EP 3
胃袋と知識の買収工作
ジュワァァァァァァッ!!
鋼鉄と硝煙の匂いが漂う地下施設に、突如として暴力的なまでの『バター醤油』の香ばしい匂いが充満した。
「肉椎茸のソテーは、火の通し方が命だ。笠の裏にジワリと汗(旨味の汁)をかいてきたら、裏返して十秒。最後に『醤油草』から抽出した極上醤油を鍋肌に垂らし、焦がしバターと絡める!」
俺は携帯用の魔導コンロの上で、分厚いステーキ肉のような肉椎茸をリズミカルに菜箸でひっくり返した。
食欲を直接殴りつけるような芳醇な香りに、魔導パワードスーツの中にいるガンドフから、再び「ギュルルルルルゥゥゥ!」という悲鳴のような腹の虫の音が鳴り響く。
「……こ、こしゃくな! 匂いだけでワシの気を引こうなどと……! ドワーフの王宮料理人を束ねるこのワシが、そんな下賤なキノコ料理に……」
プシューッ!!
ガンドフが強がっている途中で、パワードスーツの胸部ハッチが勢いよく開き、中から小柄で髭モジャのドワーフの老人が、涎を滝のように流しながら飛び出してきた。
「できあがりだ。これがポポロ村特産の『肉椎茸のガリバタ醤油ステーキ』。そして、こっちが幻の銘酒『サケスキー』だ。さぁ、冷めないうちに食ってみろ」
俺が簡易テーブルに皿とグラスを置くと、ガンドフは瞬きすら忘れた顔でそれに飛びついた。
フォークで肉椎茸を突き刺し、一気に口へと運ぶ。
「ハフッ、ハフッ! ……むぐっ!?」
その瞬間、ガンドフの片眼鏡にピキィッ!とヒビが入った。
「な、なんじゃこの弾力は!? 噛み締めた瞬間、Aランク魔獣の肉すら凌駕する強烈な旨味のジュースが口いっぱいに溢れ出しおった! それにこの黒いソース……塩味とコクの奥に、得体の知れない『深い魔法』がかかっておる!」
「魔法じゃない、科学だ。醤油が持つ『グルタミン酸』と、肉椎茸が持つ『グアニル酸』。この二つの旨味成分が合わさることで、味が足し算ではなく『掛け算(相乗効果)』になって味覚を破壊するんだ」
「う、旨味の相乗効果……!? 味覚を数式で制御しておるというのか!」
驚愕に目を見開くガンドフ。彼は震える手で、次にグラスになみなみと注がれた『サケスキー』を煽った。
「……カァァァァァッ!! こ、これは!!」
ガンドフの顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まる。
「アルコール度数40度はあるぞ! なのに、なんじゃこの芳醇で華やかな香りは! 喉を焼くような強烈なパンチの後に、花畑のような余韻が抜けていく……! ワシが今まで飲んできたドワーフの火酒が、ただの泥水に思えるわい!」
「それは米麦草を使った『並行複発酵』って技術だ。糖化と発酵を同時に、かつ低温でじっくり進行させることで、高いアルコール度数と極上の香りを両立させている」
「へいこうふくはっこう……! なんという高度なバイオ・アルケミー(生体錬金術)じゃ……!」
マッドサイエンティストであるガンドフは、ただ美味しいと喜ぶだけでなく、その裏にある『未知の技術体系』に完全に魅了されていた。
料理を平らげ、グラスを空にした彼は、床にへたり込んでワナワナと震えている。
胃袋の買収、完了である。
「どうだ、ポポロ村の農産物のレベルは。……さっきは壁を壊して悪かったな。少し土砂を片付けてから帰るよ」
俺がわざとらしく踵を返そうとすると、ガンドフが「ま、待てい!」と俺のエプロンの裾にすがりついてきた。
「お、お主……ただの農民ではないな? その『相乗効果』や『発酵』の理論……ワシの知らん未知の学問を修めておるじゃろ!」
「まぁ、農業高校で一通りの『食品化学』は学んでるからな」
「しょくひんかがく……! おおお……!」
ガンドフは感極まったように髭を震わせ、さらに俺の背後——ダイヤが解体しようとしていた魔導パワードスーツを振り返った。
「先ほど、お主の連れの娘が、ワシのスーツの装甲の継ぎ目を一瞬で見抜いたのも驚きじゃったが……お主なら、ワシの兵器の『理論的な欠陥』も分かるのか?」
俺はパワードスーツの背部に回された冷却パイプと、弾倉の構造をチラリと見た。
「さっきのプラズマ・ガトリング。連射速度は凄いけど、魔力と水を混ぜただけの冷却液じゃ、すぐに沸騰して排熱が追いつかなくなるだろ。あれじゃあ3分も撃ち続けられないはずだ」
「なっ!? な、なぜそれを見ただけで……!」
「俺は『危険物取扱者 乙種4類』の資格を持ってるからな。燃焼と冷却の力学にはちょっとうるさいんだ。冷却水に少しだけ『不凍液(エチレングリコール等)』に似た特性を持つスライムの粘液を適切な比率で混ぜれば、沸点が上がって冷却効率が30%は向上するぞ。あと、推進薬の配合比率も……」
俺がスラスラと現代の化学知識(引火点や熱力学の基礎)を語り出すと、ガンドフは口をポカンと開け、やがてその目から大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「て、天才じゃ……! ワシが十年かけて悩んでいた冷却機構の熱暴走問題が、たった一言の助言で氷解してしまった……!」
ドスンッ!
大国の内務官たるガンドフが、俺の足元で深々と土下座をした。
「お、お見それした! 大地とやら、お主はドワーフの神が遣わした『大賢者』じゃ! 頼む、もっとワシにその『かがく』とやらを教えてくれ! なんならこのままドンガン地下帝国の技術顧問になってくれい!!」
「いや、俺はただのオカンだから技術顧問は無理だけど……」
「大地! このおじいちゃん、話が分かるわ! 私もこのパワードスーツの改良案があるの!」
ダイヤが目を輝かせてガンドフの肩を叩く。
「そうか嬢ちゃん! お主のその『兵器の急所を見抜く目』も凄まじい! ぜひワシの研究所へ来てくれ! 美味い酒と肴、そして最高の技術談義をしようではないか!」
「ええ、行くわ!」
地下深くの最前線で起きた、一触即発の戦闘。
それは、大地の『家庭科(料理)』と『危険物取扱(現代化学)』、そしてダイヤの『大工スキル(兵器解体)』という斜め上のチートにより、ドワーフの最高権威を完全に「狂信的なファン」へと変えてしまったのである。
こうして俺たちは、国境を越えて、ドンガン地下帝国の中枢へと足を踏み入れることになった。




