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『書籍化』隣に住んでる聖女様は俺がキャラデザを担当した大人気VTuberでした  作者: 乃中カノン 
第3章

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第156話 If it makes you happy

「明澄、ごめん」


 仄暗い廊下で膝を抱えていた明澄に、澪璃は短く発した。


 そうすると、彼女は首を回して彼女を見やる。その目は疲れた様子でじっと澪璃を捉えるだけで、明澄が喋り出すまでに暫くかかった。


「……何がですか」


 怒っているのか、呆れているのか、諦めているのか。恐らくそれぞれを微量に含有していて、それでもって何より単に謝るだけなら受け入れるつもりがないのだろう。


 澪璃があれだけの態度を取ったのだ。拒絶するのならいくら懐の深い明澄でも相応の対応になるというもの。


「嫌な態度をしたし、自分の気持ちを偽って明澄の優しさを不意にした。大事な事、言わなくて悪かったよ」

「良いんですよ。私も干渉し過ぎたと思っています。きっとどこか、私はあなたより自分は出来ていると思っていたのでしょう。だから面倒を見るとかそんな傲慢極まりない振る舞いをしたのかもしれません。あなたがもういいと言うのなら、それで構いません」


 庵と澪璃が問答を繰り広げていた間に、明澄は明澄で自問自答した結果なのだろう。

 物分かりが良いのは彼女の長所であり短所に繋がる。大事な親友に向けた優しさを、心配を拒まれたのなら、こうして引っ込めてしまう。


 ただそう簡単に心配を辞めてしまう性格でもないので、拒絶とはいかに他者を傷付ける行為なのか澪璃は初めて体験する。


 心が折れそうだった。澪璃は自堕落で自由人でありながら、精神性は未熟で脆い。

 自分がした事に後悔しながら、友人を失うかもしれない恐怖が胸から全身をじんわりと侵食していく。


 しかし、それでももう一人の友人である庵が誓ってくれたのだ。ここで彼女が逃げ帰っても庵は何とかしてくれるのだろうが、それでは駄目なのだと澪璃は過去と現実に対峙する。


「結果がそれでもいい。結論がそれでも構わない。だけど、今更だし情けない話だけど一回だけ聞いて欲しいの」


 話したとして理解を得られるとは限らないし、突き放した末路が今と変わらないとしても彼女は踏み出す。


 対して明澄はまた無言だった。不必要に口を開くつもりがなかったのだろう。

 澪璃が話したいのなら話せばいいし、耳を塞ぐなんて子供地味たこともしない。


 それを澪璃も理解していて、明澄の隣にしゃがんで「隣、座るね」と言ってから同じく体育座りで並んだ。


「わたしね、優しくされるのが苦手なんだ」


 どう伝えるか迷ったが、澪璃はありのままに告白した。


 これまでずっとひた隠しにしてきたからか、すまなさそうに言った彼女に漸く明澄の瞳が動いた。

 いつもなら一言くらいかけたと思うが、今日ばかりは静かに耳を寄せているのは、澪璃の言葉を止めたくなかったからなのだろう。


「なんでわたしに優しくしてくれるんだろうとか、自分がだらしないせいで余計な手間を取らせたような気がしてずっと申し訳なくてさ。わたしは他人の優しさを素直に受け取れない。誰かを常に疑ってしまうんだよね」


 染み付いた癖は落とそうとしても落とせるものではない。

 無理にすれば、身や皮膚ごと削ぎ落とすのと同じ痛みを味わうだろう。


 澪璃は察しが良い分、他人ひとの気持ちが分かるが、それでも疑うせいでまた別の罪悪感が生まれて苛まれて病んでしまった。


 そんな自分を変えたくても変えられないもどかしさと情けなさ、ただでさえ低かった自尊心が落ちに落ちて、自分は駄目な人間だと負のスパイラルに陥ったのだ。


「明澄も知ってると思うけど、学校の先生さ、みんな人格者だよね。私立だから理事長先生が性格優先で素行調査まで入れて選んでるんだってさ。小牧先生とか尊敬しちゃうもんね。でも、みんな友達も優しいし、教育って凄いよ。徹底的にやれば、あそこまで品のある人間が育つんだね。まぁ、嫌な人がいないかって言われればそうでもないけど」

「今日、小牧先生にあったんですよ。凄く、気にかけてらして、あなた先生にも謝っておいた方がいいですよ」

「だよね。留学に行くって言ったら腰抜かしてたもん。でも、決めたら色々やってくれて嬉しかった。だから、やっぱり申し訳なかった。素行が良い訳でも出席率が良い訳でもないし、病気もあって、上からは駄目って言われたらしいけど、掛け合ってくれたんだ。でも期待には応えないとって気持ちは湧き上がってきた」


 初めて会話になったのは母校の話。

 それだけ明澄にとっても特別な場所だった。


 庵や澪璃との出会いがなければ今の明澄はなかったが、かつて母校に通っていなければ聖女様として崇められるような品行方正さは身につかなかっただろう、と明澄は自覚がある。


 それほどに明澄に影響を与え、面倒くさがりな澪璃の留学を後押しした場所なのだ。


「事務所もマネージャーも凄いサポートしてくれるし、未成年だからかもしれないけど、ライバーもみんな優しいんだよね。葵さんなんて面倒見の塊だし」

「人望は凄まじいですからね。あの人に憧れてうちの事務所に入ってきた人は多いですし」

「ね。個人勢の時も親身だったし、あの人が居なかったら事務所に入れてないしね。本当にいい人たちに囲まれたよ」


 斜め前上に顔を上げて澪璃は懐古する。

 多くの人間に支えられたライバー人生だっただろう。それは明澄も一片の疑う余地がなく、こくりと頷いた。


 そしてその彼女に「でもね、なによりは明澄だよ」と、澪璃が目を細めて告げる。


「転校してきて話しかけてくれて、優しくしてくれて。今までもずっとずっと支えてくれたよね。明澄にも色々あって、わたしが無謀にも流行ってるからってVTuberやろうって言い出しても、馬鹿にしないですっごい可愛いイラストを仕立てくれた。明澄はいおりんのイラストを神みたいに崇めてるけど、私は明澄の絵が本当に大好きだよ」


