幕間 それぞれの想い
私は失恋なんてしていない。
だって恋をしていないもの。
お風呂上りに自室のベッドに倒れ込むようにして枕に顔を埋めて考えをまとめる私。
誰が聞いているわけでも見ているわけでもない。
だからこれは相談でも言い訳でもない。
そう言うなれば独り言だ。
確かに、顔を見るたびにドキドキしていたしどうやって話しかけるかとか考えた。
友達をだしに使ってメルアドまでゲットした。
でも、違う。
あれは恋愛じゃない。
初めて会ってスーパーではただ単にかっこいいなと思っただけ。
それは、テレビで芸能人の男の子を見て誰もが思う感想でよくあることだ。
だから、一目惚れなんかじゃない。
二回目は深夜の帰宅途中、痴漢に襲われた私の傍に颯爽と現れて励ましてくれた。
でも、痴漢は私が自力で撃退したし今思えば、励ましの言葉もひどく当たり前の特別な意味も何もないものだった。
ただ、痴漢に襲われて動揺した私の心にたまたま近くにいたから入り込んできただけで別にあの人だったから心臓の鼓動が早まった訳じゃない。
痴漢に襲われるという状況で動揺し、その時に一番近くにいた人を見て胸のドキドキを勘違いしてしまっただけだ。
所謂、吊り橋効果というやつだ。
そう、だからあれは勘違いであり恋愛感情なんかではない。
私はそう結論づけて睡魔に身を委ねた。
枕はなぜか冷たく湿っていた。
私には関係ないことだ。
あの人が誰と付き合っていようと私には関係ない。
だって私はあの人と最近知り合ったばかりで、あの人のことを何も知らないのだもの。
惚れる要素なんてどこにもないし、それほどあの人のことを理解しているわけではない。
夜、本を読みながら物思いにふけっているとなぜか昼間のことが気になりつい考えてしまう。
友達から聞いて話では痴漢をただ警察に引き渡す時に傍にいただけで、本人は何もしていない。
ストーカーの時は必至で追いかけてくれたおかげで、私たちは痴漢を追うことができたが、きっとあの人が協力してくれなくてもいずれは捕まえることができただろう。
もちろん、早いことに越したことはないが、別にあの人がいなくても解決する案件であったのだから変に恩を感じる必要はない。
頼んだのは橙子のわけだし・・・・
私はノータッチで、助けなんて望んでいない。
「でも・・・」
あの人は見ず知らずの、その日初めて会った私を助けるために協力してくれた。
橙子とは以前から知り合いらしいが、日が浅くそんなに仲がいいようには見えない。
それでも相談に乗って人助けをするお人好し、それが私の中での評価だ。
「見知らぬ他人のために戦うだなんてまるでヒーローみたい!」
と浮かれるほど私は子供ではないし、第一、私自身もヒーローをやっている。
社会、国家、秩序とそこに住む人々の安寧を願い、悪の怪人やロボット、戦闘員といった者達と命がけで私は戦っている。
無論、私一人ではなく仲間のみんなとではあるが・・・
それでも、ただのお人好しのあの人より多くの人々の役に立っているのだ。
だから、あの人の行動は特別ではない。
唯一の良い所と言えば優しい所だろうか?
私がストーカーと間違えて変身後の姿で思いっきり蹴り飛ばしてろっ骨を折ってしまったのに、私を責めるでもなく脅すでもなく、ただ笑っていた。
これがただのドMなものならば、よかったのだが・・・
ストーカーが捕まり私が普通の生活に戻ることへの安堵から出た笑みだと思うと申し訳ない気持ちで心が押しつぶされそうになる。
皆と共にお見舞いに向かった時も、特に私のしたことを何も言ってこなかった。
それどころか、私を心配して子供を見守る親の顔で優しい笑みを向けてくれた。
皆がいたからかもしれないが、それで私の心は少し楽になった。
もし、責め立てられて怒鳴りつけられたら私はどうすればいいかわからず、困惑と罪悪感に押しつぶされて、今頃は何をしているかわからなかっただろう。
そう、私は両親と離れて一人暮らしをしているからきっとあの顔を見て両親が恋しくなったのだろう。
それを恋心と勘違いしてしまっただけ、だから私は失恋なんかしていない。
私は読みかけの本にしおりを挟んで机に置きベッドに入った。
起きていると今日の出来事を思い出して色々と考えてしまい、本を読む気になれなかったからだ。
きっと明日になればこの胸のモヤモヤも消え失せていることだろう。
私は別にあの人のことなんてどうとも思っていない。
なにせ相手は私の嫌いな軟派な優男だ。
コンビニ裏で凄まれた時は恐怖に足が震えたが、もし喧嘩になっていれば私が勝っていた。
私はこう見えても正義のヒーローをしている。
よく不良に見間違われるが、中身はただの流行やファッションに敏感な乙女なのだ。
髪を染めているのも、ピアスをつけているのも、化粧をしているのも、私ぐらいの女の子なら普通だ。
寧ろしていない子は「もっと綺麗に・・・」とか思わないのだろうか。
私だったら良い男を捕まえるために「綺麗になりたい」と懸命に努力するのだが・・・
まぁ、彼氏いたことないけど・・・
でも、いつかは私にも素敵な王子様が・・・
いや、私はそんな子供じゃない。
ともかく、その内いい男を捕まえるために私は自分を磨き続ける。
変な男に捕まらないために、変態により疲れないために、痴漢を撃退できるように武術も身に付ける。
まぁ、武術はヒーローとしての活動のためだけど・・・
ともかく! あんな軟派な野郎は私の眼中にない!
