表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形師の庭園  作者: あると
白檀
12/48

妖の主

鳥のさえずりさえも凍りついた早朝。公園の水飲み場には氷が張り、花壇の土は霜柱で盛り上がっていた。ペンキの剥がれたベンチを白く塗り潰しているのは冷たい霜だ。その塗り立てのベンチに彼女は腰を下ろしていた。

年の頃は十七、八。女の子とも女性とも言い切れない狭間の年齢である。若木の瑞々しさと花の艶やかさを共存させた面差しをしている。背筋を伸ばした姿勢で、膝の上に乗せた本に目を落としていた。

ページをめくる手は緩慢で心ここにあらずと言った様子だ。時折曇った空を見上げたかと思えば、次に公園の入口を眺める。そしてまた本に向かうといったことを繰り返していた。

そんな彼女の表情が一変する。

すぐ間近で鳥の羽ばたきがした。青黒い羽根の鴉がベンチの背に舞い降りてきた。鋭い足の爪を食い込ませ、翼でバランスを取る。彼女は本を閉じて振り返った。

「遅い」

開口一番の科白は非難だ。待ち人の遅刻をなじる口調である。鴉は彼女の言葉が理解できたのか頭を下げた。

『失敗です』

鴉のくちばしから人間の言葉が発せられた。妖に取り憑かれているようだ。

「失敗?」

女はひと呼吸置いてから妖鴉が言った言葉を繰り返した。

『はい……げぅ』

女の指が鴉の首を締め上げた。

「どうして?」

鴉のくちばしからどろりとしたものが飛び出てきた。小さな目が無数についた粘体である。鴉に取り憑いていた妖の本体だった。

妖が外に出てしまうと、途端に鴉は暴れ出した。憑依が解かれたことで逃げ出そうとしている。

彼女の手は緩まない。鴉を地面に叩きつけて黙らせた。首が折れ、くちばしからは血が流れていた。

痙攣する鴉に再び妖が入り込んだ。鴉はむくりと起き上がったが、首は曲がったままだ。

『犬がやられました』

「囮まで使って、それでも倒されたというのね」

『……はい』

妖鴉は言葉少なに頷いた。怪を使って運転手に事故を起こさせたが失敗し、念のため二重に仕込んでいた妖犬も倒された。ことの成り行きを見てきた妖鴉は詳しく話すこともできたが、彼女の怒りを買うだけだと思って口をつぐんだ。

「さすがね。負けたわ」

女はあっさりと怒りを静めた。

『真琴様、よろしいので』

妖鴉はおそるおそる尋ねた。

「よろしくない」

真琴は鴉の翼を踏んだ。もがく鴉の頭をもう片方の足で踏み潰した。

「そう簡単に来てくれるとは思ってなかったけどね。しょうがないわ。三年待ったんだから、今更急がなくてもね」

潰れた鴉の尻から妖が逃れ出てきた。真琴は目玉の化け物をつかみあげ、口の中に放り込んだ。

つまみ食いは誰にも見咎められなかった。真琴は腹を撫で、妖が戻ったことを感じ取った。

真琴は病院の建物を見上げ、名残惜しげに立ち去った。

木々たちがさわさわと彼女を見送った。



白檀編完結です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