森林の騎士③
暖かな空気を含んだフワリと軽い掛け布団にくるまり微睡みの中、うたた寝す。
ポカポカ幸せ気分で、意識を鎮める。
これは鎮魂である。
まあ…朝寝坊とも言う。
僕の意識は、この森や大地、周辺の天空と同調している。
僕の意識が乱れれば、天変地異が起こってしまう。
したらば、いつ何事も僕は不動心で臨まなくてはならないのだ。
ならば、寝るのが一番良いのだ。
僕が属するハイエルフ種族は、約10000年前に、この世界と異にする位相がずれた上位の世界へと大部分の者達が去って行ってしまった。
残った少数派の僕たちは、下位世界のこの世界から、昇天しない為に、アンカーを下ろして引っ掛け繋げなければならない。
碇の降ろし場所を探して世界を見て回り、僕は、この森と相性が良いことが分かった。
この地を選び、選ばれ、いつの間にか僕の呼称が[森林の騎士]となり貴族と位階が上がってしまった。
だから、この森は、僕自身であり同胞でもある。
小さい身体の僕自身は、微睡みに寝かせて、意識を拡張して薄めていくに安らぎを感じた。
このまま数千年経てば、僕の意識は世界と同一に重なり、個の僕は薄まって、やがて消えてしまうことだろう。
だが今は、まだその刻ではない…。
…トントン。
だから、木扉が震えるノックの音が微かに聞こえたとき、ん?と気づいたけども、放置した。
僕はまだ心を鎮めたもう最中なのだ…。
拡散した意識が浮上するを心が忌避したのは、眠いせいばかりではなく、前回の世界連合政府からの郵便を受けた経験のせいもあるかもしれない。
やあ…あれはまいったなぁ。
シェフの料理は美味しかったが、そうでなくとも僕は基本的に出不精の隠者であるが本性…こと仕事でない限り、コミュ力は限りなく最低に低くなるのだ。
ノックの音は、多分気のせいであろう。
…ドンドン!
其処へ更なるノックの音が!
あれ? … もしかして… 本当に来客?
…
いやいや、ありえない…森に呑まれたこの家に誰が訪ねることがあろうか?いや、ない。あり得ない。
よって、無視する、お休みなさい。
ドドン、ドドドン!ドンドンドンドン!
いやいや、うるさいよ!誰だ?ふざけるな。
今何時だと思っている?
あ…もう9時に近いや。
…
寝ぼけ眼に、窓から朝の陽射しが飛び込んでくる。
明るい…もう既に陽は昇っている現実が徐々に沁み入る。
僕は、溜め息をついた。
イヤイヤながら、仕方なく、それでもゆっくりと抵抗しながらも、本当に嫌々ながらベッドから降りて、寝巻きのまま、扉の前まで来ると…アクビを噛み殺しながら不機嫌な顔にならないよう気をつけて、
僕は、…扉を開けた。
・ー・ー・ー
森林浴をしながら、絶品の料理に舌鼓を打つ。
モグモグ…お口の中が幸福で満たされる。
朝からなんたる贅沢。
僕の気分は上々です。
なんだ…これならば、喜んで直ぐに開ければ良かった。
先程、扉を開けた時、僕を見て、眼を見張り絶句して微動だにしない石と化している剣匠の姿がまず目に着いたのだ。
…剣匠の黙して語らずは、しばらく続いた。
… … …
…あ?!何だ、コイツは!訪問して来てダンマリとは、どういう了見だ…失敬な!と、その刻は思った。
如何に寛容な僕でも、森の植物達の肥料にしてやろうと…一瞬だけ思った。
だが突然急起動した彼は、僕に朝食を振る舞いたいと言う。
その刻…良い匂いが外から流れて来た。
うん…殊勝な申し出を無碍には出来ないなぁと、僕は願いを許すことにしたのだ。
舌鼓を打ちながら、訪問シーンの回想を終了する。
うん…美味い、美味い。
ん?…でも、もしかして、僕、剣匠の思惑に良い様に乗せられてない?
「オマエ、さては僕を狙っているだろう?」
肉を切り分けた後のナイフを、剣匠に向けて、ズバリ指摘してやる。
図星を刺されたのか、喉に紅茶を詰まらせ咳をしながら彼の顔色が朱に染まった。
ふふん。やっぱり!
そうであろう…さもあらん。
僕は訳知り顔で頷いた。
彼は、剣匠でもあるが、森林に隣接する領地の領主でもある。
政治の世界は、弱肉強食であるが故に、領や民の生命や未来が掛かった、狡猾で冷徹な狐狸の化かし合いは熾烈を極める。
[真の貴族]たるこの僕の後ろ盾を得る得ないは、彼の政治的な位置にかなりの影響があるはず。
僕個人の智慧や魔法、威力配備だけでも、彼への政治力にかなりの貢献が期待出来るし。
ニートであるが、何気に僕って凄いのだ。
だが、僕のズバリ発言に、図星を刺され、その反応を顔に出すとは…剣匠よ、まだまだ青いな。
「…騎士様、ナイフで人を指し示すは、お行儀が悪うございますよ。」
調理を終えて僕の傍に佇んでいた料理人が、ナプキンで僕の唇に付いたソースを拭ってくれる際に、呟いた。
むむ…まるで些か小さい子供を扱うようではないか?
だが彼女の好意によるものであるのは理解できた。
更に彼女の料理は美味しいのを加味する。
うむ、彼女の指摘は正しい。
よし!赦す!
僕は、公正であり寛容なのだ。
それにもし僕が嫌がる素振りをして拒否して、彼女に臍を曲げられ、料理を下げられたら僕が困ってしまうからな。
僕は、無言で頷くとナイフを通常の用途に戻した。
料理人の料理は、食事の量も、僕に合う分量で、更に出来てから僕が料理を口に入れるまでが、彼女の計算の内であるが如く、ちょうど良い加減の温度が絶妙である。
超一流の料理人であるのは間違いない。
惜しいな…これで、度胸と覚悟があれば。
その能力を如何なく発揮すれば、きっと世界でも指折りの領主や王になれたかもしれない。
でも、もしそうなったら、この料理を僕が食べる機会は永久に失われるだろう。
だから…これはこれでいいのだ。
なるほど…世界はよく出来ている。
それにつけても、剣匠よ。
ニコニコと僕の食べる姿を眺めてばかりいて良いのかね?
もっとも、勧誘して来ても、僕が断るのは決まっているがね。
何しろ僕は、生粋の引き篭もりだから。




