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覚悟が決めれば後は実行するのみ。
伯母様は私の出す答えが分かっていたみたいで反対はしなかった。
ただ、これからのこと。降りかかるであろう様々な困難について苦言をいただいた。
私とジルは一年の婚約期間を経て結婚。最後まで周囲の貴族はうるさかったし。婚約者がいながら私に、なんなら自分はどうかと言ってくる馬鹿な男も大勢いた。全て丁重にお断りした。
私は伯母様たちの跡を継いで領地経営をし、ジルは今まで通り私の護衛として働いてくれた。
元奴隷であるジルが社交界に出ることはなく、普通の貴族の夫婦とは違うし、その分困難も多い。でも、一人ではないのなら。傍に居て手を繋ぎ、共に歩いてくれる存在がいるのならそれは些末事なのだ。
◇◇◇
side.マリアナ
家から持ってきたお金はあまりなく、宿代が支払われなくなったのと家の使用人が迎えに来たので私は仕方がなく家に戻ることにした。
「きゃっ。何」
馬車が急停止したせいで私は椅子から転げ落ちてしまった。馬車の底で打った鼻を押さえながら体を起こす。
背後で馬車の扉が開いた。御者の人かと思って振り返るとそこにはフードを被った数人の男たちがいた。
「な、何」
彼らは腰に剣を下げている。フードを目深にかぶっているせいで顔は見えず、それが余計に不気味だった。
男が私の手を掴んで馬車の中から引きずり出す。私は必死に抵抗したけど所詮は女の力。敵うはずもなく、あっけなく地面に転がされた。
「何をするの?物盗り?今は何も持っていないわ。家に帰れば何かしらものはあるけど。でも、人の物を盗るのは良くないわ。悪いことをすれば何であれ天罰が下るんだから。神様はちゃんと見ているのよ。こんなことは止めて真っ当に生きなさい」
体は恐怖で震えた。
彼らがなぜ物盗りをしているのかは分からない。きっと、仕方がない事情があるのだろう。だけど、こんなことを続けてはいけない。因果応報。いつかは自分に返ってくるのだから。
だから私は何とか彼らを説得しようとした。
「悪いが、物盗りは物盗りでも俺たちが欲しいのは金じゃない」
「えっ?」
「あんたの命だ」
そう言って男は腰に下げていた剣を取り、振り下ろした。冷たい金属が首に当たるのを感じた。それが私が味わった最期の感覚だった。
視界は闇に閉ざされた。
◇◇◇
「奥様、処理完了しました」
「そう。これがその戦利品ね」
私の名前はローズマリア・シルエット。エマの伯母であり、養子縁組をした今では養母に当たる。
私はシルエット家に仕えている護衛に命じて、あの世間知らずのお花畑、頭の平和なマリアナとかいうエマの異母妹の首を持ってこさせた。
「さすがは平民。その死体も醜いのね」
「いかがいたしますか?」
「野犬にでも食わせて頂戴。もっとお似合いの姿になるわ」
「畏まりました」
男は一礼して退出した。
「これで、あなたの憂いは少しは晴れたかしら。アグネス」
エマの母であり私の最愛の妹アグネス。スティファニー公爵家に殺された哀れな妹。
でも大丈夫。仇はちゃんと取るから。何年も準備した。復讐の為に。
公爵家はきっと借金で首が回らない状態だろう。たくさんの商家に根回しをした。価値がありそうに見えて実は偽物。そんなものをたくさん買わせた。
あのバカな行いで社交界から爪弾きにされたことを知ったときはざまぁみろと笑ってやった。さすがに、そこまでは予想していなかったけど。でもおかげで、とんとん拍子に話が進み、今では公爵家でありながら窓際の職務を与えられたらしい。
失意の彼に千載一遇のチャンスと思わせて詐欺師をけしかけたり、現状打破の為にルルシアが頼った占い。もちろん、私がちゃんと手配をしてあげた。
偽の占い師がでたらめなことを吹き込んで、高額な物を買わせる。そして膨らむ借金。返す為に邸にあるものを片っ端から売ろうとしても大した値段はつかない。
だって、全部偽物だから。
気がかりはエマだった。どうやって助け出そうかと思った。向こうからアクションを起こしてくれたおかげですんなり行けた。何もかもが怖いぐらい上手くいった。
これで私の復讐は完了した。
「因果応報。人を貶めれば人に貶められるのよ。良かったわね。最後にいい教訓になったでしょう。もう二度と会うことはないでしょうけど」
マリアナは死んだ。公爵とその奥様は殺さない。絶望の中で生きて行けばいい。
復讐が完了した喜びに私は一人、打ち震える。




