの目に光が宿った。
「やりましょう」
準決勝が、迫っていた。




