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親思う心に勝る親心 #4

 周りとは少し色が異なる荒地を、四人は歩いていた。

 森に近づくにつれて、不快な臭いが立ち込めてきた。


「師匠、なんだか臭いますね」

「そうか、昨日風呂には入ったつもりだが」

「違います。師匠ではなく、周りが臭うって意味です」


 珍しくラーセンが冗談を言ったので、思わず突っ込んでしまったクロム。

 その一言で、クロムの肩の力が抜けたように見えた。


 ラーセンは、三人に目をやる。

 クロムは、今のやり取りで少し緊張がほぐれたようだ。

 オリーブは、いつもと変わらず、気負わないように見えて油断なくあたりを警戒している。

 アンバーは、不安な気持ちはありつつも、なんとかして役に立とうという気負いが見て取れる。


(みんなバラバラだけど、いいパーティーだな)


 個性がありつつも、畑の汚染を解決するという目的は一致しているこのパーティーは、ラーセンには存外居心地が良く感じられていた。


 立ちこめる臭いが、だんだんと強くなってきた。

 そろそろかとあたりをうかがっていたラーセンが、片手を上げてメンバーを制する。


「……あったぞ」


 ラーセンは、前方を指さした。

 その指の先には、周りに生えている木々とは明らかに見た目の異なる大木が、立っていた。

 枝に葉はついておらず、そしてよく見るとその枝は、ゆらゆらと生き物のように揺れている。

 木の根元は、降った雨水が溜まっていた。

 その水は黒く濁っていて、時折り泡がぼこっと生じては割れる。


 異様な雰囲気を漂わせる大木を見て、クロムは思わず身を震わせる。

 そしてラーセンに話しかけた。


「うう、なんだか気持ち悪い木ですね。あれはいったいなんなんですか?」

「断定はできないが、おそらくトレント、だろう」

「トレント?」


 クロムが顔に疑問を浮かべる横で、オリーブはなるほどという体で話し始めた。


「トレント。植物のようにその場で留まりつつ、魔獣のように近くに寄ってきた動物をおそう、植物の魔物。いわば魔樹ね」

「トレントって、みんなこんな感じなの?」

「さあ。ラーセンさん、どう思います?」


 クロムの疑問に対して、オリーブはそんなこと知らないわよ、という感じでラーセンに話をふる。

 ラーセンは、今まで出会ってきた魔樹のうち、今回のトレントのような状況と同じようなものがなかったか、記憶を辿る。

 そして、かつてシノクサと旅をした時に立ち寄った村で発見した、厄介な植物のことを思い出した。

 その時の状況と、今回の状況の共通点を考えながら、ラーセンは話し始める。


「通常トレントは、一年生植物のように、春から夏にかけて育ち、冬場になると寒さと水がなくなることで枯れてしまうものだ」

「はい」


 クロムが、勉強になりますという感じでうなずく。


「しかし、なんらかの理由で年を越してしまうトレントもあると聞いたことがある。トレントの成長に上限はなく、年を経るごとにどんどんと大きくなる」

「……」

「大きくなりすぎたトレントは、いずれ寿命を迎える。このトレントも寿命が来て枯れるはずだった」

「枯れていないのは、なぜですか」


 クロムが問いかけると、ラーセンはふと先ほどからずっと言葉のないアンバーに目を向けた。


「それは、大地の状態を感じられるアンバーが、分かっているはずだ」

「そうなの、アンバーちゃん?」


 突然話を振られたアンバーは、ビクッとしながらも、ラーセンの振りに答える。


「あ、はい。多分、地脈の関係だと、思い、ます」

「地脈?」


 クロムは、アンバーに聞き返した。

 アンバーは自身なさげに魔法の杖を握りしめつつも、クロムに伝わるよう補足の説明を続ける。


「あのトレントの下に、ちょうど地脈が走っていているのを感じます」

「地脈があると、どうなるの?」

「普通、地脈は地下水の通り道となっています。そのため、冬の間もトレントは、水分を補給し続けることができたので、だから何年もの間、育つことができたのかと……」


 そう答えたアンバーは、チラリと上目遣いにラーセンの方を見る。

 ラーセンは、無言でうなずいた。

 答えがラーセンの考えと合っていたことを知ると、アンバーは少し安堵の表情を見せる。

 そして、その説明を聞いたオリーブが、全てを理解したという感じでポンと手を打った。


「つまり、本来なら枯れて朽木となるはずのトレントが、絶え間なく地下水が供給されることで、枯れずに腐っちゃって、そこから毒のようなものが流れ出して、地下水を通じて向こうの畑にたどり着いてしまったと。そういうわけなのねえ」


