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#21 アーダ対アーダ

 星雲を鑑賞したヒルデは、その後立ち寄った戦艦の街で、再び歓喜する。

 駆逐艦は7~10日に一度、所属する小隊の母艦である戦艦に寄港し、補給を受けることになっている。その補給の間、艦内の乗員は戦艦への乗艦許可が下りる。

 僕らが立ち寄ったのは、戦艦グリンドゥール。全長4700メートルの、比較的大型の戦艦だ。

 その戦艦の中央部には、縦横400メートル、高さ150メートルのくり抜かれた岩盤の中に作られた、4階層からなる街がある。その中には、たくさんの店が所狭しと並んでいる。

 そこは、駆逐艦乗りにとって慰労の場、そして、戦艦で働く2万人の居住区でもある。そんな街に、僕とヒルダは降り立った。

 早速ヒルダは、手に持った自身のスマホでこの街の地図を見る。地図アプリを開くと、この街の店の名前と種類が表示されている。


「では、ラウル様!早速行きましょう!」

「行くって、どこに?」

「決まってますわ!こういうところに来たら、行くところは当然、あそこです!」


 ああ、そうだな。まずはヒルデの胃袋を満足させなければならないな。駆逐艦1192号艦の乗員ですら驚愕したヒルデの胃袋を質・量ともに満たしてくれる店が必ずここにはあるはずだ。僕はスマホを使って検索する。

 そこで見つけたのは、とあるカフェだった。その店の前に立つと、店のショーウインドウに飾られていたあるものを、ヒルデは見逃さなかった。

 それは、大型のビールジョッキのようなガラス製容器に入ったパフェ。こういうドカ食い系スイーツに、ヒルデは目がない。


「あの……こちらのパフェは、大柄な男の方でも完食できる方は稀なほどの品ですが、本当によろしいのですか?」


 店員に何度も念を押されるが、そんなことを意に介するヒルデではない。仕方なく店員はヒルデの前に、その巨大パフェを運んでくる。

 だが、この店員を含め、店にいる者達すべてがヒルデの胃袋力に驚愕することになるのは、それから30分後のことだ。巨大パフェを完食し、その大きな空容器を前に、さらにアイスクリームを注文するヒルデは、この店の伝説となる。


 マルティネス様の用事の大半は、この艦の中の街で済ませることができた。ここは地球(アース)719の最新の情報やファッションを取り入れてるから、地球(アース)873よりも進んでいる。帰ったらこのことを、マルティネス様に教えよう。ただ、それを聞いたマルティネス様の宇宙訪問は、今後大幅に増えることだろうな。


 こうして予想以上に騒がしい2週間が経ち、僕らはようやく地球(アース)719にたどり着く。


 30年ほど前までは、この星もまだ剣と槍を持つ多数の兵士が、国家の存亡をかけて命がけで戦っている、そんな世界だった。そこにある日、砦のような灰色の駆逐艦が降りてきた。

 それからしばらくすると近代的な街が地上に作られ始め、道路にはたくさんの車が、空には民間船が行き交う、そんな星へと大きく変貌する。


 ここはオストワルト宇宙港。僕の生まれたエルッセンハイム王国のすぐ隣の、ブロイゼルセン帝国の帝都オストワルトに作られた宇宙港だ。ここにある軍司令部で、僕は大尉の辞令を受けることになっている。


「高度、300……280……260……」

「繋留ビーコン捕捉、両舷減速!速力、毎秒10!」


 宇宙港の軍用ドックに接近する駆逐艦1192号艦。入港を目指す駆逐艦の艦橋の窓に張り付き、遠く離れた星の見たこともない街の姿をしげしげと眺めているのは、好奇心と胃袋の塊、ヒルデだ。

 やがて大きな音と共に、繋留ドックに接続する1192号艦。ようやく僕らは、地上に到着した。

 狭い空間で身も心も持て余していたヒルデは、宇宙港につくや否や、まるで籠から逃げ出したインコのようにロビーを走り抜けてその向こうへかっ飛んでいく。僕は慌ててヒルデを追いかける。早速、その宇宙港の建物の中でドカ食いスイーツの店を見つけて、あの胃袋と心を満たし始める。


