婚約
アレンとフィオナはサロンに二人きり。もちろん未婚の男女なので扉は少し開いた状態だ。
「防音魔法をかけておいた。話し声は外に漏れないから安心してくれ」
「そのようなことが出来るのですね。そこまでしてわたくしと何をお話しするのですか?」
フィオナはやや警戒気味に聞き、アレンが貼り付けたような笑顔で応えた。
「もちろん婚約の話さ。君に一目惚れしたんだ」
「嘘ですわ。謁見の場では、わたくしに見向きもしていなかったではありませんか」
「……」
「無礼ながら、はっきり申し上げます。わたくしは殿下と婚約する気はありません」
「何故そんな悲しいことを言うのだ。こんなにも君を想っているのに」
「その目は愛しい人に向ける目ではありませんわ」
貼り付けた笑顔から一変、真顔になり、アレンの漆黒の瞳が怪しく光る。
「王子の俺に盾ついても良いのか? 不敬で罰することも出来るが」
「うっ……」
アレンはフィオナにゆっくりと近づき、耳元で囁いた。
「兄のクライヴを愛しているのだろう?」
「なっ!?」
フィオナは一歩後退った。
「見ていれば分かるさ。その兄がどうなっても良いのか?」
「お義兄様に何をするつもりなのですか」
「クライヴがいくら天才と謳われようが一介の貴族令息にしか過ぎないが、俺は王子だ。その意味は分かるよな?」
フィオナは恐怖を感じながらも、自身の青い瞳にしっかりと意志を宿してアレンを見上げて言った。
「何が目的なのですか」
「その物怖じしない姿勢、意志の強い瞳、悪くない。俺はこのクソみたいな世界を変えたいんだ、ただ横にいるだけで良い。駄目か?」
「何故わたくしなのですか? 力不足では?」
「お前でなければ意味がない……」
漆黒の瞳と青い瞳、二つの視線が絡み合い、お互い真っ直ぐに見つめ合う。
「お義兄様に危害は加えないと約束していただけますか?」
「約束しよう。ただし、あいつが俺を害するような事があれば容赦はしない——」
◇◇◇◇
「お義兄様、今から王妃教育を受けに行って参りますわ」
「ああ……無理するなよ」
——先日、アレンとフィオナが二人で話した後、フィオナは笑顔で言った。
『わたくし、アレン殿下と婚約致しますわ』
『私の想いがフィオナ嬢に通じたようで良かったです』
二人は結婚を約束したのでした。
めでたし、めでたし——。
「じゃない! 良いのか? これは良い選択なのか?」
これはこれで悪役令嬢ポジになるのではないだろうか。そもそもゲーム内でアレンは婚約していたのか?
アレンルートがさっぱり分からないから判断ができない。ヤンデレって情報しかない……。
ヤンデレってことは、フィオナは執着されて愛されるわけだ。
それにしても、フィオナはクリステル殿下が好きなのだと思っていた。スフィアが婚約者になったから実らぬ恋ではあるが、フィオナよ、失恋したのに立ち直りが早すぎやしませんか。
もしや……イケメンなら誰でも良いのか!?
ステファンともお互い愛称呼びだし、初めて求愛された時は耳まで真っ赤になっていた。
俺がイケメンだったら禁断の兄妹愛、ウフフアハハな生活があったのだろうか。いかんいかん、たらればでエロい妄想をしてしまった。
脱線したので話を戻そう。
あれから何度もフィオナを説得してみたが、フィオナの意志は強く、アレンとの婚約を解消する気はないようだ。
こうなったらアリスがアレンルートに進まないよう全力で回避するしかない。
もしかして、アリスがクリステルルートに進むように手助けすれば王位継承争いも酷いことにはならず、自動的にクリステルが王になったりして。
クリステルとアリス、アレンとフィオナ、双方互いに相思相愛でハッピーエンド。
そんな安易な考えの相関図を頭の中で描いてみた。
「あ、駄目だ。クリステルとスフィアは婚約しているんだった」
あの子を不幸にする訳にもいかない。残るはステファンと、アリスの幼馴染アルノルド、この二択か。
恋のキューピットになれる気がしないが、アリスがこのどちらかのルートに進むよう善処するしかない。
「でも、フィオナ、何だか変なんだよなぁ」
引っかかるのは、アレンと婚約したはずのフィオナが心なしか元気がないように見えることだ。何かされたのだろうか。
アレンがフィオナを害するようなことがあれば、反逆罪になろうが剣を差し違えてもフィオナを守るつもりだ。
とりあえず、しばらく様子をみることにしよう。
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