 全くの素人から始めたVTuber活動は、ほぼ全てを自分たちで賄った。

 興味があって好きにやっていた澪璃のモデリングと、暇つぶしの落書きがいつの間にか趣味になっていた明澄のイラストあってこそのスタートだった。


 明澄にとって、用意されたプロのイラストに感動して庵のファンとなったが、その時の感動は澪璃も同じだったのだ。


「人気の配信者のやり方を真似したり、一からSNSでの宣伝を学んだり、同接0人でも必死に喋り続けたあの時間は忘れられない。わたしは人気じゃなくても良かった。楽しければそれで良かった。だけど転機が訪れて、いつの間にかたくさんの人に囲まれて、いっぱいのファンがいるようになって、周りには応援のコメントや感想で溢れたのが信じられなかった」


 己を認められず、自分という存在を嫌悪するようになった明澄への逃避的な道作りでもあったから、澪璃にとっては二人でいるのが何より重要だった。


 他者からの好意や親切心が苦手だからこそ、彼女の周囲に築かれた常人ならば喜ばしい状況も「わたしは恵まれ過ぎて怖かったんだ」と、呟いた心からの正直な想いの通り澪璃を追い詰めた。


「……知らなかった。全然私は知りませんでした。あなたの事を知ろうとしなかったから、こんなに追い詰めたんですね」

「……違うよ! それは違う。明澄のせいじゃない。わたしが普通じゃないから。わたしがおかしいんだよ。こんなの黙ってたら誰だって気付けないよ」


 明澄が責めたのは自分自身だった。

 膝を抱える腕の袖をぎゅっと掴み、澪璃を向いていた顔は目の前の壁を向き、その千種色の瞳に影が落ちる。


 こうなるのは分かっていた。明澄が優しいから、きっと自分を呵責するだろうと予想していたから、澪璃は即座に否定する。


「明澄が悪いなんてない。それだけは違うから。寧ろわたしが気を遣わせ過ぎたし、明澄の事を信じられなかっただけ。お互いにすれ違っただけって言わせて!」

「先ほどと随分言う事が変わりましたね……庵くんに何か言われましたか?」

「うん。でも決めたのはわたし。今日からは、両手の範囲に収まるくらいの幸せは受け入れてみせる。明澄の優しさを無駄にしてごめん。いっぱい迷惑をかけてごめんね。わたし、明澄には笑っていてほしいの。そのためにわたしも笑うよ。ううん、一緒に笑いたい」

「でも、もうあの頃みたいには戻れないんですね……」

「そうだね。それは無理だよ。わたしも明澄も別々の活動者だし、大人になっていくから。それでもいつかまた明澄と同じステージに立ちたい。立って欲しい。ほんとわがままでごめんなさい」


 ひんやりとした明澄の手を握って、彼女はそう懇願した。


 もう二度と戻れないものもある。それは決別でも手放した訳でもなく、成長として別の形に昇華するものだと、澪璃は訴えたのだ。


 互いを大事にし過ぎてしまった。自分を認められなかった。怖くて遠ざけてしまって抱え込んだ。


 いつか訪れる変化を待っていては、その前に最悪が訪れると明澄も澪璃も気付いている。庵に言われたように向き合うしかないのだ。


 踏み出したのは澪璃から。今受け入れるのは明澄。

 その彼女は、もう一度澪璃に目を合わせて、恐る恐る声を放つ。


「本当に行ってしまうんですか?」

「うん。わたしはやるよ。でも、自分を変えなきゃいけない。変わらなきゃ駄目だ。今まで出来なかったけど、今日明澄と庵が来てくれたから頑張れる。だから、再来月までの一ヶ月と、留学に行ってから帰って来るまで見守って欲しい。怒って欲しいし、世話を焼いて欲しい。でもちょっとは甘やかしてくれたら嬉しいかも」


 今までなら甘やかしてなんて冗談でしか口に出来なかったが、澪璃は言い切った。


 言ってしまえばなんとかなる、と見切り発車に近いかもしれないが、明澄や庵を信じて彼女はそう言ったのだ。


「分かりました。だけど吹っ切れた訳ではないです。あなたがずっと大切で心配なのは変わりありません。それでも、あなたを尊重したいと思います。さっきは酷い事を言いかけたこと、謝らせてください」

「うん。それでいいよ。優しいのが明澄だから、そのままでいて欲しいし、もう謝らないで」


 膝を伸ばした明澄は、ゆっくりと頭を下げる。庵に遮られたがあそこまで口にしたのなら澪璃には伝わってしまっているし、それは言ったも同然である。

 この謝罪なくして明澄は向き合えなかった。


 二人とも許しを前提にしていなかったが、明澄も澪璃の謝罪を受け入れたように、彼女の両肩に手を掛けた澪璃は笑って水に流す。


 全てが丸く収まった訳ではないし引き摺るものはあるとしても、妥協するのも一歩進むためには必要だろう。


 もう一度、互いに「ごめんなさい」と言い合えば、二人は庵の元にさっきよりは幾分かマシな顔で戻った。

3月5日4:58 追記

初めの更新内容が、次話更新分の途中で更新されておりました。

大変申し訳ありません。

とてつもないネタバレにもなっており、重ねておわび申し上げます。

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