第171話 責任と親と伝えるべきこと
あれから順調に荷解きをしていると、下から「夕飯は食べたいものあるー?」と詩阿の声がして登ってくる足音が聞こえた。
庵は手を止めて部屋から出ると、同時に明澄も部屋から出てくる。上がってきた詩阿とその後ろに付いてきた東がいて、再び四人が集まる格好になった。
「二人とも荷解きお疲れ様。夕飯の買い出しに行くけど何か食べたいものは? あと、明澄さんはアレルギーとか大丈夫?」
「アレルギーとか疾患もありませんので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「いやいや当たり前のことだからね。それで庵は食べたいものはあるかい?」
「特に。親父や母さんが好きな物でいいよ」
「そう。二人は買い出しには付いてくるの? 必要なのがあれば買ってあげるわ」
「今の所は足りていますので大丈夫ですけど、お手伝いする事があればお供しますね。庵くんはどうします?」
「俺はまだ片付けが残ってるから残る。あと、明澄に用事というか、話があるから残ってもらいたいんだけど」
開いたドアの向こうにはまだいくつもダンボールが残っている。それを指差してから庵はちらと明澄に顔を向けると「話ですか?」ときょとんとしていた。
「あら、愛の告白?」
庵が首肯する前に、にたぁと詩阿が茶化してくる。
その上、明澄が「まぁ」とわざとらしく驚くように面白がっているのは、彼女のノリに毒されたのだろう。
大人しいように見えてお巫山戯もするしノリも良いのが明澄だ。同じ属性の詩阿とは気が合うのだろう。
庵はちょっとした懸念があって明澄に残ってもらうつもりだったのだが必要なさそうで、もういいかと思いつつも念の為「それはもうしてんだよ」と投げやりにツッコミつつ残ってもらう事にした。
「ま、単に今後の仕事含めた諸々の話をするだけだ。明澄、悪いけど残ってくれるか?」
「問題ないですよ。十日ほどとはいえ居候の身で詩阿さんたちのお手伝いが出来ないのは心苦しいですが」
「もう。そんな事気にしなくていいのよ」
「家族と言ってくださいましたから、そんな事じゃないです。帰ってこられたら夕飯の支度はお手伝いさせて下さいね」
ニコッと明澄は綺麗な笑みで有無を言わせないくらいに言い切った。
律儀さで言えば庵も相当だが、明澄の律儀さは折り紙付き。世話になる相手にはきちんと返すし、なんなら返さない方が気持ち悪さを抱いてしまうらしい。
それに家事は得意なので手伝えるものは手伝いたいという優しさもある。庵にはおくびにも出さないものの、媚びを売る訳ではないが彼氏の両親には気に入られたいとか、しっかりした相手である事をアピールしたいという気持ちがある。
そんな明澄の気持ちを詩阿も過去に経験したのか「律儀ねぇ」と苦笑して和んでいた。
「まぁ、明澄は戦力になるから台所に入れてやってくれ。いつもやってくれてるし腕は保証する」
「え、明澄さんに任せてるのか?」
仕事などストイックな面がありつつ、庵が面倒くさがりな性格をしているのを知っている東はそこそこの速さで庵の顔を見てくる。
親として息子が人様に迷惑をかけるのが許せないのではなく、愛する人に家事を押し付けているのであれば教育の一つでも入れてやろうという気概を感じた。
「誤解しないでくれ。負担は半分ずつか俺寄りになるようにしてる。家が隣だからよく行き来してるし、そこでご飯作って食べたり過ごす方が効率いいってだけだ。ごく稀に泊まっていくし」
「そうか。疑って悪かった」
「というか、それもう半同棲よね?」
「すみません。いつも庵くんのお家にお邪魔してます。そういうのはあまり好ましくないですよね」
未成年の男女が同棲まがいの状態にあるのは通常よろしくない。明澄は心苦しそうに負い目を口にする。
「全然良いのよ。少し前にも言ったけど庵に任せてあるからね。本人もそれを分かった上でやってるでしょうからその責任は庵にあるのよ。勿論、庵が取り切れない責任は親の私たちにあるけれどね。それに明澄ちゃんもVTuberとして生計を立てられるくらいには充実しているのでしょうし、二人である程度は何かあってもその責任も自覚してるのよね?」
交際関係にありつつも息子たちの行い、特に寝泊まりに関しては普通であれば眉を顰めるものだが、詩阿は非常に落ち着いた表情で一つ一つ確認するように尋ねる。
明澄の返答如何によっては対応が変わったのだろう。彼女が真っ直ぐに「はい」と返事すれば詩阿は優しく笑う。
「だったらいいわ。あなたたちが無茶苦茶やるようには思えないし好きになさい。二人で色々やって二人で責任を取る。それがパートナーだし、私たちだって同じ事を今もしているわ。いざ手に負えなければ、こちらでどうにかしてあげる。私たちはそれでいいから」
「ただ、私たちは、ね。庵、あちらのご両親には挨拶したのかい?」
「いや、それは……」
いずれ聞かれるであろうと思っていた疑問が東の口から出る。
今時、高校生の交際に親が出張るものではないが、線引きでありリスク的な意味でも東と詩阿は昔ながらの感覚を維持していた。
「あの、それもご説明させてください。うちの問題ですので」
庵と東の会話を止めるように明澄は半歩前に出る。
事前に明澄には恋人の親とはいえ、初対面の人間に話すのが辛いなら話さない選択肢もあると勧めたのだが、本人は「特に辛くないですよ」と断っており、VTuberの事と同じようにすると打ち合わせている。
明澄の思うようにさせつつ庵は様子を見るつもりだったが、掻い摘んで話し始めた彼女は無理をしている気配もなく、揉んだ気も杞憂に終わった。
「……なるほど。それは辛い事を話させてしまったね」
「いえ全然です。将来的に何かご迷惑をかけるかもしれないので、庵くんのご両親であるお二人には知っていて欲しかったですし、現状は庵くんに解決してもらってるので、大丈夫ですよ」
「明澄ちゃん、もし何かあったら私たちを頼ってくれていいからね」
詩阿は判別付き辛い具合に瞳の水面を揺らしながら、ぽんと明澄の両肩に手を置く。その横で腕を組む東も渋面を出さぬようにしつつ目を瞑っている。
それぞれ一人の親として思う所があるのだろう。その姿は明澄を救うというよりも、庵の方に影響があった。
明澄と両親の関係を知っているだけに、東と詩阿は親として当たり前に持つ愛情を十二分に持ち合わせた人間であり、そう思ってくれるだけで彼にとってはありがたいと再認識したからだ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えないでいいように頑張りますけど、そう仰っていただけるだけで頼もしいです」
「もう、ほんとしっかりしてるわ。安心安心。じゃ、明澄ちゃん。留守番と庵を任せるわね」
「はい、任されました」
手を振って階段に向かう詩阿たちに、明澄は澄み切った笑みで応える。
すっかり気に入られたようだし、明澄からも信頼が見えている。なんというか、息子の彼女とその母親いうよりもそのまま親娘のようなものさえ感じさせた。
(仲良さそうでなによりだな……)
しかし、庵が最も望んだ展開であり、思い描いた想像図に等しい。微笑ましく見守ってから、部屋に戻った。





