第3章:カノンの回想
第3章:カノンの回想
店内の空気が、ふと張り詰めた。
風が止み、青年の耳に誰のものともつかぬ息遣いがかすかに届く。
“布で覆われた記録装置”に手を伸ばすと、まるで触れる前から反応したかのように――
一つの椅子が、きしんだ。
座っている人間はいない。
けれど、確かに語り手の「重み」がそこにあると、誰もが感じただろう。
「私、カノン。
……多分、今はもう、私じゃないのかもしれない。」
声は、“記録装置”から漏れている。音ではない。
記憶の粒が言葉になって、店内に降り注いでいるようだった。
「語らなかった理由? ううん、語りきれなかっただけ。
でも不思議よね。
語らないでいたはずの私が、こうして“残ってる”なんて。」
青年がログを読んだことで開いた記録の“回路”。
その回路が、語られなかった過去の声を【“鏡のように反射”】しているのだ。
店内の壁が、薄く青白い光を帯び始める。
まるで記憶の波長に呼応して、空間そのものが、過去を映し出そうとしている。
「私はこのカウンターの、一番右に座ってたの。
あの頃はまだ、店も半分ぐらいしかできてなかったけどね。」
青年の視線が右端の席に移る。
そこには今日も、冷めたコーヒーと、あの布が置かれた“日記帳”がある。
「語らない、ってことも、語りの一つなのかもしれないって、
……やっと最近、そう思えるようになったの。」
そしてその瞬間、壁の向こう側に誰かの背中が浮かび上がった。
青いドレス、ほどけかけた三つ編み。
それは、言葉が終わるたびに少しずつ、背を向けて遠ざかっていく記憶。
店主は何も言わない。
けれど、店の空気はすでに知っている――この語りが、記録されないまま終わったことを。
「もし、また誰かが読んでくれるなら。
……その人に、次の語りを託してもいいかしら?」
照明が“ひときわ強く”点いた。
一瞬の静寂の後、カウンターの下からもう一冊のログ帳がするりと滑り出てきた。
青年はそれを手に取り、ふと息を呑む。
その最初のページには、こう書かれていた。
《語り継ぎの鍵:次なる語り手へ》
そして風が、また店内に吹き込んだ。
だが今度は、外からではなく――記録装置の“内部”からだった。




