#7 悪戯(いたずら)
「あ……あ……」
あのメイドさんは、幽霊と遭遇し、恐怖のあまり硬直しているようだ。そのメイドさんの向けて、ゆっくりと歩み寄る赤いドレスの幽霊。
その幽霊だが、僕が見ても明らかにそれが幽霊だと分かる。
皮膚は青白く、虚な表情、そしてなにより、足がない。
一方、アーダはといえば、皮膚は普通の肌色で、足もついている。
そんなアーダに比べれば、あちらは実に「常識的」な幽霊だ。
その常識的な幽霊が、メイドさんに狙いを定めて接近する。
恐怖のあまり動けないそのメイドさんの手をレーリオが掴み、引き寄せる。そして、彼は叫ぶ。
「ラウル!」
僕は、腰にあった拳銃を取り出す。そして、引き金を引く。青白いビームが、薄暗い通りを横切って幽霊に向かって伸びる。
が、相手は幽霊だ。放ったビームは、あっさりとすり抜け、ビシッと音を立てて、その向こうの道路の地面に着弾する。やはりこいつに武器は効かないか。
そろりそろりと前進を続ける幽霊、後退りする僕。2、3歩下がったところで、木の枝を踏みつける。
僕はその木の枝を拾い、幽霊に向けて投げた。
放物線を描いて飛ぶその木の枝は、幽霊の前を通り過ぎると一瞬、パチっという音と共に閃光が光る。ああ、これが噂の「電撃」か。あれに当たれば、相当なショックだろう。これじゃ迂闊に近寄れない。さりとて、銃も効かない。
いや……待てよ。
今の電撃、何か少し変だったぞ?
一瞬だが、その青い閃光は幽霊ではなく、そばにある街灯から放たれたように見えた。おかしいな。あの電撃、幽霊が出しているものなら、幽霊から閃光がひかるはずではないのか?
元々、幽霊という存在そのものが不可解だ。にしてもこの幽霊、どことなくおかしい。
一体、この違和感は、どこからくるのだろうか?
もちろん、アーダと比較してあまりに違うところが多いことも、違和感の一つだ。だが、アーダは元々常識的な幽霊ではない。比較するべき対象として不適切なことはわかる。それを差っ引いても、やはりこの幽霊は何とも言いようのない違和感を感じる。
だが、その違和感は、より明確な形となって現れる。きっかけは、アーダだ。
なんとアーダは、その幽霊に近づいていく。それを見た僕は、思わず声をかける。
「おい、アーダ!危ないぞ!」
だが、僕の言葉など聞かず、幽霊に向かって歩み寄るアーダ。ところが、そんな僕を見たあのメイドさんが、こんなことを言い出した。
「あ、あの、アーダって……誰です、それは?あの赤い服の、幽霊のことですか?」
「いや、もう一人の……」
一瞬、このメイドさんの言葉が理解できなかった。誰って、今その赤い服の幽霊に向かっている幽霊に決まって……いや、ちょっと待て。もしかしてこのメイドさんには、アーダが見えないのか?
だが、ここで僕は一つの違和感に気づく。このメイドさん、あの赤い服の幽霊は見えるのに、アーダは見えない。変だな、同じ幽霊なのに。
ところが、さらなる違和感を抱く出来事が起きる。
アーダは、その幽霊の前に立った。だが、その幽霊はアーダの存在に気づかない。そのままアーダをすり抜けてしまう。
なんだ、この幽霊。同じ幽霊のくせに、アーダが見えないのか?
アーダは、この幽霊をじろじろと見る。しかし、アーダの存在などまるで気づかず、赤い服の幽霊はゆっくりと前に進む。
やはり幽霊同士なのに、見えないようだ。いや、アーダはその幽霊の姿を捉えている。ということは、アーダはあの赤い服の幽霊が見えているということだ。しかしその幽霊はといえば、アーダに気づかない。
そして幽霊は、前進をやめる。その場でゆらゆらと、こちらの様子を伺うかのように立っている。
足もなく、ふわふわとその場に漂うその幽霊。アーダはしばらくその幽霊をまじまじと眺めていたが、急にくるりと向きを変えて歩き出す。
アーダよ、どこへ行こうとしているのか?僕の思いをよそに、アーダはすたすたと歩くと、T字路の端に立つ街灯の前に立つ。そしてこちらを向き、何かを指差す。
なんだろうか……アーダの指先には、小さな穴のようなものが見える。あれはおそらく、街灯によくつけられている防犯カメラの穴だ。しかしアーダは、そこを執拗に指差してくる。そして、反対の手では、まるで銃の引き金を引くような仕草をする。
すぐそばで、ゆらゆらと揺れる不可解な幽霊。そしてその後ろ側で、街灯を指差す幽霊。震えるメイドに、そのメイドを庇うレーリオ。
僕は、アーダの意図を理解できないが、アーダが僕に要求していることは理解できた。だから、アーダの指差すその街灯を目掛けて銃を放つ。
パンッという音と共に、ちょうどその街灯のカメラ穴付近に着弾する。
すると、パチッと音を立てて街灯が消える。このT字路は真っ暗になる。だが同時に、あの幽霊の姿も消える。
まるで何事もなかったかのように、暗く静寂なT字路となる。少し離れた場所にある街灯の光が、うっすらとこの辺りを照らしている。
あの幽霊は、どこに行ってしまったのか?なぜ突然、消えてしまったのか?僕にはさっぱり分からない。
分かることは、ここにはレーリオとメイド、僕とアーダの4人だけが残された、ということだけだ。
「あ、あの……」
そのメイドは、幽霊が消えたこの暗い道で、レーリオに尋ねる。
「なんでしょう?」
「わ、私はこの先の男爵家で、住み込みで働く者です……よろしければ、私をその屋敷まで、送ってはいただけないでしょうか……?」
ついさっきまで、あの幽霊がいた場所を通り抜けなくてはならない。ひとりでは怖くて進めないのだろう。レーリオは応える。
「分かりました。お供しましょう」
レーリオがそのメイドさんに応えると、僕とアーダに向かって手を振るレーリオ。そして2人は、貴族街の奥へと歩いて行く。
僕とアーダだけが、その場に残された。
「……僕らも、行こうか」
僕の声に、アーダはうなずく。そして、この夜更の王都をとぼとぼと歩き始める。
やれやれ、妙な幽霊騒ぎだった。電撃などという物騒なものを持っているわりには、なぜか最後はあっさりと消えてしまった。あれは一体、何だったのだろう?
