第187話 接客業にありがちなこと
「お客様。当店従業員への過度なお声掛けはご遠慮願います」
営業スマイルを浮かべた宗一郎は、絡まれている明澄の元に紳士然とした立ち振る舞いでヘルプに入った。
そこそこ身長がある分、丁寧ながらも威圧感がある。老練かつ老獪で隙がないので、宗一郎なら安心だろうと庵は任せる事にした。
「おい、ジーさん、オレはその子と交渉してんだよ」
「再度申し上げますが、ご遠慮ください。従業員は業務中ですので、これ以上は迷惑行為として対応させていただきますが、いかがなさいますか?」
宗一郎の横を抜けて明澄へ寄ろうとした男性客だったが、宗一郎はさっと片腕を広げてやんわりと動きを制止させ、その直後には正面に回り込んでいて彼女の方へは行かせなかった。
鉄壁のガードである。スムーズな身のこなしで相手にも触れない細やかな所作は見事だ。
ただ、しっかりとガードされ、明澄へ手が届きそうで届かない事に男性客は苛立ちを募らせていた。
「ちょっと話し掛けただけだろ! そこの子も笑ってたし、なんもしてねぇわ。それを客に向かって迷惑だのなんだのって頭おかしいんじゃねぇの!?」
「当店のルールやマナー、裁量はこちらにございますし、これ以上は業務への支障があると判断しております。当店の対応にご不満でしたら、精算もお済みのようですので速やかにご退店ください」
「ふざけんなジジイ! そこの女もこっちが下手に出てんのにマニュアルで返しやがってよ。そんなに業務業務言うんなら、休憩時間まで待っててやるよ! 外にいるから休憩になったら来いよお前。それなら文句ないだろ? たかが掃除させられてるだけの底辺女が……!」
激昂した男性客は我を忘れて罵り始めた。
宗一郎越しに明澄を指差しながら一方的な要求を提示してくるが、相手にされるはずもない事が分かっていないようだった。
「ゴミみてぇな、古臭い店の分際でゴチャゴチャ言いやがってよぉ」
「お客様、店外へ出られるというお話だったはずですが?」
「客を急かすなよ! まだ喋ってんだろうが。認知症か? ジジイ。顔だけの女を雇いやがって」
自分で言った事も反故にするのでは手が付けられない。ネチネチと文句を言い続ける男性客だが、宗一郎にあしらわれて怒りの頂点に達したのか、彼の腕に掴みかかった。
「これ以上は店内の他のお客様のご迷惑になりますので、ご退店お願いいたします。あと、彼女はうちの孫の嫁だから諦めて帰れ」
「は? 適当な事言ってんじゃ……」
「グチグチ煩いなぁ、キミ。彼女は私の孫の嫁だから帰れって言ってるんだろう!? あぁん?」
引き下がらない客は声を荒げて言い返してくるのだが、そんな奴は客ではないとでも言いたげに宗一郎も荒っぽい対応を取った。
大切な従業員であり、孫の庵の恋人である明澄への暴言や、長く守ってきた店への言われなき誹謗が許せなくなったらしい。
これなら多少は強引になっても許されるだろうし、強く出ないと相手が付け上がると判断したようだ。
宗一郎は眼光鋭くした顔を男性客の顔に近付けて威嚇するように睨みつける。
「あ、あの、まだ嫁とかでは……」
宗一郎の堪忍袋の緒が切れた事に加え、彼が問題発言まで繰り出したのもあって、守られていた明澄がおろおろとし始めたので庵が慌てて厨房から止めに行く羽目になった。
「おい、祖父さん。キレるなキレるな。明澄まで困らせてどうする?」
「おい、どうなってんだこの店は! そこの女も全員土下座しろよ」
「ええいそのような横暴、お客様とて許せぬ! 粉微塵にしてやろうか」
「こらこらこら。やめろって祖父さん……!」
より火がついたように怒る客と、一歩も引かない宗一郎の間に入って止めるのが庵には精一杯だ。
むかつくのはむかつくが、我慢しなければならない。
「いいぞ、宗さん! もっと言ってやれ」
「ほら、そいつをつまみ出せ」
「そこのガキは泣きべそかく前に帰りな」
「「「ハハハハッ」」」
祖父と客の間で板挟みになっていた庵だが、どこからともなく野次が飛び交った。
近くの席から、宗一郎と古くから付き合いのある常連客たちが援護射撃のつもりで、その男性客を野次り出したのだ
最悪だ、と庵は顔を青くする。
