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武器の名は

VR物ではあまり歓迎されない現実パートです。

 第二十五普通科連隊遠軽駐屯地内体育館は朝から貸切になり、普段は陽光を取り入れる窓もみっちりと閉じられて、暗幕で目隠しまでされている。


 体力練成に赴いた一般隊員を追い返す為の歩哨まで立てて、一般隊員の間では俄かに不穏な噂まで立ち始めている程の厳重体制を敷いている。


 重く閉ざされた暗幕を潜り抜け、玄関ホールを通り、両開きの引き戸を開けるとそこには、各部隊より選び抜かれた精鋭であるレンジャーや空挺レンジャーの中から、更に選び抜かれた精鋭中の精鋭である特殊作戦群の猛者達が、特殊作戦の訓練中であった。


 特殊作戦群では体力はあって当たり前、精神力と知識、判断力が問われるスーパーエリートの集まりであるが、どの隊員も皆一様に目を血走らせ、運動により生じるさらりと爽やかな汗とは程遠い、精神疲労から生じるべたりと粘つくような汗をかいていた。


 公には出来ない海外での特殊任務宛らに、彼等を疲労させているのは、体育館の隅に置かれている今時は珍しい、使い古された官品のラジカセから流れる音楽のせいであろうか、はたまた鋼のように鍛えられた筋骨隆々とした体躯に装着された。短いフレアスカートのせいであろうか……


「やってられるかあああ!」


 本日八回目の叫び後をあげた声の主である草鹿は、一糸乱れぬ動きを見せていた隊列の中で、ドカリと腰を下ろし、そっぽを向いた。


「隊長、下着が見えてますよ、何の為に現実世界でVR装備の装着を強いていると思っているのですか」


 草鹿は指摘をされてそろりとスカートを手繰り下着を隠す。


「今回の対象はロリコンの一斉摘発では無く、軍事機密漏洩を企むスパイの摘発が目的です」


 厳しい口調で草鹿を嗜めるのは、今回の作戦立案を任された片石三尉であった。


 彼は作戦立案に伴い、ありとあらゆるデータを網羅し、ネットの海を漂った。


「表向きはロリコン討伐に見せかけたトラップですが、それこそがこちらの狙い! ロリコン相手の巧妙な視線誘導に囚われぬ者こそが、今回のターゲットであると思われます」


「なんと、そこまで考えていたのか、片石三尉……すまないてっきり楽しんでいるものかと勘違いしてしまった」


 項垂れる草鹿の肩に、フレアスカートの裾をはためかせながらも、ギリギリ見えない位置をキープする片石三尉が手を置いた。


 隊員からは感嘆の溜息が漏れる程見事な片石の所作は、一介の兵士では無く。まるで少女のそれであった。


「隊長……辛いのは解ってます。僕も辛いです」


「そうなのか?」


 草鹿が疑わしげな視線を送ると、片石三尉は草鹿の隣に足を斜めに崩した横坐りで座り込む。


「隊長」


「お、おう」


「先程から隊長お一人で訓練を中断されておりますが、お言葉ながら隊長は指揮をする者として、些か全体を見る目をお持ちでは無いと忠告させて頂きたい」


「むさいおっさん達のお遊戯会の練習で、何の全体を見ろと言うのだ? スカート姿の筋肉男しか居ないだろうが!」


 片石三尉は沈痛な面持ちで首を横に振る。


「踊りが苦手と仰いましたが、踊りと考えずに体力練成として考えるのです。例えば出だしの元気なステップですが、これはその場駆け足の運動です」


「なんだと?」


「その次の振り付けは笑顔で大きく手を開く踊りですが、これは脚前腕斜上振運動です」


「ま、まさか……」


「そうです。今回の振り付けは全て《自衛隊体操》を準えて作られてます」


「まさに、木を見て森を見ずか……」


 草鹿は驚きの余り額に冷たい汗を流す。


「はい、踊りの苦手な草鹿隊長の為に自衛隊員なら、身体に染み付いてむせてしまう様なこの体操をベースにして、アップテンポの曲をフューチャリング。更に、姪っ子に小遣いを渡して自作の詩を歌わせたオリジナルです」


「片石……」


「さあ、隊長立って下さい。これはお遊戯会ではなく、体操です。自衛官の基礎体力の向上を目的にした運動です」


 片石三尉が草鹿の手を取って引き起こす。


「そうだな、これは体操だ。ならば……」


 草鹿の目の色が変わり、片石三尉とがっしりと握手をする。


「これは体力練成訓練だ!」


 最近疲れ気味の草鹿が久しぶりに笑顔を見せるが、着ている衣装は全員スカートである。


 体育館で再度アップテンポの曲が流れ始め、フレアスカートを着用するエリート兵士達が踊る様に自衛隊体操を始めるが、やはり草鹿だけはテンポが合わない。


 だがノリノリである。


 副官の福田三尉が片石にそっと耳打ちをした。


「片石よ、隊長の独特のテンポは矯正した方が良いのではないか?」


 福田三尉はオブラートに包んだ物言いで片石三尉に進言するが、片石三尉は首を振る。


「この筋肉集団の中では確かに隊長は浮いていますが、VRの中に潜ればあのテンポの外れた踊りは隊長の武器になります。幼い少女が一生懸命テンポの外れた踊りを踊る姿は、父兄の垣根を越えて、その場に一種異様な一体感をもたらせます。まさしく《草鹿隊長のふしぎなおどり》と名付けても良いでしょう」


「計算づくか?」


「想定以上です」


 福田三尉がぶるりと震えたのは、足下がスースーするフレアスカートの所為では無かったであろう。


 片石三尉の黒い微笑みを他所に、草鹿だけはハツラツと《ふしぎなおどり》を踊り続けた。

草鹿はふしぎなおどりを踊った。

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