この茶番はいつまで続きますか。
「俺の人生つまんなすぎ」
今日も上司に怒られ、残業。毎日同じことの繰り返し。身体的にも精神的にも疲弊し、視界が狭くなっていく。
「やべ、ここ階段――――」
意識が遠くなりながら階段を転げ落ちる。
これ詰んだな。俺の人生平凡すぎ。いや、平凡以下のただの社畜だったな。
俺は天国に行けるかな、悪いことはしていない――――多分。
あ、でも親より早く死んだらそれだけで地獄行きとか聞いたことがある。痛いこと嫌いなんだよな。
そんなことを考えながら意識を手放した。
◇◇◇◇
「ここが地獄か?」
目を開けると、見たことのない夜空のようにキラキラ輝く豪奢な天蓋。そして、ふかふかの布団の中。
「生きていたのか? しぶとい身体だ」
それにしてもここは何処だ?
天井には豪奢なシャンデリア、壁にはこれまた高そうな金色の額縁に入った絵画が飾られている。家具も重厚感溢れている。
病院の特別室だろうか。ナースコールはどこだ?
ナースコールを探していると、小さな鈴があった。
「これで呼ぶのかな?」
――――チリン。
「どうなさいましたか?」
すぐに執事服を着た男性がやってきた。
「えっと、ここは何処の病院ですか?」
「何を仰っているのですか。こちらはクライヴ様の自室に御座いますよ」
「…………だれ?」
「ま、まさか……頭を打った衝撃で?」
「頭? まぁ、打ったんだと思います。でも、クライヴって誰?」
「すぐに医者を呼んで参ります!」
執事服の彼は、急いで部屋を出た――――。
それより、あのコスプレはなんだ?
妙に顔が良かったから女子からは絶大な人気だろうが、病院に執事服は相応しくないように思う。
考えを巡らしていると、部屋の鏡にふと目がいった。
「あ、こんにちは」
鏡の中の子どもに挨拶する。
鏡の中の子どもって何?
――――俺?
「はぁ? 誰だよこれ? 全然知らない顔」
そこにはサラサラの栗色の髪に空のように蒼い瞳、整ってはいるが普通。どこにでもいそうな顔。中の中って感じ。
整形か? 整形なのか? 前に本で読んだことがある。交通事故に遭って顔が滅茶苦茶になった人がせっかくだからって自分の好みに整形した話。
両親はそんなに俺の顔が気に入らなかったのかと溜め息を吐く。
いやいやいや、整形したにしては、瞳の色が変わったり体型まで小さくなるなんておかしい。
――トントントン。
自問自答していると、扉が開いた。そこには、さらっさらの眩く綺麗な銀色の髪、やや吊り目のアクアマリンのような澄んだ青の瞳をした小さな女の子が立っていた。
……天使! ここは、天国だったのか!
「おにいさま。大丈夫ですの? わたくしのせいでごめんなさい」
お兄さま? てことは、俺の妹?
天使……こんな可愛い子が俺の妹。神様、仏様、女神様、俺は前世で何か徳を積んだのでしょうか……。
(こんな妹欲しかった!)
でも、全然似ていない。俺の顔、別に不細工ってわけじゃないが普通。完全にモブ顔。月とすっぽん、雲泥の差、天と地ほどの差がある。
これはあれか、ドッキリか。『てってれーっ』と効果音が聞こえてくるのだろう。
「お兄さま? わたくしのこと分かりますか? フィオナです」
「えっと……妹?」
「はい! わたくしのこと嫌いになったりしていませんか?」
(うぅ……)
うるうるの瞳で上目遣いされて、軽く肋骨を一本持っていかれた気分だ。
「嫌いになんてなるわけないだろう」
こんな愛らしい美少女を嫌いという男がいたら『頭大丈夫か』と問いたくなる。
フィオナは安堵して言った。
「よかった。お兄さまに嫌われたら、わたくし生きていけませんわ」
いやいや、そんな顔でそんなこと言われたら死んでも良い。この世に悔いはない。
そんな話をしていたら、部屋をノックされ扉が開く。
ほら来た。大きな板持って、てってれーだよ。良いドッキリだったよ。主催者さんありがとう……。
「失礼致します。医者を連れて参りました」
「いや、まだ続くのかよ!」
◇◇◇◇
「頭を打ってはおりますが、命に別状はないでしょう。ですが衝撃で記憶が飛んでいるようです」
「治るのですか?」
医者の話を聞き、フィオナが心配そうに聞いた。
「分かりませんが、混乱しているようなので少し休まれた方がよろしいかと」
「わかりました。お兄さま、しっかり休んでくださいね」
「う、うん……」
いつまで続くんだこの茶番は。疲れてきたし、執事服の彼にこっそり聞いてみることにした。
「これ、いつ終わるの?」
「と、申しますと」
「このドッキリ。派手にリアクションするからさ、そろそろ終わりにして良いぞ」
「えっと……」
彼は暫し悩んでから、ハッと気が付いたよう。フィオナに向き直った。
「あ、そうですね。フィオナ様もお疲れでしょう。夕食まで自室で休まれては如何ですか?」
「そうですね。そうしますわ」
可愛い顔で手を振られ、医者と共にフィオナも退室していった。
俺が医者に帰って欲しいのだと、彼は勘違いしたようだ。
「て、そうじゃない! なにこれ。終わりないの?」
彼は、困った顔で俺を見ている。
ああ、何となく分かっていたさ。これが茶番ではないことを。ただ信じたくなかった。だって、死んだって認めたくなかったから。
ということは、やはり俺は転生したということだろうか。だから身体が小さいのか。輪廻転生にしては前世の記憶はあるが今世の記憶が全くない。
とりあえず情報収集をすることにしよう。
「あの、記憶が曖昧で……この国のことや家族のこと、身の回りのことを教えてくれないかな」
「クライヴ様……」
◇◇◇◇
――ここは、フランセーン王国。
クライヴ・アークライト。それが今世での俺の名前。
貴族階級があり、俺は伯爵家の嫡男として誕生し現在五歳。実の母は俺を産んですぐに他界。昨年再婚した後妻の連れ子がフィオナだ。俺のひとつ歳下の義妹にあたる。どうりで似ていない訳だ。
そして、なんと魔法が使える世界なんだって。ファンタジー!
貴族は代々魔力を受け継いで世界の発展に役立ててきたんだとか。
だから、俺にも魔法が使えるらしいが、幼い頃は魔力量が不安定な為、七歳頃にならないと使えないらしい。
「大体分かった。ありがとう、ルイ」
「いいえ」
ルイ、これが執事服の彼の名前だ。
俺が産まれる前からこの屋敷に仕え、俺が産まれてからは専属の侍従として働いてくれているらしい。
「だが、どうしてフィオナは自分のせいでと謝っていたんだ?」
「それは、クライヴ様を喜ばせようとお嬢様がお花をお摘みになったのです。それを渡しに行くところまでは良かったのですが、花の中に青虫が紛れ込んでいたようで……」
「それで、何故頭を打つんだ?」
「クライヴ様は虫が大の苦手なので、見た瞬間に卒倒いたしました」
「……」
間抜けにも程がある。穴があったら入りたい。
「夕食までしばらくお時間ありますが、お茶でもお持ち致しましょうか」
「そうしよう。それまで少し一人で頭の中を整理しておくよ」
「承知致しました。何かあればそちらの鈴を鳴らしてお呼び下さいませ」
こうして、俺の転生人生が始まった――。




