親思う心に勝る親心 #5
トレントを切り倒した後、近くに同様の個体がいないか、クロムたちは調べていた。
原因が腐敗したトレントによるものだと分かったので、地脈に沿って調査を行う。
クロムたちには見つけられない地脈の流れを、アンバーだけは注意深く見つけることができた。
「あとは、こっちです」
アンバーの指示に従い、ラーセンとオリーブが異変がないかどうかを確認する。
全ての地脈の枝分かれを調査し終えたことがわかると、クロムはアンバーの両手を握る。
そしてその手を上下に激しく振ると、感心したような表情でアンバーへの賞賛を始めた。
「すごい、すごい、アンバーちゃん。魔法だけじゃなくて、地面の下の構造までわかっちゃうんだね」
「や、山で畑を作るときに、必要な技術なんです」
「私にもわかるようになるかな?」
「コツさえ掴めば、多分……」
興奮中のクロムをオリーブが嗜める。
「クロちゃん、それくらいで。地脈を探るのは、結構疲れる作業だと思うのよね。アンバーちゃん、多分今、ヘトヘト」
「え、そうなの」
「もうトレントはいないとわかったから、町に帰るわよ」
オリーブに諭されたクロムは、アンバーの方を振り向く。
確かにアンバーは、少し疲れていそうだった。
「ごめんね、アンバーちゃん。お詫びに、アンバーちゃんの荷物持たせてもらってもいい?」
「え、悪いです。そんなに疲れていないので」
「全然気にしないで。私なんて今回は、魔法を二つ放ったくらいで、なんだかあまり役立った感じじゃないし、せめてアンバーちゃんの荷物くらい持たせて欲しいの」
「じゃ、じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんよ!」
そういうとクロムは、アンバーが肩からかけていたカバンを受け取って、自らの肩にかけた。
それほど荷物が入っているわけではないので、クロムにとっては大した重荷にはならない。
けれども、アンバーにとっては、自分のカバンをクロムが代わりに持ってくれることに、照れのような、申し訳なさのような、なんとも言えない気分を感じていた。
四人は森を抜け、ちょうど元来た道を引き返していた。
空は相変わらずの曇り模様だったけれども、雨はほとんど止んでいた。
太陽が見えないので時間がわからないが、おそらく昼は過ぎているのではないかという程度には、まだ明るかった。
アンバーはもちろんだが、クロムを除いた他の二人も疲れていて、何かを話すこともなく、黙々と町へと続く道を歩いていた。
(みんなでがんばったから、きっとこの畑も元通りになるよね)
ただ一人、若さゆえに元気なクロムは、道の脇に広がる畑を眺めながら、アンバーの両親の悩みの種が解決すれば良いなと思っていた。
やがて四人は、町の入り口にたどり着いた。
広場のようなところで、一旦立ち止まる。
雨で地面がぬかるんでいるので、荷物は持ったまま、ラーセンは話し始めた。
「みんな、ご苦労だった。おそらく、アンバーの両親を困らせていた問題は、解決したのではないかと思う」
「んー、確かに今回は、結構疲れたわねえ」
オリーブは、大きく伸びをしながら軽口を叩いた。
「俺はこれから、領主のところに行き、ことの顛末を説明してくる。みんなは今日一日はゆっくりと体を休めてくれ」
「やったあ。アンバーちゃん、一旦宿に戻ろうか? お腹も空いたし、ジメジメしたところで汚れたから、お風呂にも入りたいわね」
アンバーは、無邪気に話しかけるクロムに、笑顔で答えた。
そして、大きな魔法の杖を持ち直すと、町の入り口から見える畑を見つめる。
何かを決心したかのような表情を浮かべると、ラーセンに話しかけた。
「ラーセンさん。領主様に伝えて欲しいことがあります」
「教えてくれ」
「明日、土を豊かにする魔法を、今日調べに行った畑にかけたいと思ってます」
「それはいいな。皆が喜ぶ」
