見えない家の事情
郁子の家は、外から見れば、普通に見える家だった。
中流階級と言って、
子どもを3人産んでしまえば、
生活が貧乏になる層で
3人目が出来た事で
いちばん上の私が犠牲になり、生活は見事に貧乏になった。
表札があって、
カーテンがあって、
夕方になれば、
台所から音がしていた。
でも中身は、違った。
今は、毎日のように刺身を食べているが、
親の機嫌次第で、ご飯が出ない日があった。
親の機嫌でご飯が出ない日は
よく、祖父母の家を訪ねた。
子育てが出来ない
実の子どもの躾をする事はなく、
ただ、なんでなんだろねと言いながら
孫にご飯を与えるだけだった。
逆らえば、もっと怖いことが起きると、
体が知っていた。
刃物を向けられたのは、
小学3年・中学2年頃・高校生と
複数回あった。
時期は、正確には覚えていないけれど。
その時のことはくっきり覚えていて、
今もケラケラ笑っている親のことが心底許せない。
家の中に、逃げ場がなかった。
だから、学校だけが、外の世界だった。
外の世界は危険なのに、そこが安全だった。
そんな郁子が、
初めて「好き」に近い感情を持ったのは、
斉藤拓真のことだった。
好きに近い感情というのは、
好きであれば、好きって言えたのではないかとも
思ってしまうからだ。
正直、今でもわからない。
ただ、
「この人のそばにいると、少し息ができる」
という感覚だけは、
確かにあった。




