EP 2
空腹の雷神と、雑草食いのアイドル
「いてて……」
気がつくと、俺は見知らぬ森の中の草むらに墜落していた。
じいちゃん直伝の受け身を取ったおかげで怪我はないが、どうやら本当に『異世界』に放り出されてしまったらしい。
立ち上がり、制服のズボンについた土を払う。上着は着ておらず、カッターシャツの上に家庭科用のエプロンをつけたままという、非常にマヌケな格好だ。
「ヒャッハー! 見慣れねぇ服を着たガキだな。身ぐるみ置いていきな!」
状況を整理する間もなく、絵に描いたようなモヒカンのならず者三人組が茂みから飛び出してきた。手には物騒な剣や斧を持っている。
「はぁ……」
俺はため息をつき、手にした水筒——いや、チタン合金棒をカシャッと伸ばして構えた。
相手は刃物だが、素人だ。間合いに入った瞬間に手首を砕けば——。
「そこまでよ、悪党ども!!」
俺が一歩踏み出そうとしたその時、上空からマッハの速度で何かが降ってきた。
ドッゴォォォォン!!
凄まじい衝撃音と共に、土煙が舞い上がる。ならず者の一人の顎に、空から降ってきた少女の、金属めいた分厚い靴の踵がクリーンヒットしていた。
「な、なんだぁ!?」
「村の平和を乱す奴は、このポポロ村村長・キャルルが許さないわ!」
土煙の中から現れたのは、頭にフサフサの兎耳を生やした、動きやすいラフな格好の美少女だった。
両手には鋭い金属製のダブルトンファーが握られている。
「月影流・乱れ鐘打ち!!」
少女——キャルルが地を蹴ると、文字通り雷のような速度で残像が生まれた。
バキィッ! ドガァッ!
「「「ぎゃあぁぁぁーっ!?」」」
ならず者たちは何もできず、トンファーと重い蹴りの連撃を食らって空の彼方へと星になって消えていった。
「ふふん、チョロいもんね!」
キャルルはトンファーをクルッと回して腰に納め、俺の方を振り向いてニコリと微笑んだ。
「怪我はなかった? 私は……あ、れ……?」
ぐきゅるるるるるるるるるるぅぅぅ……!
突如、彼女のお腹から地鳴りのような轟音が鳴り響いた。
途端にキャルルの顔から血の気が引き、フラフラと千鳥足になる。
「あ、あはは……昨日から、忙しくてご飯、食べてな……」
バタッ。
先ほどまで雷神の如き強さを見せていた兎耳の美少女は、あっけなく地面に突っ伏して白目を剥いた。
「えええええっ!?」
俺が慌てて駆け寄ろうとした、その時だった。
「ふふふっ、このギザギザの葉っぱはビタミン豊富! そしてこの茎は食物繊維たっぷり! 完璧な美容食ね! いただきまーす!」
むしゃむしゃむしゃ。
視線を向けると、少し離れた木の陰で、これまた絶世の美女が地面の雑草を貪り食っていた。
どこか人魚を思わせる美しい顔立ちだが、その目は完全に据わっている。
「いや、何してんの!?」
「何って、タダ活よ! トップアイドルたるもの、食費を浮かせてプロポーションも維持する最高のエコライフを送るの! ……うっ、今日の雑草、ちょっと苦い……」
強がってはいるが、彼女の顔には明らかな栄養失調の影があった。
腹を空かせて倒れる村長に、雑草を主食にして強がる自称アイドル。
「……何なんだ、この世界は」
俺の中で、何かがプツンと弾けた。
それは『弱者が危機に瀕しているのを見過ごせない』という俺の性分であり——何より、母親から受け継いだ強烈な「オカン本能」だった。
「若い女の子が、腹空かせて雑草なんか食ってんじゃねぇ!!」
俺が叫ぶと同時に、身につけていたエプロンが淡く光り輝いた。
脳内に直接、声が響く。
『ユニークスキル【家庭科】が起動しました。所持金と引き換えに、日本の調理器具および食材の召喚が可能です』
ルチアナの奴が言っていたのはこれか!
俺は迷わず、制服のズボンに入っていた財布から千円札を取り出し、エプロンのポケットにねじ込んだ。
「豚汁と塩むすびのセット、五百円分来いっ!」
ポケットからポンポンッ!と飛び出してきたのは、カセットコンロ、鍋、カット済みの豚肉、大根、人参、ごぼう、味噌、そしてほかほかに炊き上がった白米だった。
俺は目にも留まらぬ手つきでコンロに火をつけ、豚肉と野菜を炒め、出汁を注ぐ。
同時に両手を水で濡らし、絶妙な塩加減で白米をふんわりと、だが崩れない完璧な三角形に握っていく。
ものの数分で、森の中に胡麻油と味噌の凶悪なほどに食欲をそそる匂いが立ち込めた。
「「…………ッ!!」」
倒れていたキャルルと、雑草を握りしめていたアイドル(リーザ)が、ゾンビのように匂いの方へ這い寄ってくる。
「た、食べるか?」
「「た、たべましゅ!!!」」
俺が差し出した熱々の豚汁と塩むすびを受け取ると、二人は涙と鼻水を流しながら猛烈な勢いで貪り食い始めた。
「んんんん〜っ! お肉の脂が! 根菜の甘味が細胞に染み渡るぅぅ〜っ!」
「このお米、一粒一粒が立ってて塩加減が絶妙! パンの耳より一万倍美味しいわぁぁぁ!」
あっという間に完食した二人は、ほうっと至福のため息をついた。
俺は水筒(本物)のお茶を二人に差し出しながら、呆れ気味に言った。
「落ち着いたか? 俺は赤木大地。で、あんたたちは?」
「私はキャルル! こっちは居候のリーザちゃん。大地、あなた……神様なの?」
キャルルは俺の手を両手でギュッと握りしめ、上目遣いで見つめてきた。
その瞳には、先ほどの武闘派な雰囲気とは打って変わって、ねっとりとした熱がこもっている。
「こんな美味しくて温かいご飯、初めて食べた……ねえ、大地。明日も、明後日も、このご飯作ってくれる?」
「は? まぁ、材料とコンロがあるうちは……」
「言ったわね! 誓ったわね! 絶対よ! もし逃げたら、足の骨を折ってでも私のお家で一生料理してもらうからね……♡」
「えっ、こわっ」
「大地さん! 私の専属マネージャーになって! 毎日これ作ってくれたら、銀河の果てまで歌ってあげるから!」
胃袋を掴むというのは、恐ろしいことだ。
俺は異世界に来てわずか数十分で、マッハで蹴り殺してきそうなヤンデレ兎娘と、タダ活人魚姫という二人の厄介な同居人(?)を抱え込むことになってしまったのである。




