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#9 犯人

「どうも、皆さん。ベルリネッタ損保のクヌートです」


 短く挨拶するその民間人。だが、僕はその人物の登場に違和感を感じる。

 なぜここに、保険屋がやってきたのか?


「あの、捜査官殿」

「なんだ、少尉」

「ひとつお聞きしたいのですが、なぜここに、保険会社の人が来る必要があるのでしょうか?」


 僕の発言を聞いて、クヌート氏の眉がピクリと動くのが見える。だが、捜査官が応える。


「理由は二つある。一つは、クヌート氏がこのような事件の調査に長けた人物であること。そしてもう一つ、このベースキャンプの機材には、ベルリネッタ損保の保険がかけられているからだ」


 捜査官は応えながら、奥に見える通常重機を指差した。

 その重機は、あの岩盤崩落により落ちてきた岩の破片の一つでめちゃくちゃに壊された。幸い、事故発生時は無人だった。

 その重機の保険金支払い見積もりのためにやってきたというわけだ。だが、ついでにこの崩落現場も見てもらおうと捜査官が依頼したらしい。なんて適当な。


「……てことは、クヌートさん、ヴェルナール様のところへも行かれたんですか」

「そうだよ。私は元々、ベルリネッタ損保の調査員だが、ここでは人手が足りないし、何よりも保険そのものが認知されていない。だから、営業もやってるんだ」


 崖崩れの状況を聞かれて応えているうちに、クヌートさんと王都の話になった。出発直前にヴェルナール様に呼ばれて小言を聞かされる羽目になった、あの原因を作ったのがクヌートさんであることが、ここで判明する。


「にしても、あの公爵様は実に頑固な方であらせられるな。あれだけの出来事が身近に起これば、もう少し備えについて考えて下さるものと思うのだが……」


 あの公爵様に限って、それはない。自身の人生においても、いや、先祖代々保険なしでやってきたわけだから、今更そんなものの必要性を説かれたところで、考えを改めるつもりはない。さほど長い付き合いではないが、僕は断言できる。


「いや、本当に大変ですよ、あの宰相閣下は」

「ああ、やはりそうなんだね。そんな人の相手をしているなんて、少尉も苦労が絶えないよなぁ」


 僕も思わず、本音が出てしまった。たった一度の関わりしかないクヌートさんにも、同情されてしまった。それほどまでにあの老人……いや、宰相閣下は、頑固であらせられる。


 それからしばらく、クヌートさんの検証が続く。まずは本業の「調査員」の仕事を行う。

 壊れた重機は1台。僕らの崩したサンプルを回収するべく、崖の下で待機していた重機の一つが、あの巨大な岩の破片で押しつぶされた。操縦席は全壊し、土台のキャタピラ部分もほぼ機能しない。もはやこれは、廃車だろうな。