 そういえばヒルデの得意技は「幽体離脱」だ。理屈や原理は分からないが、相当エネルギーを使うのは間違いなさそうだ。もしかするとヒルデのあの旺盛な食欲は、この能力と関係があるのだろうか?僕はそんなことを、スイーツを頬張るヒルデを見て思う。

 到着したその日は、宇宙港のすぐ脇にある高層ホテルに宿泊する。てっきり興奮のあまり寝られない、つまり、幽体離脱するのではないかと思われたヒルデだが、ベッドの上に倒れ込むや、すぐに寝てしまう。


 で、その翌日には早速司令部に呼び出されて、僕は辞令を受け取る。晴れて「大尉」となった僕はその日のうちに、僕は昇進の心得と称する研修を受けさせられる。ホテルに戻ったのは、夜遅くだった。

 ヒルデがどう過ごしていたか心配だったが、その日は一日中、ヒルデは他の奥さん達と連れ立って街に出かけていたようだ。暇を持て余してまた離脱……という事態は避けられたようだ。


 その翌日も研修があり、僕が知識を詰め込まれている間にまたヒルデは奥さん達と共に街へと繰り出す。昼休み中に開いた街の掲示板(SNS)上に、大型ピザを完食した令嬢現れるという驚愕の投稿を見つけるが、これがヒルデの仕業だろうとは容易に想像がつく。ヒルデのやつ、また街で暴れてるな……まあ、元気であることさえ分かれば、この際は勇名を轟かせてることはさして気にはならない。


 さて、2日間の研修が終わり、それから次の出航までの5日間は休暇となる。その休暇を使って、僕とヒルデはある場所へと向かう。


 地球(アース)719へ行くことが決まってから、僕とヒルデはここに行くことを決めていた。そこは、僕の故郷であるエルッセンハイム王国の端にある、とある建物だった。


 僕は近くの宿を出る。外には、カジュアル姿のヒルデが立っている。

 案外、近い場所に現れたな……もっと遠くに出現したら、どうしようかと思っていた。僕はヒルデと共に、その場所へと歩き出す。

 ところで、今僕の横に立っているヒルデは、生身の姿ではない。そう、彼女は今、幽体離脱している。本体は今、宿で寝ている。

 これも、彼女が言い出したことだ。だが、幽霊になると、どこに出現するか分かったものではない。もっと遠くに現れたらどうしようか……しかし、その心配は杞憂に終わった。

 敢えて幽霊となったヒルデ。その理由は、これから向かう場所と大いに関係している。


 今、僕らが向かっている場所は、古い城だ。

 エルッセンハイム王国の国境を守る城として、もう何百年も昔から存在する戦略拠点の城。

 ヒルデのいたエスタード王国の王都ヴィエールブールは、それ自身が城塞であるから、王都防衛は王都籠城が基本戦術だ。だが、僕の生まれ育ったエルッセンハイム王国の王都は、塀などで囲まれてはいない。

 その代わりに、入り組んだ地形を活かし、奇襲を仕掛け、侵入する敵を翻弄するという戦術を得意としていた。この城は、その目の役割をするために建てられた城だ。


 小高い丘の上にあるこの城からは、その向こうの平原を一望できる。眼下に見えるこの平原は、帝国領だ。だから、帝国側からの侵攻をいち早く察知できる。軍勢を察知すると、この城から狼煙や伝令を使って、直ちに王都へと知らされる。

 しかし帝国の属領となった140年前に、役目を終えたこの城は放棄される。しかしここ30年ほどは宇宙時代に入り、観光名所として再び脚光を浴びるようになる。


 城の周辺には、たくさんの出店が並ぶ。大勢の観光客が、城を訪れる。この城がこれほど多くの観光客を集めているのには、理由がある。


 僕は、ヒルデ本体と出会う前は、彼女のことを「アーダ」と呼んでいた。

 それは僕の故郷のそばに、アーダの名前を持つ幽霊が出るというお城があったためだが、そのお城というのがここだ。

 ある映画のロケ地で使われた際に、その映像にいるはずのない令嬢が映っていたことから、心霊スポットとしてその名を一気に高めた。その後も実際にこの城の中で、その幽霊に出会ったという証言がいくつもある。

 そして、その映画に出てくる脇役の名を取って、その幽霊は「アーダ」と名付けられた。だから、昔からこの城に現れる幽霊が「アーダ」と呼ばれていたわけではない。この名前は、最近つけられた便宜上の名前だ。


