#8 岩盤崩落事故
「まったく!何がいざという時に備えよ、じゃ!!」
酷くお怒りなのは、ご存知ヴェルナール様だ。
任務前だと言うのに、僕はその老人……いや、公爵閣下の文句を聞かされるために、わざわざこの広い公爵家の屋敷に呼び出されたというわけだ。
「おい!ラウルよ!」
「はっ!」
「なんじゃ、あのホケンと申すものは!」
何ということか。王都で度重なる事件が起きていることを嗅ぎつけて、どうやら保険業者が勧誘に訪れたらしい。それがこの公爵様の怒りに火をつけた。
「はぁ、契約してお金を支払っておけば、事故や災害の際にその損害を保証してくれるという仕組みでして……」
「そんなことは分かっとる!散々、その保険屋とやらがわしに説いてくれたわ!」
「で、では、それ以上のことを求められても、小官は存じませんが……」
「いや、だからじゃ!そなたの星では、そのように不吉なことを、わざわざ考える連中がおるのかと聞いておるのじゃ!」
「はい、それはそうですが」
「何ということか……だからあのような不吉なことが起こるのではあるまいか。まったく、星の国の連中ときたら、何と罰当たりな……」
文脈から察するに、僕らが不吉なことを想定するから、不幸な事件や事故が起こると言っているようなものだ。そんな馬鹿な。
別に想定しようがしまいが、事件や事故というものは起こる。可能な限りあらゆることを想定し、それに備えるということは、我々にとってはごく当たり前の考え方だ。
そのことが、ヴェルナール様は気に入らないらしい。想定そのものが悪だと言っている。それでは保険以前の問題だ。
やれやれ、しかし保険屋よ、よりによって勧誘する相手を間違えたな。勧誘できなかったばかりか、僕がそのとばっちりを受ける羽目になった。せめてもう一つの公爵家、モンフォルニュ家へ行けばよかったのに。
さて、そんな僕はといえば今、不可解な事件、事故、それにかこつけた保険屋の勧誘で騒がしい王都を離れて、ある鉱山に向かっている。
ここはある重要な鉱物資源が埋蔵されている。我々が「ビーム兵器」と呼ぶ高エネルギー砲に必要な鉱物だ。
この鉱物を削り出し、加工し、粒子状にした後に活性炉に注ぎ高エネルギーを付加する。すると、直径10メートルの砲口からほぼ光速で射出され、30万キロ離れた敵艦を沈めるほどの威力を持つ兵器となる……
駆逐艦の主砲だけではない。僕が普段持ち歩いている拳銃や、哨戒機などに搭載されている30センチ口径の中型砲にも使われる粒子だ。
その粒子の元を採掘できる鉱石が、王都から130キロ離れた場所にあるカンブリルス山脈に眠っている。で、僕はそこで人型重機に乗り、試採掘を行うことになっている。その山脈の岩肌を人型重機に取り付けられた破砕機で崩し、どれくらいの鉱石がここに埋蔵されているのかを調べる。調査が目的の訪問だ。
「ラウル少尉、1番重機、出ます!発進許可を!」
『1192号艦より1番重機へ。発進許可了承、ハッチ開く』
僕の乗る人型重機を運ぶ駆逐艦のハッチが開く。僕は開いたハッチから、人型重機を発進させる。
反重力によりふわっと浮き上がる重機、ガラス張りのハッチの外は、上空2000メートルの空の上。目の前には、カンブリルス山脈の山々の断崖絶壁が立ちはだかる。
まずは、その山脈の山の一つ、トーレ・セナード山の麓に降りる。そこにある現地調査隊らと合流し、その後調査に向かう。
「うわぁ!空だ、空を飛んでいる!」
で、僕のすぐ後ろには、もう一人の人物が乗っている。ヴェルナール様から指名されて僕と同行することになった、ガスピエール男爵家の若き当主、アルソンフォ様だ。
どうやらこの男爵様は、新しいものが大好きらしい。ヴェルナール様とは逆だ。すでにスマホを持ち、宇宙にも出向き、そして今回、僕の操縦する重機に乗り込むことになった。
