パブリック・エナミー
お久しぶりです。本格アクション小説にようこそ
ボスからせしめたドロップアイテムを片手に御満悦のひろみを放置して、草鹿は副官の福田に耳打ちをする。
「まだいるな……」
「そのようです」
草鹿は班員全員に素早くハンドサインを送る。
「さて、今回は初級ボスクリアをしたので偶には贅沢に、緊急帰還スクロールを使用する。各自帰還スクロール用意!」
草鹿班全員がふわりと広がるスカートのポケットから、帰還帰還スクロールを取り出す。
帰還帰還スクロールとは、ティッシュペーパー程度の大きさであるが、使用者がそれを破く事によって最寄りの町へとテレポートで帰還させてくれるアイテムである。
普通のプレイヤーは持っていて当たり前であるが、草鹿達は身体に慣れる事が最優先であるので、狩場から最寄りの町への帰還は全て駆け足移動であった。
全員がゴソゴソと帰還スクロールを取り出す中で、ひろみもそれにならって帰還スクロールを取り出し置いて行かれない様に、少しフライング気味に破いた。
ひろみのアバターがブロックノイズに囲まれて弾けて消えたのを見計らい、草鹿達は緊急帰還スクロールをポケットにしまう。
「集合」
草鹿の号令で全員が顔を突き合わせる至近距離に集まる。
「監視者がいるのは解っているな? PKなら構わないが、マスコミや反対勢力であったらマズイ事になる。相手の意図を探るぞ」
「了解」
小声で打ち合わせを始める草鹿達の背後で、小石のオブジェクトを踏みしめる音が聞こえて来る。
「散会!」
草鹿の小さな号令で歴戦の戦士達は、小動物の様にチョロチョロとボス部屋の中を走り回る。
一つしか無い部屋の入り口付近で顔半分だけを出し、中の様子を確認する人影は草鹿や現役レンジャー隊員すらも、感嘆する程の気配の消し方を身につけている。
相手をプロと認識して作戦の変更を草鹿は決める。
「チチチ、ツィツィ」
草鹿はまるで鳥の囀りの様な音を出し、全員の注目を草鹿に向けさせて、ハンドサインで捕縛拘束の指示を「生死を問わず」に切り替える。
捕縛拘束等は余程余裕のある事態でしか通じず。相手が実力者と認めた場合はこちらの命、この場合は情報だが、これらを再優先させる事を選んだ指示だった。
静まり返ったボス部屋はゲームのシステム上、次のボスが現れるまでは四時間程の猶予がある。
ボス部屋の扉が開いていると言うことは、ボスが討伐された証でもあるが、その人影は足音も気配も断つ様にゆるりとぬるい風が入り込む様に部屋に入り込む。
敵ながら見事な侵入で一瞬戦慄を覚えた草鹿が、自嘲気味にニヤリと嘲笑う。
草加隊全員に緊張が走った事が、空気を通して感じて来るのが不思議だ。VRの世界、空気の無い意識化の出来事の中で確かに敵を感じている。
「こんな実戦はイラク以来か……」
ボソリと草鹿が呟いた時、時間が急激に動き始めた。
侵入者が草鹿達が張る結界の中に侵入した瞬間に、遠距離からの狙撃が膝に三発命中する。踵を返す侵入者の大腿部に三発。現実世界ではこれで動きは完全に封じる事が出来るが、ゲームの中では痛覚が働きにくいので、動きは思う様に止まらない。
「戦場では薬でゾンビになっている奴も沢山見たさ」
地面を蹴り上げ出口へと走りだすその蹴り足を、正確に打ち抜かれもんどり打って倒れる侵入者。
出血の状態異常のせいで、麻痺状態になっている侵入者に草鹿達の包囲網が狭まる。
MP7を構え、蹲る侵入者を囲む草加隊。
蹲る侵入者を蹴り上げ仰向けにすると、HPバーはまだ残っていて、キャラクターネームも顕になる。
「キャラクターネーム『囲炉裏』貴様は誰だ?」
草鹿は侵入者に誰何する。
侵入者は状態異常で動けない身体で不敵に嘲笑う。
「……ト、……リーン……」
「何だ?」
ブツブツと何かを小声で呟く侵入者。
「スクリーン……、スクリーンショット」
侵入者の呟く言葉の意味が解り、草鹿はMP7の引き金を引き絞り、侵入者の頭を吹き飛ばして叫ぶ。
「総員ログアウト! 情報漏えいの危険がある!」
侵入者が死の間際に行う行為がスクリーンショットと言う事は、自己顕示欲から来る恣意行為では無い、写真を撮る事による情報収集だ。
緊急ログアウトをしてVRマシンから跳ね起きた草鹿は、急いで技官を呼びつけた。
「キャラクターネームは『囲炉裏』スパイの疑いがある! 多数のスクリーンショットを取られた。今すぐ奴のスクリーンショットデータの消去をして身元を洗え! 場合によっては部隊を動かすぞ!」
草鹿の剣幕に技官はビクリと飛び上がり、すぐさま机の上の端末を叩き始める。
「十五分程お待ち下さい」
「五分あれば引っ越しまで終わっている! 三分でやれ!」
「は、はい」
事態を理解している隊員達は、直ぐ様全国の駐屯地直通電話の用意を始める。
「間に合えば良いんだが、一体どこの団体が……」
「軍事転用の民間技術となれば、興味を示す輩が少なからず出て来ますからね……」
バタバタとキーボードを叩く技官が悲鳴の様な声をあげる。
「出ました!」
「所在地は?」
「千葉県の船橋ですが」
「よし! 中央即応集団のお膝元だ! 今すぐ下大さんに連絡をつけるから電話を貸せ!」
内線電話を受け取った草鹿に再度悲鳴の様な技官の声がかかる。
「待って下さい!」
「駄目だ! 今なら奴のガラを押さえる事が可能だ」
「違うんです!」
一際大声で技官が叫び、草鹿も受話器を握る手が止まる。
「これを……これを見て下さい……」
技官が振るえる指でモニターを指差した。
「なんだこれは?」
「キャラクターネーム『囲炉裏』のVRマシンが直結されているネット端末にアクセスしましたが、ゲーム内から持ちだした情報はスクリーンショットだけで、いえ……それよりもピクチャーフォルダの中を見て下さい……」
草鹿が端末の中のピクチャーフォルダを開くとそこには、十歳未満の子供の写真が約十ギガにわたりみっちりと詰め込まれていた。
「これはどう言う事だ?」
「はい……私個人の見解ですが、この『囲炉裏』なる人物は……スパイでは無く、単なるロリコンかと思われ……」
技官の意見を噛みしめる様に聞き、頭の中で理解した上で受話器を握りしめた。
「下大さんですか? お久しぶりです草鹿です。実は国家転覆を目論むテロリストの情報がもたらされまして……」
「草鹿さああああああん!」