 噂では、その城で暮らしていた貴族の令嬢がここで亡くなり、ずっと城の中を彷徨っていると言われている。

 だがここは元々、防衛の要として使われた城、誰かの居城として使われた記録はない。ここを所有していた伯爵もこの城で暮らしたことはなく、王都に屋敷を構えて、家族共々王都で生活していた。


 だから、このアーダと呼ばれる幽霊の正体は、未だに分かっていない。この古城を紹介するパンフレットにも、幽霊の出自については一切分からない、と書かれている。

 その話を聞いたヒルデは、興味を示す。それはそうだろう。かつて僕が呼んでいた名前の出所の幽霊が謎だらけの存在となれば、ヒルデの興味を引かないはずがない。だからヒルデは、地球(アース)719を訪れたらここに来ようと言い出したのだ。

 そして今、その古城の謎に、ヒルデと僕は挑む。


 通り沿いに並ぶたくさんの店を超えて、僕らは城にたどり着く。城門の前の広場には、大勢の観光客がたむろしている。ここを見れば、とても幽霊など出そうな雰囲気ではない。

 ……いや、幽霊なら僕のすぐ横にいるぞ。観光地だろうが、都会のど真ん中だろうが、幽霊は存在できてしまうことを、この横の幽霊は証明しているからな。今の言葉は撤回だ。


 しかし、ここにいる人々は、僕の横に立つ幽霊に気づかない。広場にいる人々をヒルデが次々とすり抜けて歩いているというのに、誰もその異常さに気づかない。これはつまり、だれもヒルデが見えていない証拠だ。これじゃせっかく心霊スポットに来ても、肝心の「アーダ」には会えない人ばかりだな。そんなことを考えながら僕はヒルデを伴い、城に入る。


 城門をくぐり、石造りの橋を渡る。そして、通路を歩く。外の喧騒とはうって変わって、ここは静かだ。どうやらここを訪れる人の大半は、幽霊見たさにやってきたわけではないらしい。

 それはそうだろうな……有名な観光地だから来ることはあっても、わざわざ幽霊が出るという場所に進んでやってくるやつもいない。僕だってヒルデと出会う前だったら、そう思ったことだろう。

 手元のスマホで、この城のパンフレットを見る。この通路を通り抜けると石の階段があり、その階段の中程辺りから目撃情報が増えると書かれている。

 そういえば、ここはもう城の中心部。日光もほとんど届かず、外の喧騒も石積みのこの城の中までは届かない。

 これはますます、幽霊が出てきそうな雰囲気になってきたな。いや、幽霊ならすでにもう、ここにいるのだが。

 階段を登っていくと、向こう側から誰が走ってくるのが見える。その人物は、酷く慌てた様子で階段の上からここまで、一気に駆け下りてくる。僕は思わず、身構える。その男は、僕を見るなり叫ぶ。


「で、出たぁ!」


 悲壮な声で、僕にしがみつくその男。僕は男に尋ねる。


「出たって、何がですか!?」

「何がって、決まってるだろ!アーダだよ!」


 僕とヒルデに、緊張が走る。僕はさらにこの男に聞いてみた。


「どこに、どこにそのアーダはいたんですか!?」

「か、階段を上り切ったところに長い通路があるんだが、その通路をずっと奥に歩くと行き止まりになっていて、その行き止まりの壁際に、あのアーダが立ってたんだよ!」

「それって、本当に噂のアーダだったんですか!?」

「間違いない、薄汚れた衣装を着たやつれた娘……間違いなくあれは、噂のアーダだったよ……」


 どうやら、パンフレットに書かれた通りの姿の何かを、この男は見たようだ。だが、それが本当に幽霊かどうかは分からない。幽霊を伴ってやってきていうのもなんだが、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と昔からよく言われているからな。案内用の看板等を見間違えている可能性だってある。

 その男の話を、横で聞いているヒルデ。こっちの幽霊は、幽霊を目撃したという男の話をうなずきながら聞いている。幽霊なのに。


「……ちょっと、行ってみるか」


 僕はそう呟く。するとその男は僕に、こう告げる。


「いやあ、やめた方がいい。あの幽霊は、只者じゃない。恐ろしいなんてもんじゃないぞ……ましてやあんなところに、カップルで行くもんじゃない。すぐに引き返した方が身のためだと思うがな」