全く関係のない客にはいい迷惑だろう。放っておく訳にもいかないので、明澄をバックヤードに逃がすよう宗一郎に伝えて彼も一緒に引き下がらせると、今度は庵が男性客への対応に当たった。
「お客様。うちのオーナーが失礼しました」
「お前は話がわかるな。そうだろう。そっちが悪いよな?」
「ただお客様も大声を上げられたり当店従業員への不当な要求など、容認しかねる行為がございましたので、大きな揉め事にしない為にもお引き取り願えますでしょうか」
こんな客に頭を下げるのは腹に据えかねるが、周囲の客も騒ぎ始めているし店の悪評にも繋がりかねないので致し方ない。
遠回しに出て行けと庵は伝えながら、軽く頭を下げた。
これ以上は大事になると常人ならば伝わるはずだが、男性客は庵にも激怒し始めるのだから、もう迷惑客の典型例である。
「お前もかよッ!」
(はいはいブルータスブルータス)
まともにやり合っていたらこちらの頭がおかしくなるので、庵は内心適当にどうあしらうかだけに集中する。
もう面倒くさいし力づくでつまみ出しても良いのだが、暴力は後々が厄介なので堪えた。
「お客様。ご退店願います」
「まともな店員はいねぇのかッ! 馬鹿にしてんじゃねぇぞ」
「申し訳ありませんが、周囲のお客様の目もございます。またこちらの様子を撮影されているお客様もおられるようですよ」
「別にそんなの怖くねぇんだよ! もういい、あの女出せよッ!」
「お客様、それは出来かねます」
「早く……」
「お客様……! 警察も交えますか?」
何事にも限度がある。明澄を底辺だとか悪く言ったり、ぞんざいに扱うのが庵には絶対に許せない。
一向に立場を理解しない男性客に庵は詰め寄って、不機嫌さを隠そうともしない険しい表情で最後通告を突き付けて有無を言わせなかった。
横暴な客でも警察という単語はよく効くし、脅しではない。
過去には本当に何度か呼んでいるし、鈴音に合図を出せば通報される事だろう。
男性客も引き時はとうに見誤っていたが、警察沙汰はまずいと思ったのか「晒してやるからな」と情けない捨て台詞を残しながら庵に連れ出されていった。
余談だが、後でネットに晒されたのは男性客だった。どうやら飲食店のブログを運営していたらしいが、炎上して閉鎖にまで追い込まれたのは自業自得だろう。
また庵はこれを危惧して明澄を逃がしており、庵自身もカメラの死角になるように背を向けていたので、別の客が撮っていた動画には二人の顔が映らずファインプレーとなった。
# # #
「あーもう、何やってんだか。地元の常連客ばっかじゃないんだぞ……」
最終的に客は出禁対応、宗一郎は鈴音の見張り付きで厨房に軟禁されるという形に落ち着いた。周囲の客にお詫びを済ませた庵は、レジ周りの整理をしつつぼやく。
「大変だったねえ」
「静穂さんも止めてくれよ」
「いいじゃん。言いたいこと言わせてあげれば。あれは客が悪いし」
「そうだけどさあ」
他人事のように言う静穂へ恨めしげな顔を向けたが、どうやら彼女は肯定派のようだった。
静穂も美人なので、ああいった手合いに遭遇した経験があり、同じように宗一郎が出張ったのだろう。
おつかれ、と肩に手を置かれた庵は大きく溜め息を吐く。
そうしていると、フロアから戻ってきた明澄がレジ下を覗き込んできた。
「あの、庵くん。宗一郎さんが言ってた事、別に嫌とかではないので……」
彼女は紅潮した顔でそんな風に告げる。
「え、ああ、うん?」
「あ、あと庵くんが格好良くて嬉しかったですよ。で、では、お仕事に戻りますね……」
ぽっ、と更に頬を赤らめた明澄はひっそり言いつつ嬉しそうに笑うと、呼び鈴が鳴ったのですぐにフロアへ出て行く。
色々あり過ぎて何の事を言っているのか察するまで少し時間がかかったが、嫁がどうとかのくだりかと思い当たった庵は、彼女はもうその場を離れているというのに、照れ隠しに「おう」とだけ返事した。
そうしながら、すぐ近くに居た静穂に「愛されてるなぁー」と、にやにやされながら揶揄われてしまった。
土下座要求したりガチギレしてくる客は本当にいるんだよなあ。全く困ったもんだぜ。庵くんナイス。
明日は多分更新おやすみです。