「ただ、畑に魔法をかけることを、必ずしもいい事と思わない人たちもいると、おじいから聞いたことがあります。なので……」
「わかった。領主様に魔法の使用許可をもらえるよう、話しておこう」
「ありがとうございます。あとは、父さんと母さんにも来て欲しいと、伝えてもらえますか」
「伝えておこう」
アンバーは、魔法の杖を持ったままラーセンに頭を下げた。
そして、クロムに近づくと、クロムの服の袖をキュッと握りしめた。
それを、あまり人の心の機敏を読み取れないクロムは、アンバーの疲れがだいぶ溜まってきたのだととらえた。
「師匠、アンバーちゃん、だいぶお疲れのようなので、一緒に宿に戻ってますね」
そういうと、やや足取りがおぼつかないアンバーを気遣いながら、宿の方へ歩いて行った。
そんな後ろ姿を眺めがら、オリーブはフッと表情を崩す。
そして独り言のように、呟いた。
「アンバーちゃん、頑張ったわね。この町に最初に来たときにご両親と会ったときに比べると、ちょっと大人になった感じ?」
「ああ」
「明日はきっと、伝えたいことを伝えられそうね」
「大丈夫だろう」
アンバーがクロムに寄りかかったのは、大きな決心をできたことに対する気の緩みであることを、ラーセンとオリーブの二人はちゃんと気が付いていたのだ。
「じゃあ、私はご飯を食べてくるわね。お昼過ぎちゃってるみたいで、お腹がすいちゃった」
そう言って、町の中心部へと歩き始めたオリーブに、ラーセンは声をかけた。
「今日のトレントを退治した魔法、なかなかのものだった」
思いがけないラーセンの褒め言葉を聞いたオリーブは、思わず歩みを止めた。
人から褒められるなんて、いつぶりだろうと、過去を思い返す。
ただ、クロムのように素直に感情を表に出すには、オリーブは少しばかり歳をとってしまっていた。
代わりに、振り向かないまま片手を上げてヒラヒラと振った。
空を覆っている雲が、少しずつ薄くなっていた。
オリーブが、ラーセンからの賞賛を反芻しながら食事をしている頃、クロムとアンバーも宿に併設されている食堂で遅い昼食をとっていた。
ランチの時間は過ぎていたので、軽食として提供されているトーストで挟んだサンドイッチと、フライドポテトを注文する。
頼んだメニューが来るまで、少し時間がかかりそうだった。
少し大きめのコップで水を飲むアンバーを、クロムは少し心配そうに眺めていた。
「アンバーちゃん、疲れているようだったけど、もしかして先に部屋で休む方が良かった?」
「いえ、部屋で荷物を下ろしたら、お腹がすいているなって気づいちゃいました」
「良かった」
ニコニコと見つめてくれるクロムを見て、アンバーは森でのことを聞いてみようと思い、尋ねてみる。
「今日のトレントを倒した魔法、すごかったです」
「あれね。私もびっくりしちゃった」
「クロムさんも知らない魔法だったんですね」
「んー、魔法自体は知っているものだったんだけど、あの時みたいに重ねることによる効果については、初めてだったんだよね」
「魔法を重ねると、なんであんなふうに不思議な感じになるんですか?」
アンバーのその質問をきっかけに、クロムの魔法講義が始まった。
近代魔法の歴史から始まり、魔法の杖の話や、火や水など四つの元素からなる魔法体系の話、そしてユニゾン効果の話についても話す。
途中、頼んだメニューが届くけれども、クロムは構わず話し続ける。
アンバーは、遠慮がちに一つつまんで、クロムの話を聞き続ける。
特に、学校に通っていた時のユニゾン効果の実習での苦労を面白おかしく話したところが、アンバーの興味をそそった。
「お貴族様と付き合うのって、大変なんですね」
「そうなのよ。決して悪い人たちじゃないんだけど、なんていうか、プライドが高いというか」
「ふふふ」
「だから、今日オリーブさんが魔法陣を描き始めた時は、びっくりしちゃってね。『あー、爆発するー!』って、ドキドキしちゃった」
「オリーブさんは、魔法が上手なんですか?」
