ダンジョンへ
アルファポリスのドリーム小説大賞にエントリーしてみました。20位前後をうろうろしているらしいです。
「ご苦労さまです。草鹿二尉、例の件ですが」
遠軽駐屯地内の生活隊舎の廊下を歩く草鹿二尉を呼び止める男がいた。
「む、東海林二曹か? ご苦労。どうだった?」
草鹿は戦闘服の上にトレーニングウェアの下を着用する軽装で、サンダル履きの格好で洗面器を片手の風呂あがりであったが、東海林二曹に丁寧に向き直る。
「やはり匿名掲示板において書き込みが数件ありましたが、書き込み規制を同時に施した上でIPアドレスを吸い上げて置きましたので、今頃は公安が自宅に踏み込んでいる頃かと思います。それと同時に十年先まで監視をつける事を決定されましたので、情報漏洩の問題は無いと思いますが、これからは出来れば自重をお願いしたく……」
「解っている。苦労をかけたな」
草鹿はポンポンと東海林二曹の肩を軽く叩き、耳元で小声で囁く。
「おれの名前で新品のボトルを入れてある。中通りのスコルピオだ」
「ありがとうございます」
草鹿は業務上ちょっとした腕試しの末に、面倒をかけた電子隊の若手にささやかなお礼をして、鼻歌混じりで自分の営内班に戻る。
度重なるストレスのはけ口に、VRゲーム内でガス抜きをした結果しわ寄せがあちこちに押し寄せたが、一番貧乏くじを引いている草鹿達にはお咎めは無かった。
「さて、そろそろ消灯ラッパが鳴る頃か」
草鹿はジャージの上下に着替えると、ベッドに横になる訳では無く、VR小隊機材室に向かいゲーム機にダイブインする。
何時も通りの手順をふみ、いつも通りの風景が目の前に広がって来る。
「ご苦労様です、小隊長」
「ご苦労様です。班長」
ゲーム内のオブジェクトを寄せ合わせて作った射撃場で、猫を抱えた幼女達が草鹿に敬礼をして来る。
「みんな早いな、稼業時間前から訓練か?」
「武器の威力や筋力はレベルに左右されてしまいますが、銃の射撃姿勢や照門照星の見出し等はやはりプレイヤーの慣れに左右されますからね、訓練は自分を裏切りません」
目の前で受け答えをする幼女は、最初の頃に整列姿勢もままならなかった幼女とは違い、しっかりとした気を付けの姿勢で受け答えをしている。ここでもレベルアップの恩恵が現れているのだろう。
「起点この位置! 草鹿班集合!」
「応!」
副官福田の号令により、各々鍛錬中の隊員達がちょろちょろと走り寄る。
「これより本日の稼業、VR錬成を行う。本日の予定演習場は旧トーチカ跡を入り口とする地下ダンジョンになる。各自携行品の対応を間違わぬ様に気を付けて、VR酔が酷い者は早急に自己申告する様に、本日も一日よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
人目を避ける為に数日前から草鹿班一行の稼働時間帯は深夜帯に変更になり、ますます駐屯地内でも浮いた存在となりつつある草鹿達は、MP7を携行して広大なMAPの中でこっそりと築いた「アジト」を後にするが、一般人から見れば猫をお腹に抱いた幼女の一行が山の中で迷子になっている様にしか見えなかった。
ゲーム内でもとびきり目立つ草鹿班は、滅多に町に降りる事は無く、時間帯も出没場所もバラバラで有るために一般人の間では、すっかりレアドロップモンスター並の扱いである。
不用意に近づくと幼女達は一斉に猫を突き付けて来るために、猫部隊とも通名が付いて一部熱狂的ファンが薄い本を販売するまでの、モンスターコンテンツとなりこのVRゲームの価値を上げ、ログイン人数の増加、サービス提供会社の株価にまで影響している事を勿論草鹿達は知らない、何故ならば彼らは誰にも知られてはいけない影の存在のつもりでいるからだ。
「くさかちゃあーん!」
草鹿班の後方から幼女達と対比すると、かなり大柄な女、ひろみが駆け寄って来る。
「やかましい! 目立つなばかもの」
「くさかちゃん達が置いて行くんだもん! 冒険する時は一緒って約束したじゃない」
「してない! 離せ、抱っこをするな、高い高いもするな」
PK事件の後から草鹿は出来るだけひろみを遠ざけたのだが、ひろみの方が前以上に草鹿達から離れようとしない為に、時間帯や狩場をランダムに移動しているのだが、どこからともなく駆け寄って来る。
抱きついて離れないひろみに、草鹿はMP7(猫)の銃尾(肛門)を押し付ける。
「わかった、だから目立つな、騒ぐな」
レベルが上がったとは言えゲーム上では、上級者のひろみの筋力には敵わないし、一応序盤での案内役をしてもらった恩もある故に、草鹿達も武器を向ける訳にはいかない。
草鹿達が全力で身を隠しても、何故かひろみには見つけられてしまうので、訝しんだ福田三尉がいくら調査しても背後は掴めないので泳がせているらしい。
「さあ! 今日はトーチカダンジョンね! みんな張り切って行くわよう!」
「やかましい! デカイ声を出すな!」
デカイ女とデカイ声の幼女が周囲の視線を一身に受けて、初級者の難関と言われるダンジョンに姿を消して行く。
その姿を物陰から含み笑いで見つめる視線があった。