解放
「しかしこいつを倒しはしたが、今後どうすればいいんだ?」
こいつが街庁までシャドウの支配が及んでいるということは、代官自身も完全にシャドウと手を組んでいるか、もしくは代官は立場だけの存在となってシャドウの手の者が街を支配している可能性が高いだろう。
「どうでしょう。街ぐるみで報復してくるならどうにもならない気もしますが……」
いくら俺とオリアナが強いとはいえ、街の人を脅して食べ物に毒を盛られたり、寝込みを襲われたりしてはいずれは殺されるしかない。
とはいえ、この状況でこの街を飛び出すのはあまりに無責任すぎる。
どうしたらいいものか、と考えていたときだった。不意にバタバタという足音と武器がこすれる音が聞こえてくる。さてはシャドウが早くも増援部隊を率いて報復に来たのだろうか。
そう思って俺たちが身構えると、ドアが開いて入ってきたのは街の衛兵だった。そして先頭に立つ青年は俺たちを見て驚く。
「もしやあなた方がアンドリューを倒した冒険者の方々ですか?」
「そうだ、アランという。君は?」
「僕はアデル、街の衛兵の一部隊長です。……ありがとうございます!」
てっきりシャドウの命令で俺たちを討伐しにきたと思ったら、アデルは俺たちをきらきらした目で見つめる。
「は?」
「僕たちも奴らがのさばっているのを見てずっと良くないとは思っていました。しかし僕が衛兵になった時にはすでにシャドウは街の中枢に入り込んでいたのです」
「一体なぜ」
「シャドウを討伐するのは大変です。しかしシャドウを仲間にすればお金をくれます。治安は悪くなりますが、シャドウ以外の犯罪者はシャドウがどうにかしてくれます」
それを聞いて俺は絶句した。
そんなことをするなら代官など必要ないではないか。そして代官がそこまでするということは、おそらく領主もこの状況を了承、もしくは黙認していたということだろう。
「そして代官様はシャドウが得たお金をもらい、隣街で悠々自適に暮らしています」
「何で代官なのにこの街にいないんだ?」
「いつか恨みを持つ者に襲われるという自覚があるからでは?」
「そんな」
思った以上の腐りっぷりに俺は困惑する。
「武力でどうにかしようにも、アンドリュー率いる一派は訓練されていて厄介だったのです。他の衛兵たちもシャドウに味方するかもしれないし、僕らの部隊だけではどうにもならなさそうでした」
「なるほど」
確かにアデルの部隊は十数人しかいない。アンドリューの部下は壁の向こうにいたやつらも合わせればもっといるだろうし、もしかするとここ以外にもいるかもしれない。
「しかしアンドリューさえ討ち取れれば潮目は変わるでしょう。これから残ったアンドリューの部下を討伐するので協力していただけませんか?」
「ああ、分かった」
まさかアンドリューを倒しただけでここまで状況が変わるとは思っていなかったが、シャドウの行いを思い出すとアデル青年のように思う人がいても全くおかしくはない。この街の人々にもまだ良心的なものがあったのだと思うと俺はほっとする。
そうと決まると行動は早い。俺たちは街庁の部屋をしらみつぶしに調べていく。すでに逃げ去った形跡もあったが、中には息を潜めて残っているシャドウの者たちもいた。俺たちはそれを片っ端から倒していく。
アンドリューを倒しただけあって敵は俺たちの姿を見るとすぐに逃げ出そうとするので後ろから殴りつけるだけで簡単に倒すことが出来た。
アデルたちの部隊も手早くシャドウの一味を倒していく。
こうして一時間足らずで俺たちはシャドウの手の者らしき奴らを街庁から一掃したのだった。
そして一階の広間(元々は受付にきた街の人が待つところ)に俺たちと、アデルたち、そして脅えた表情の役場の人々と街の人々が集まる。
「すみませんアランさん、彼らにシャドウは倒したと一言お願いします」
それを見てアデルは俺に頼む。
「ええ、俺が?」
俺はそもそもこの街の住民ですらないのだが。
「だってアンドリューを倒したのはアランさんじゃないですか」
「それはそうだが……、まあいいか。こほん、俺はアラン、ただの冒険者だ。しかしシャドウの奴らは麻薬を街の人々に売りつけて中毒にし、借金を追わせて家族を売買しようとしている。そのような事態を見逃す訳にはいかないと思ったところ奴らが俺を闇討ちしようとしてきたから返り討ちにしてやった!」
それを聞いて街の人々は信じられない、という目でこちらを見る。恐らく今までもシャドウに対抗しようとしたものはいたが、ことごとく返り討ちに遭ってきたのだろう。
「シャドウの主戦力であるアンドリューは倒した! これからは奴らに脅えることなく生きていこうではないか!」
「おおおお」
俺の言葉に、ようやく彼らから拍手が聞こえてくる。
そこへ外からバタバタと足音が聞こえてくる。見ると、他の衛兵たちも騒ぎを聞きつけてやってきたようだった。
「冒険者の方々がアンドリューを倒してくれた! これで我らは自由だ!」
アデルが衛兵たちに呼びかけると、衛兵たちも最初は半信半疑だったが、やがて歓喜の表情を浮かべる。
彼らも何となくそういうものだとシャドウの存在を諦めていただけで、進んで従っていた訳ではないのだろう。
もちろんまだシャドウの構成員たちはどこかに残っているのだろうが、人々の心を解き放ったという意味では俺たちは街を奪還したのであった。