でも、夏服から出ている手足は結構がっしりしてるんだよな・・・
美咲の蹴りを食らってもろっ骨が折れるだけで済んでたし・・・
普通なら死んでいてもおかしくない攻撃でろっ骨が折れたから入院で済むってことは服の下は意外と筋肉質なんだろうか?
いけないいけない。
あの人には彼女がいるし、何より友達の橙子が彼に気があるようだし、私の出る幕はない。
美咲もなんだか気にしているみたいだったけど、まぁ気のせいだろう。
美咲が好きになる要素や行動に言動はなかったからきっと自分のせいで怪我を負わせてしまった罪悪感から彼のことが気になって仕方がないのだろう。
私は化粧を落として顔にパックを張り眠りにつく。
明日もまた学校があるのだ。
あの人の説得を無駄にしないためにも早く寝て遅刻しないようにしないといけない。
例え見ていなくとも、あの人のあの時の言葉は私の中で生きているのだから・・・
非常に残念な結果になり私は大変遺憾だ。
布団の上で寝っころがって考えにふける私。
橙子ちゃんはもちろん。
美咲に深歩も、きっとあの人のことが気になっていたことだろう。
それに気付かせるために爆弾を投下し続けて彼の下へと向かい。
自分の中にある感情の再確認をしてもらってから三つ巴の女の戦いが始まる。
はずだったのに・・・
まさかあの人に本当に彼女がいるだなんて・・・・
皆一様にショックを受けて帰って行った。
この前のエッチな御本発見というハプニングはすごく面白かったのに・・・
「はぁ・・・」
最近は怪人との戦いもマンネリ化していて私は非常に暇だ。
打開策になるはずの女の戦いもきっと当分は起こることはないだろう。
いや、もしかしたら二度と起こらないかもしれない。
「彼女さんと別れないかな・・・」
そうすればこの戦いが再燃するかもしれない。
時間は早ければ早い方がいい、みんなの気持ちが他に行ってしまわないうちに・・・
(でも、そういうのめんどくさいな・・・)
私は傍観者。
見守るだけで他に何もしないのが私のスタイル。
(麗がなんとかしてくれないかな・・・)
私は携帯のアドレス帳の「藍波 麗」を少し見つめてから閉じる。
私は傍観者、ただ見守るだけ。
それ以上は何もしないのが本当の傍観者。
何かを画策、暗躍するのは策士や戦略家のお仕事だ。
私は携帯を布団の傍に置いて、布団を被りそのまま瞳も閉じて眠りにつく。
(明日はもっと良い事ありますように。)
少女は深く眠りに落ちていった。
「みんなもう眠りについたかしら・・・・」
夜遅くにココアを入れて飲みながらふと空を見上げる。
漆黒の中を星たちが輝き彩る夜空は今日あった出来事をまるで気にした様子はない。
(あの子たちの心にある曇天とは正反対ね・・・)
今頃は皆眠りについていることだろう。
今日の出来事でできた胸の傷を抱いたまま過ごすのは彼女たちにはきつ過ぎる。
「それもこれも・・・・ あの糞豚の能無しチ○ポ のせいね。」
別に彼が何かしたわけじゃない。
そんなことは判っているが、まだ幼い少女たちの無垢な心を弄び。
裏切ったかの様な今日のありさまには少し憤りを感じてしまう。
勝手に恋心を抱いたのは彼女たち三人で、彼は何もしていないのだけど。
私の目にはそう映ってしまう。
身内びいき、自己中、それが私の中身。
外面は誰にでも優しく、慈愛に満ちているように見えるが・・・
それは偽りの姿。
それをそっと教えてあげるために、最近は本音を口にして相手を脅している。
いや、警告しているといた方がいいだろう。
こう見えて私は優しいのだ。
こう見えてというのは外見のことではなく中身のこと。
中身なんて自分にしか見えないのにこう見えてなんて言い方はおかしいけれど。
これは私が私を見た感想だ。
身内びいきの自己中で我が儘で下品で根暗で嫉妬深く陰湿な私でもヒーローをやっていけるのだ。
きっとヒーローなんてのは大して難しいことなどないのだろう。
その証拠に私は女性ヒーローの付き合いたい彼女ランキングでTOP10に入っている。
他の子達の方が可愛くていい子なのに・・・
男って胸が大きければ何でもいいのかしら?
そんな性格に難有の私とチームを組んで仲良くやっていける彼女たちが今頃苦しんでいるのを思うと胸が張り裂けそうだ。
ブラを外して身体的に少し楽にすることにした。
大きな脂肪の塊が揺れる。
「いつになったら成長止まるのかしら・・・」
鏡の前に立ち胸を持ち上げて呟く。
(ああ、この胸の脂肪と共に張り裂けそうな痛みもなくなってくれないかしら・・・)
私は彼女たちが心配でいつもならもう就寝しているはずの時間帯にココアを片手にテレビを見ている。
布団の中に入るとああだこうだと考えてしまいそうになるのだ。
それもこれもあの男に彼女がいるのがいけないのだ・・・・
いや、彼女がいなかったらいなかったで彼女たちの女の戦いが始まっていたかもしれない。
もしそうなったら、今のこの関係は終わってしまうのだろうか?
五人で力を合わせて戦ってきた美少女戦士ブレザーハートの最後がまさか一人の男の取り合いとは・・・
今日の夜空に光り輝くお月様みたいに丸く収まる方法はないだろうか・・・
ああ、誰に味方することもなく傍観者を続けるであろう碧の様な精神力が欲しい。
明日はまだ学校があるのに頭がさえてしまって眠れる気がしない。
だからと言ってやりたいことも何もない。
私は一人、月明かりに照らされて眠れぬ夜を過ごす。