駆逐艦や民間船の艦橋から空を見てはいるようだが、ガラス一枚隔てて見る空は初めてのようで、この重機の後席で興奮しているようだ。ガタガタと音を立ててあちらこちらを身を乗り出すように見回しており、正直、気が散る。
「アルソンフォ様、あと200メートルで地上です」
「ああ、分かった」
僕はアルソンフォ様に声を掛けるが、僕の言葉などうわの空で、周りに広がる光景に目を奪われている。
なんとかこの落ち着きのない男爵様の前で集中力を切らせないよう注意しつつ、僕は重機を地上に着陸させる。ガシン、という音とともに、地面に降り立った。
そこは、現地調査隊のベースキャンプだ。いくつかの簡易小屋と、3体の人型重機、そして居住用テントがいくつも見える。
ハッチを開くと、そのベースキャンプから一人の人物が歩み寄ってきた。
「ようこそ、はるばる王都からお越しくださいました。私はこの調査隊の隊長、テオバルト大尉です」
「あ、ご苦労様です。私はエスタード王国貴族のガスピエール男爵家当主、アルソンフォと申します」
テオバルト大尉は敬礼に、アルソンフォ様は軽い会釈で応える僕はその後ろから大尉に敬礼をする。
で、挨拶が終わるや、アルソンフォ様は早速、ベースキャンプにある様々なものに興味を示す。
人型重機に通常重機、テント、給水所、調理機器など、普段はあまり見られないものがここには並んでいる。
しかし、つい今しがた御自身も乗っておられた人型重機にまで興味を示されるとは、何というかこの人、好奇心が強すぎる。
その姿は、どことなくアーダを連想させる。
まさかと思うが、アーダはこの男爵様と同じ系統の……いや、それだけでは判断できないな。
その好奇心男爵様が、ベースキャンプで暗躍されている間、僕は他の調査員とブリーフィングを行う。
「では、このトーレ・セナード山の調査は、そろそろ終わりなのですか?」
「ああ、あとはあの急斜面を調べれば終わりだ」
「そうですか。では、僕はあの斜面の端を担当します」
「ああ、任せた。あそこは地盤が硬い。軍用の破砕機でないと、歯が立たない」
30分ほどでブリーフィングは終わり、それぞれの作業範囲を決めて、早速作業に入ることになった。
「それじゃ、離陸しますね」
「うんうん、お願いするよ!」
で、僕の重機には、あの男爵様が乗り込む。
大して面白い作業ではないのだが、この好奇心男爵様が破砕作業現場を見たいとおっしゃるのだ。そこで仕方なく、僕の機体に乗ることになった。
ヒィーンという甲高い音を立てて、重力子エンジンが起動する。数歩前進し、僕はスロットルレバーをゆっくりと引いた。
ギシッと音を立てて、重機が浮き上がる。それに伴い、周りの景色が、動く。男爵様も、動く。
「うわぁ!浮いたよ、浮いた!すごいよ、これは!」
にしても、何が面白いのかよく分からないなぁ……高々数メートル浮上しただけで、これだけ興奮できるのも幸せだ。このまま標高1000メートルまで上昇するつもりなのだが、興奮しすぎて心臓が止まらなければいいのだが。
興奮気味の男爵様を背後に置いて、僕の重機は上昇を続ける。
目の前は、断崖絶壁だ。まさに垂直な崖。その表面には、やや黒ずんだ鉱石が見える。
「さてと、この辺りでいいかな……」
操縦席の左側に取り付けたモニターを見ながら、僕は呟く。この重機の脇腹に取り付けられた紫外線発光装置と、その反射光を捉えるセンサーの結果を表示するそのモニターは、目的の鉱石が寄り集まる場所を見える化してくれる。
モニター上に赤く表示されたその場所へ、慎重に近づく。そして重機の左腕を前に出す。
この重機の左腕には、超音波振動破砕機が取り付けられている。この破砕機を崖に押し付け、その鉱石の固有振動数で揺さぶる。すると、その鉱石を含む岩石は脆くも崩れ出す。
僕は、崖の表面に重機の左腕を押し付け、破砕機のスイッチを入れる。
フィーンという甲高い音が、重機内に鳴り響く。しばらくすると、ひび一つない崖がボロボロと崩れ始めた。
