第20話 毒親への反抗の代償
あとになって、
気づいたことがある。
私は、
反抗しなかったわけではなかった。
声に出して、
言い返したことは、
ほとんどなかった。
でも、
黙ること。
返事をしないこと。
人間じゃないものを、
シカトすること。
それは、
私にできる、
精いっぱいの反抗だった。
生徒会選挙に出たのも、
そうだった。
親に何も言わずに、
立候補の紙を出した。
家で、
自分を好きになれないなら、
家の外に、
自分の場所を作る。
それは、
私なりの、
脱出の試みだった。
でも、
その反抗は、
家の中では、
「泥を塗った」としか、
受け取られなかった。
高校三年生になって、
進路を考える時期が来た。
学費は、
出してもらえなかった。
それなのに、
母は、
一度だけ、
こう言ったことがある。
「あんたが大学に行きたいなら、
私が働くから」
普通の家なら、
ありがたい言葉だったのかもしれない。
でも、
私は、
断った。
虐待を受けていた私には、
その言葉が、
そのままの意味には聞こえなかった。
お金を出してもらったら、
そのぶん、
何をされるか分からない。
大学に行かせた恩を、
一生、
盾に取られるかもしれない。
言うことを聞かなければ、
学費を出したのにと、
責められるかもしれない。
怖かった。
私は、
母の手から、
お金を受け取らないことで、
自分を守ろうとした。
それが、
その頃の私にできた、
いちばん大きな反抗だった。
でも、
その選択が、
後で、
別の形で返ってくることを、
知らなかった。
親の手を借りずに大学へ行くには、
新聞奨学生しか、
道がなかった。
やっと、
家を出られるかもしれないと、
思った。
でも、
それは駄目だと、
教師に止められた。
残った選択肢は、
借金してまで行く価値のない、
医療系の専門学校だった。
奨学金が借金だと知らないまま、
私は、
そこに進んだ。
親に、
説明されることもなく、
押しつけられた形で。
家から出るために、
母の手を断ったはずなのに、
気づけば、
家に縛られる道になっていた。
反抗すればするほど、
逃げ道が、
一本ずつ、
消えていった。
高校の私は、
まだ、
そのことを知らなかった。
ただ、
黙って、
やり過ごして、
明日を迎えることだけを、
考えていた。
これが、
私の独房FIREの、
本当の始まりだった。