 オリーブとアンバーの説明で、ようやくクロムにも、この腐りながら立っているトレントが、なぜ今回の畑に種まきができない原因なのかということが、理解できたのだ。

 すると次の疑問は、どうやってこのトレントを駆除するかということになる。


「さて、クロちゃん。どうやってこの邪魔っけな木を取り除いちゃいましょうかね」


 オリーブは、試すような感じで、クロムに問いかけた。

 クロムは、ジメジメとしている環境に立っているトレントを、しげしげと眺めてみる。


「火魔法は、効果が少なそうですよね」

「そうねえ、雨も降っているし、多分ダメねえ」

「水魔法に、温度を下げる古典魔法を掛け合わせるのは、どう」

「うーん、魔法陣から出た水は凍らせられるかもしれないけど、トレントそのものや、その下に溜まっている水は、凍らせられないと思うわ」


 火もダメ、水もダメ、とすると残るは土か風の魔法。

 しかしこの残った二つの属性は、火や水に比べるとやや攻撃力が落ちるので、ジュリアード魔法女学園の実技の時間でもそれほど試す機会は少なかった。

 石をつぶてのように打ち出す初級土魔法は、トレントに傷はつけられても、トレントそのものをなんとかするイメージは湧かない。

 同じように、つむじ風を起こす初級風魔法も、トレントをなぎ倒すような効果を出すことはない。

 ああもう、と手詰まり感を感じているクロムの横で、オリーブは単一の魔法ではなく、複数の魔法の掛け合わせによる解決を考えていた。


(火と風、は火の効果が出にくいので無理。土と風、は土の威力を風で増せそうだけど、それでも足りない。すると古典魔法との組み合わせで……)