「うわっ!すごい!硬い岩がまるでカステラのように、ボロボロと崩れていくなんて……」
ガタガタと座席が揺れる。僕は目の前で崩れる岩よりも、後ろから伝わるこの座席の振動の方が気になる。相手は男爵様とはいえ、そろそろキレそうだ。
崩れた岩石は、そのまま1000メートルほど下まで落下していく。作業終了後に、下で通常重機が崩した鉱石を回収することになっている。
破砕機によって崩された岩には、大きな窪みができる。さらに上に上昇し、別の岩肌を探索する。僕は再び、モニターに目をやる。
「ねえ、この岩肌からどうやってその鉱石ってやつを探し出しているんだい?」
「あ、ええとですね……このモニターを見ながら、赤い色が広がっている場所を探し出すんですよ。それで……」
多少苛立ちながらも、好奇心旺盛なアルソンフォ様にこの鉱石センサーの説明をする僕。
だが、その説明の最中に、異変が起きた。
上の方から突然、ドーンと言う爆発音のようなものが鳴り響く。
こんな静かな山脈で、決して起こりえない音。僕は上を見上げる。
その瞬間、僕は目を疑う。
この重機の5、6倍はあろうかという大きな岩の塊が、この重機目掛けて落ちてきた。
「ああーっ!」
男爵様も、その岩に気づいて声を上げる。岩の影で、重機の中は薄暗くなる。僕は操縦レバーの脇にある赤いスイッチを押す。
そしてその巨大な岩は、重機に直撃する。
ギギギギッという、グラインダーに硬い金属を押し当てたような、そんな音が鳴り響く。周りには、激しく火花が飛び散る。バラバラと岩が砕けるのが見える。
それはおそらく、ほんの1、2秒の出来事だった。だが当事者には、とても長い時間に感じられる。
そして辺りが明るくなった。
下を見ると、岩が真っ二つになって落ちていく。しばらくすると、ドドーンという音とともに、その岩が地面に叩きつけられるのが見えた。
こちらの重機は、無事だ。
直前で、バリアシステムを作動させた。おかげであの岩をはじき飛ばし、重機を守ることができた。
「アルソンフォ様、ちょっと上に行きます」
「あ、ああ……」
さすがの男爵様も、あの巨大な岩の直撃を体験して生きた心地がしないらしい。それは、操縦桿を握り、冷静に対処する僕とて同じだ。
だが、それよりも確かめたいことがある。
そこから300メートルほど上昇したところに、あの岩のあった場所が見えてきた。大きな岩の塊がごっそり剥がれ落ちて、大きな裂け目ができている。
その裂け目を、僕はじっと見る。
そしてその裂け目の端に、ある痕跡を見つける。
黒ずんだその痕跡、それは明らかに爆発物が使用された痕だ。
おかしいと思った。直前に聞こえたドーンと言う爆発音が気になっていた。やはりこれは、ただの崩落事故ではない。
「ラウル少尉機より調査部!たった今、大規模な崩落に遭遇!その崩落現場にて、爆発痕を視認!」
『……こちら調査部、了解した。こちらでも崩落を確認。その爆発痕を撮影した後、直ちにベースキャンプへ帰投せよ』
「ラウル少尉機、了解!」
僕はその崩落現場を何枚か撮影する。爆発痕は、1箇所2箇所ではない。小さな爆発の後が、全部で10箇所見つかった。それを丹念に撮影し、崖から離れて降下を開始する。
あの崩落事故のおかげで、男爵様が静かになってくれたのは幸いだ。見たこともないほど大きな岩の崩落に遭遇し、しかもそれをこの重機は弾き返した。いずれも、この星の住人では経験したことのない事態だろう。
いや、僕だってあんな事態、経験したのは初めてだ。
だから、地上に降りるや否や、操縦桿を握る手が震えているのを覚える。
本当に、危なかった……あと一瞬、バリアシステムの起動が遅れていたら、おそらくあの岩ごと僕の重機は地面に叩きつけられていた。ハッチを開けて地上に降り立ち、ほぼ無傷の僕の人型重機を見上げながら、紙一重の運命に僕は恐怖する。