 とはいえ、その重機の一つ一つをチェックし、慎重に修繕費用を見積もるクヌートさん。

 重機の調査が終わると、いよいよあの崖の調査が始まる。


 で、その崖の調査は、僕の機体で行われることとなった。僕の人型重機は、ここにある資源調査用の人型重機とは異なり、いくつかの特殊装備がついている。

 左腕に取り付けられた破砕機も、軍用の特殊な仕様のものだ。だが、特殊なのはそれだけではない。

 実は右腕には、中型のビーム砲が取り付けられている。まさに軍用ゆえの装備だ。この装備は、ここにある他の人型重機には取り付けられていない。

 このビーム砲の存在が、この調査を僕の機体で行う理由となった。


 なにせ、ここの調査隊ですら把握していない爆発物の追跡調査だ。当然、危険は十分に想定される。

 もしかしたら、その真犯人は別の場所に爆発物を仕掛けているかもしれない。その場にばったり遭遇したならば、この軍用の装備が機能することになる。

 できれば、そんなものに遭遇したくはない。だが、僕は軍人だ。技術武官だから技術支援が主な任務とはいえ、いざとなれば戦う覚悟で任務を遂行しなければならない。


 というわけで、僕は後席にクヌートさんを乗せ、再びあの崖の崩落現場へと向かうこととなった。

 といっても、単機で向かうわけではない。万一に備え、2機の人型重機が随行する。

 もし別の場所で崩落が始まっても、この2機が知らせてくれる。その時は調査を中断し、バリアシステムのスイッチを押す。

 爆発物の設置は、一箇所とは限らない。もう2、3箇所存在してもおかしくはない。最悪の事態を想定し、調査を行う。


「ラウル少尉機、発進します!」


 僕は、人型重機を発進させる。ゆっくりと上昇を始める重機。ガラスの向こうには、数人の人々が見える。その中には、あのアルソンフォ様も見える。


 徐々に地上の人々が小さくなる。高度は、すでに1000メートルに達していた。僕はさらに上昇を続ける。

 2機の僚機は、僕の背後にぴったりとついている。今のところ、崩落が起こる様子はないようだ。そこからゆっくりと、僕はあの崩落現場へと上昇を続ける。

 そして、さらに300メートル上昇する。目の前には、あの崩落現場が見えていた。黒い爆発痕が、再び目の前に現れる。


 といっても、もう夜だ。すっかり日が暮れて、真っ暗闇の山脈の中を探照灯(サーチライト)頼りに調査を続ける。爆発痕をまじまじと眺めるクヌートさん。


「すまない、もう少し、上昇してくれないか?」


 僕はクヌートさんの求めに応じて、ゆっくりと上昇を続ける。岩肌に沿って上昇を続けると、クヌートさんが叫ぶ。


「ストップ!」


 その声に応じて、僕は重機の上昇を止める。目の前には、ただの岩肌が見える。


「もう少し、接近してくれ」


 クヌートさんが指示を出す。僕は重機を、その岩肌に寄せる。

 すると、ただの岩肌の上に、奇妙なものが見えてくる。

 配線だ。細い導線のようなものが見える。その導線はさらに上に伸びている。クヌートさんは僕に、さらにゆっくりと上昇するよう指示してくる。

 一体、なんだ?だれが、何のために引いた導線なのか?

 しばらく導線を追いながら、僕の重機は上昇を続ける。さらに300メートルほど上がったところで、ついに頂上に達する。

 その頂上に、導線の端が見えてきた。

 そこにあったのは、機械だ。弁当箱ほどの大きさの機械が置かれている。


「なんだ、あれは?」


 僕に尋ねるように呟くクヌートさんだが、僕には応えようがない。僕は技術武官だが、農業と鉱業、そして人型重機の操縦以外の知識は持ち合わせていない。だから、あの機械がなんなのか、分かるはずもない。

 もっとも、あれが時限起爆装置なのは容易に想像がつく。僕はその装置に接近する。そして、ハッチを開ける。

 僕がその装置に手を伸ばすと、クヌートさんが制止する。


「待て!」


 後席のベルトを外し、身を乗り出すクヌートさん。手に持った懐中電灯で、その装置を照らし、丹念に調べるクヌートさん。


「あの、どうかしたんですか?」

「いや、この手の装置は、証拠隠滅のため触れると爆発する仕掛けを施している場合が多い。慎重に対応せねば」


 ああそうか、言われてみれば、それくらいの罠装置(ブービートラップ)を仕掛けることくらい、十分想定される話だ。無防備に手を伸ばそうとした僕の背中に、変な汗が流れるのを感じる。

 しばらくクヌートさんは、その装置を調べ続ける。そしてついに導線をカットし、装置を回収する。


「思ったより、単純な装置のようだ。何の仕掛けもない」


 そう結論づけたクヌートさんは、その装置を持って後席に座る。そして僕は、ハッチを閉める。


 それからゆっくりと降下を開始する。この時点で、崖に接近する必要性を感じない。崖から100メートル以上離れたところで、降下を続ける。そして、地面に着陸する。

 直ちにその装置が、調査隊のテントの中に持ち込まれた。捜査官とクヌートさんが、その装置を丹念に調べ始める。


 ああ、今頃アーダのやつ、いつものあの交差点で僕を待っているのだろうな……まさかこれほど滞在時間が延びるとは思わなかったから、僕はアーダに今日は来られないと話してはいない。今頃は僕が現れるのを、心待ちにして待っているんだろうな……

 この崩落事故を引き起こした奴に、僕は怒りと苛立ちを感じていた。まったく、どこの誰だか知らないが、なんだってこんな意味のないことをしてくれたんだ。

 だが、待機命令は解かれていない。僕は仕方なく、その装置に関する調査結果が出るのを待ち続ける。

 そして、ついに翌朝を迎える。


 僕はいつの間にか、調査隊のテントの中の机の上でうたた寝していた。鳥のさえずりが聞こえ、朝日が照らしているのがテントの中からも分かる。

 僕はボーッとしながらも、身を起こす。するとそこに、クヌートさんと調査官、そしてテオバルト大尉が入ってきた。僕はすぐさま立ち上がり、敬礼して3人を迎える。


「あの、何か分かりましたか?」


 僕はクヌートさんに尋ねる。するとクヌートさんの表情が一瞬、曇る。

 その表情を察した捜査官と大尉殿も、険しい表情をする。僕はただならぬものを感じる。

 だが、僕はさらに尋ねる。


「あの、何かとんでもないことでも判明したんですか!?」


 僕は命がけであの崖のそばまで重機を寄せ、調査に協力した。だから、その調査結果を聞く権利がある。そう思って僕は、3人に尋ねた。

 すると、テオバルト大尉が応える。


「少尉、これから話すこと、他言無用だ」

「は、はい!承知しました!」

「実は……」


 いちいちもったいぶる大尉だな。高々起爆装置一つの調査結果くらい、なにをそこまで焦らす必要があるのだろうか?僕はこの3人の沸切らない態度に、少し苛立っていた。

 だが、次の大尉の一言で、僕は察する。

 これは、とんでもない事態だと。


「あの装置は……連盟側のものと判明した」

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