 ぶつぶつとつぶやくオリーブを、クロムは不思議そうな顔で見つめる。


「あの、オリーブさん?」

「クロちゃん。あなた、初級の風魔法、できるかしら?」

「え、まあ、初級は一通り学んだので」

「試したいことがあるから、あのトレントめがけて打てるように、魔法陣を描いてもらえる?」

「は、はい」


 オリーブに指示されたクロムは、なんの意味があるのかわからないまま初級風魔法の魔法陣を描き始める。

 すると、その魔法陣に合わせるように、オリーブも同じ魔法陣を描き始める。

 オリーブは、ユニゾン効果を試そうとしているのだ。

 ただし、魔法陣を描く線は、クロムのそれに比べると圧倒的に細い。


「ユニゾンするんだったら、私がオリーブさんの魔法陣に合わせますけど」

「このままでいいのよう。あなたはそのまま、元気いっぱいの魔法陣を描いてちょうだい」


 オリーブの描く魔法陣を見て、クロムは戸惑いを覚える。

 かつてクラスメイトとユニゾン効果の練習をしていた時は、太さの一致しない魔法陣が重なると不安定な状況となり、魔法陣が発動する前に暴発してしまっていた。

 しかし今、オリーブが重ねている魔法陣は、クロムのものとは太さが一致していないのに、安定している。

 いや、それどころか、通常のユニゾン効果に比べると、威力が増しているような雰囲気さえ感じる。


 クロムに続いてオリーブが魔法陣を描き切ると、魔法陣から風魔法が放たれる。

 それは、いつものユニゾン効果に比べると、趣が異なる効果が出ていた。

 大きさや威力が均一に大きくなるこれまでのユニゾン効果と違い、今回のユニゾン効果は魔法に規則的な揺らぎが発生している。

 そしてその揺らぎが、魔法そのものの全体的な威力を増しているように見える。

 例えれば、金属の板に一定の刻みを入れることで、ノコギリのような切断力を出せる感じだ。


 放たれた魔法は、かまいたちのように鋭利な刃物となり、トレントの枝を何本か断ち切った。


「オリーブさん、今は何が起きたんですか?!」


 自分の知るユニゾン効果とは異なる魔法陣の重ね技を見たクロムは、オリーブに問いかけた。


「おばあさまの本に書かれていたけど、まさかこんなに上手くいくなんて」

「ユニゾン効果みたいだったけど、でも魔法陣が完全一致ではなかったですよ」

「ユニゾン効果は、意外と奥が深いのよ」


 オリーブの師の魔法使いが残した本によると、ユニゾン効果には、バリエーションがあるらしい。

 今回はその中で、魔法陣を構成する線の太さに関するバリエーションを、オリーブは使った。

 線の太さを、1:2や2:3のように単純な整数比にすることでも、魔法陣を重ねられること。

 そして、太さを変えることで魔法の威力に揺らぎを発生させ、魔法の効果自体を変化させることができること。


 そのような内容を、オリーブは手早くクロムに説明した。


「ユニゾン効果に、そんな応用の仕方があるなんて……」

「ふふふ、クロちゃんの魔法陣は、まるで大根のように太いから、重ねやすかったわ」

「オリーブさん、それって褒めてます?」

「もちろん、褒めてるわよう」

「なんだか、褒められている気がしないんですけど」


 クロムの疑いの目を、オリーブはさらりと受け流す。

 そして、トレントの方を向いて、魔法の杖を構える。

 目線はそのまま、ラーセンに依頼を出す。


「ラーセンさん。私たちがもう一度今の魔法を打ちます。古典魔法でサポートをお願いできますか」

「心得た」


 ラーセンはオリーブの意図を理解すると、同じく魔法の杖を構える。

 オリーブはクロムに声をかける。


「さあ、もう一度、さっきのやつ、いくわよ」

「はい」

「狙いは、トレントの根本の部分。よろしくね」

「はい」


 やることが決まれば、素直なところは、クロムの良いところ。

 オリーブの振りに、珍しく素直に従う。

 クロムは、トレントの根本に狙いを定めると、初級風魔法の魔法陣を描き始める。

 オリーブも、それに合わせるように同じ魔法陣を構築する。

 二人の魔法陣を包み込むように、ラーセンは効果を増大させる古典魔法の魔法陣を描く。

 ラーセンの魔法陣が、二人の魔法陣を包み込むように準備される。


「こっちは準備ができた。合図を出してくれ」

「師匠、行きます」


 クロムの掛け声に合わせ、クロムとオリーブの描いた初級風魔法の魔法陣がユニゾン効果を発動し始める。

 その魔法陣をラーセンの描いた魔法陣が包み込むと、ハルモニー効果により、初級風魔法の魔法陣が変容する。

 先にクロムとオリーブが放った魔法とは、桁の違う威力をまとっているように見えた。

 クロムが魔法の杖を振り下ろすと、しなりきった木の枝が弾けるように、風魔法が飛んでいく。

 ごう、と低く大きな音をたてると、その魔法はトレントをすり抜けてしまった。


「え、外した?」


 クロムが驚きの表情を浮かべる。

 一瞬の静寂が、その場を支配した。


 しかし、次の瞬間、トレントの様子が変わり始める。

 枝の揺れが、なくなった。

 そして、大きなトレントが少しずつ揺れ始める。

 だんだんと揺れが大きくなり、そしてバランスを保てなくなったトレントは、とうとう周りの木々を巻き込みながら倒れてしまった。


「すごい。初級の魔法なのに、この威力……」


 クロムは、ジュリアード魔法女学園では経験したことのない威力の初級魔法に、驚きを隠せない。

 ラーセンの古典魔法はもちろんだが、オリーブによるユニゾン効果にも、目を見張るものがあった。

 魔法とは奥深いものだと、改めてクロムはその可能性に心躍らせていた。


 そんなクロムと、ラーセンとオリーブは、やれやれという感じで眺めていた。


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