アンバーにそう聞かれて、クロムはちょっと考える。
そして、顔をアンバーに近づけると、小声で答える。
「すごく上手。というか丁寧」
「丁寧?」
「そう。私に対する態度はすごい雑なのに、描く魔法陣はすごく丁寧で正確なの」
「へえ」
「だから今日みたいな、太さの違う魔法陣でユニゾン効果を出すことができるんだと思う。でも、色々納得はいかないわね」
そういうとクロムは、机に置かれた皿からサンドイッチをつまんで、食べ始める。
食べ始めることで、お腹がすいていたことに改めて気づいたクロムは、二つ三つと休む間もなく食べ続けていた。
そんなクロムを見ていると、ふとアンバーはクロムにちょっとお願いしたいことを思いついた。
言ってもよいかどうか少しためらうが、好奇心が勝ったアンバーは思い切って聞いてみる。
「あの、クロムさん。ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
「ヒャい?」
サンドイッチを頬張ったままおかしな声で返事をしたクロムに、思わずアンバーの緊張の糸が解ける。
ちょっと頼みやすくなった気がして、アンバーは続けた。
「クロムさんの魔法の杖、触らせてもらってもいいですか?」
口の中のサンドイッチをごくんと飲み込むと、クロムは答える。
「あれ、私の魔法にちょっと興味が出てきた?」
「はい」
「いいよー、ちょっと待っててね」
そういうと、クロムは魔法のカバンの中からいつも使っている魔法の杖を取り出した。
その杖を、はいどうぞ、という感じで気軽にアンバーに差し出す。
差し出された杖を、アンバーはおずおずと受け取った。
「軽い、ですね」
「近代魔法、あ、私たちが使っている魔法のことね。その近代魔法は、結構細かく魔法陣の模様を書くの。だからこれくらいの大きさが、ちょうどいい大きさらしいのね」
アンバーは、初めて手に入れたおもちゃのように、魔法の杖を持ち替えたり、軽く振ってみたりする。
そんな様子を、クロムは楽しげに眺めている。
一通り試してみたアンバーは、魔法の杖をクロムに返した。
そして、魔法の杖を貸して欲しいと頼んだ時よりも、さらにもじもじしながらクロムに尋ねる。
「あ、あの、忙しくない時でいいので、クロムさんの魔法を教えてもらっても、いいですか?」
それを聞いたクロムは、パッと顔をほころばせる。
自分の魔法に興味を持ってもらえるのが、クロムには何よりも嬉しいことだった。
「もちろん! 古代魔法をあんなに上手に扱えるアンバーちゃんなら、近代魔法もすぐに使えるようになると思うわ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、代わりに私は、アンバーちゃんに古代魔法を教えてもらおうかな」
「いいですけど、古代魔法は地味じゃないですか?」
「全然、そんなことないよ! むしろ近代魔法よりよっぽど役に立つ魔法なんじゃないかって思うわよ」
決して古代魔法が嫌いなわけではなく、どちらかといえば好きという気持ちを、アンバーは持っている。
ただ、クロムやオリーブの持っているおしゃれな魔法の杖に対して、古代魔法の杖は大きくてかわいくないなというコンプレックスを、クロムたちと会ってからほんの少し感じていたのだ。
だから、クロムが手放しで古代魔法を誉めてくれたことは、アンバーのそんなコンプレックスを、どこかに吹き飛ばしてしまった。
「さあ、ご飯を食べ終わったら、お風呂に行きましょう。森の中はぬかるんでて、ほこりも舞っていたから、お風呂に入って綺麗さっぱりしたくない?」
「したいです」
「決まりね。じゃあ食べ終わったら、部屋に戻って準備しましょう」
そういうと、クロムはまたサンドイッチを食べ始める。
アンバーも二つ目のサンドイッチを手に取って、食べ始める。
(また一つ、楽しみができた)
アンバーは、改めてクロムや他のメンバーに会えたことを、感謝するのであった。