地上、特にあの大きな岩の落ちた辺りは、大騒ぎになっていた。それはそうだろう。この地上でも、あの大きさの岩石の落下は相当なインパクトだ。
「おい、大丈夫か!」
テオバルト大尉が、僕とアルソンフォ様の元に駆け寄ってくる。僕は敬礼し、応える。
「はっ!小官とアルソンフォ様、共に無傷です!」
「よかった……いや、岩の塊が落ちてきたときに、もしや巻き込まれた重機がないかとひやっとした。こちらからも、バリアの作動音が聞こえてきたから、どうなっているかと心配したが……いや、さすがだな」
大尉に褒められはしたものの、正直、あまり実感はない。あの場はとにかく必死で、訓練通りバリアのスイッチを入れただけだ。
だが、男爵様とともにあの大きな岩を目の前にして、改めて恐怖を感じる。
「うわぁ……これ、さっき少尉の重機に落ちてきた岩だよねぇ……こんな大きな岩を、よくまあ弾き飛ばせたものだな……」
若干顔色を失いつつも、しげしげと興味深げにその岩を眺めるアルソンフォ様。だが僕は、この岩をあまりまじまじと観察しようと言うつもりはない。
だが、その岩の所々に見える黒い痕は、見逃す訳にはいかない。
この痕があるということは、つまり、この事故が人為的であるということなのだから。
僕は、テオバルト大尉に進言する。
「テオバルト大尉!これは明らかに人の手による崩落です!ここ最近、あの岩肌に接近した者はおりませんか!?」
だが、テオバルト大尉はこう応える。
「私も今調べてみたのだが、ここにある機体の位置情報記録で、あそこに接近したものはない。ましてやこんな小型の爆発物なんて、うちのベースキャンプには置いていない」
大尉が僕に、タブレット端末を見せながらそう話す。そこに現れている位置情報の記録と、あの崩落現場の位置がそこに映っているのだが、確かにあの崖の付近に接近した機体の記録はない。
「し、しかし、ならばあれは……」
「確実に言えることは、我々の星の人間が仕掛けたということだろうな。断崖絶壁に爆発物を仕掛けるなど、この星の住人には不可能だ。だが我々、調査隊の目もあるというのに、一体どうやって……」
大尉が、僕の思っていることを代弁してくれた。いや、全くその通りだ。あんな芸当、僕らほどの技術力がなければ無理だ。
しかし、誰が、何のために?
相変わらず、動機のわからない事件だ。もうこれで何度目だろう?だが、王都から離れたこんな山奥で、まさかそんな不可解な事件に巻き込まれるとは思わなかった。もしかして僕は、呪われているのだろうか?
身に覚えのあることといえば、幽霊に取り憑かれている。ああ、確かにそれは呪われた状況と言えるだろうな。でも、その取り付いた幽霊はあの通り、呪いとは程遠い存在なのだが……
それはともかく、この崖崩落を仕掛けた真犯人を探し出す必要がある。さもないと、ここの調査隊はこの先の作業を進められない。
ということで、調査隊は王都司令部に現場検証を依頼する。
で、夕方近くに、その捜査官がやってきた。
哨戒機に乗り現れたのは、捜査官の他に民間人が一人だ。
捜査官は、見覚えのある人物だ。あの農場放課未遂事件に、モンフォルニュ公爵家での崩壊事故、そして電撃幽霊事件の際にも接した人物である。
まさか、この王都から遠く離れた崩落事故でも関わることになろうとは……
「まさか、こんなところでも会うことになろうとはな、ラウル少尉」
あちらも、同じことを思っているようだ。僕は苦笑いしつつも、この捜査官に敬礼する。
ところで、この捜査官に同行する民間人が気になるな。この人は一体、誰だろうか?
「ああ、そうだ。ラウル少尉は初対面だな。紹介しておこう」
そう言いながらその捜査官は、連れてきた民間人を僕とテオバルト大尉らに紹介する。
「こちらは今回の捜査に協力して下さる、ベルリネッタ損保の保険調査員、クヌート氏だ」
意外なことに、捜査官の同行者は保険会社の人間だった。