あれが消えるきっかけは、僕がアーダの指し示す場所に銃を放ったことだった。しかし、どうして街灯を撃ったら消えてしまったのだろう……
と、ここで僕は、大事なことを思い出す。
しまった……何も考えずに、僕は街灯を銃で撃ってしまった。
街灯は消えている。ということは、僕の銃撃が原因で故障したということだろう。つまり僕がやらかしたことは、器物破損だ。
なんてことだ。なんだって僕は、銃を使ってしまったんだろう。
まさか、幽霊が撃つよう促したから銃で撃ちました、なんて言い訳は通用しないだろう。しかし、黙っている訳にはいかない。あれは防犯カメラが埋め込まれているから、僕のこの様子を捉えているはずだ。
仕方がない、明日になったら正直に申し出て、素直に謝ろう……少々気は重いが、僕はそう考えながら、いつもの交差点まで戻ってくる。
さすがにアーダも疲れたようで、いつものようにあくびをしている。相変わらず、非常識な幽霊だ。いつものように手を振り、そして交差点の奥に消えて行くアーダ。
そんなアーダをよそに、僕は器物破損の件で頭がいっぱいだ。始末書だけで済むだろうか?やはり、損害賠償を請求されるんだろうか?この調子では、謹慎処分もありうるかなぁ……などと考えながら、僕は宿舎へと向かった。
が、その翌日。
僕は司令部に出向き、昨日のあの一件のことを申し出た。当然、あの街灯の場所にも行った。
ところがそこで、まったく予想外のことが判明する。
てっきり、防犯カメラが埋め込まれていると思っていたその街灯には、防犯カメラは取り付けられていなかった。代わりに、妙な機械が埋め込まれていたというのだ。
僕の銃撃で壊れてはいたものの、それが防犯カメラなどではなく、かなり手の込んだ機械であることは容易に判明する。
そこにあったのは放電装置とホログラフィー投影機、そして小型のカメラだった。
分かりやすく言えば、道の真ん中に人が現れたら、立体映像を投影するという機械が埋め込まれていたというのだ。さらに、放電装置まであった。これらの組み合わせから、導かれる結論はひとつ。
あの幽霊は、人為的な作り物だった、ということだ。
つまり、立体映像によって作り出された偽物。その幽霊に近づくと、電撃を食らわせるというかなり悪質な仕掛けというおまけ付きの。
あの幽霊騒ぎは、司令部も把握していたようだ。そして騎士が電撃ショックで倒れたことも、当然耳にしている。だがそれが、誰かの悪戯だったということが、僕のあの銃撃によって判明した。
図らずも僕は、器物損壊の罪に問われることはなくなった。それどころか、結果的には幽霊騒ぎを解決に導いてしまった。
しかし、ホログラフィーによる立体映像だったとは……通りで、僕らにとって常識的な幽霊だったわけだ。僕らと同じ常識を持った人物が作り出したのだから。
だが、誰が一体、何のために?
あんなものをこの貴族街の中に仕掛けて、一体何をするつもりだったのだろうか?
ともかく、司令部から依頼を受けた警察により捜査が行われる。だが、3日経ってもその装置を設置したのが誰かということは分からなかった。
こうしてまたこの王都周辺で、不可解な事件がまた一つ増えてしまった。
「……そうか。じゃあ、犯人は分からないままか」
「ああ、そうだ」
「しかし、通りであの赤い服の幽霊は、アーダに反応しなかったんだな」
「そうだな。つまりあれは幽霊じゃなかったってことだ。それを見抜いたのは、アーダだけだった」
僕がそういうと、すぐ横にいるアーダは腰に手を当てて、得意げな顔でこちらを見ている。その様子を、レーリオは呆れた顔で見ている。
「……さてと、それじゃ、お二人の邪魔にならないよう、俺は立ち去ることにしますか」
そう言いながら、レーリオはその場を離れる。
「おい、レーリオ!そっちは宿舎とは逆だぞ!」
「ああ、いいんだ。ちょっと用事があってね」
「そうか。しかし、こんな夜に……どこに行くんだ?」
「王都だよ」
素っ気なく応えるレーリオは、王都の門に向かって走っていった。後には、アーダと僕だけが残る。
「……まあ、いいか。それじゃアーダ、お楽しみの時間だよ」
そう言いながら僕は、いつものようにスマホを取り出す。待ってましたとばかりに、アーダはスマホに手を伸ばす。
そして動画アプリを起動すると、早速新しい動画を見始めた。
近頃のアーダは、ドラマや映画に夢中だ。それも、アクション系の派手な演出のものを好む。まあ、アーダの好みをとやかくいうつもりはないが、幽霊なのにアクション系ドラマが好きだなんて……こっちの幽霊は、本当に非常識だ。