 そう言い残してこの男は、その場を立ち去る。階段を逃げるように降りていく男を、僕とヒルデは見送る。そしてこの男の言葉を聞いて、僕は確信した。

 間違いない、おそらく本当に「アーダ」はいる。なぜならこの男は、ヒルデが見えていたからだ。

 だがあまりに生き生きとした幽霊なので、幽霊だとは思わなかったのだろう。まさか彼女が、帝都で食べたパンケーキタワーと大型ピザを原動力にして稼働している幽霊だと知ったら、あの男は驚きのあまり階段を転げ落ちていたかもしれない。

 そんなことを思いながら、僕はヒルデの方を見る。


「いこうか」


 僕の言葉に、うなずくヒルデ。2人はそのまま、階段を昇る。

 あの男の言った通り、階段を昇り切ったところに長い通路が見える。パンフレットにも、この先に行き止まりがあると書かれている。僕は慎重に、その通路の先に進む。

 奥を目を凝らしてみるが、何も見えない。幽霊どころか、看板も何もない。通路を進むにつれて、先ほどの男の言葉がだんだんと疑わしくなってきた。本当にあの男はここで、何かを見たのか?

 だが、その行き止まりの少し手前あたりで、僕は異変を感じる。

 何もいなかったはずの行き止まりの壁の前に、何かが見える。それを見た僕は、背筋が凍りつくような感覚を覚える。


 くすんだ金髪、薄汚れた中世風の衣服、そして、やつれた顔の娘。

 さっきまで、何もいなかったはずの通路の先。いつの間に彼女はここにいたのだろう?まるで気づかなかった。だがその風貌は、まさしく死霊と呼ぶにふさわしい姿だ。


 間違いない、こいつが「アーダ」だ。


 底知れない恐怖を、その霊から感じる。横に立っているもう一人の幽霊であるヒルデなど、あちらの持つ圧迫感を前にしては霞んで見える。やはり本物の幽霊というやつは、格が違う。僕は思わず、後退りする。

 だが、ヒルデは違った。怖気づくことなくズカズカと前に出て、アーダの前に立つ。

 そして、その幽霊に向かって、何かを話し始める。


 むしろ驚いたのは、アーダの方だった。

 俯いたまま立っていたアーダは、顔を上げる。もう一人の幽霊の登場に驚いたのか、いや、その前にヒルデを幽霊と認識しているのか、それはよく分からない。

 ただ一つ分かることは、おそらくアーダに話しかけたのは、ヒルデが初めてではなかったのではないか、ということだ。驚いた表情の幽霊からは、僕はそう悟る。


 ただ、幽霊になったヒルデの言葉は、僕にはさっぱり聞き取れない。霊体を見ることはできても、霊体の放つ言葉は僕には聞き取ることができない。

 しかし相手が幽霊なら、ヒルデの言葉が聞こえるらしい。それが証拠に、アーダはヒルデの言葉に反応している。そして、アーダも何かを呟いているのが見える。

 ……が、さっぱり聞き取れないなぁ。この2人、何を話しているのだろうか。ヒルデはいつものようにズケズケとした態度で、一方のアーダは、ボソボソと呟くように話しているように見える。しかし、その言葉は全く聞き取れない。

 だが一つ、変化を感じる。

 先ほどから、あの幽霊から殺気のようなものを感じなくなった。ヒルデと話すその幽霊の姿は、やつれて薄汚れてはいるものの、ごく普通の貴族の娘のように見えてくる。ヒルデが話しかけたことが、あの幽霊の雰囲気を大きく変えたのは間違いない。


 しばらく、ヒルデとアーダの会話は続く。するとアーダは、彼女の後ろの壁の方を指差す。そして振り返り、壁の奥に消えていく。

 それを見たヒルデも、壁の方へと進む。そして壁をすり抜けて、消えていった……

 ……って、ちょっと待て、ヒルデよ、悪霊かも知れない相手に無防備についていって、本当に大丈夫なのか?僕は急に不安になる。今から宿屋に戻って、ヒルデを起こした方がいいか?

 いや、待てよ。ヒルデがすり抜けたと言うことはこの壁、もしかして何かあるのか……?

 壁、床、地面はすり抜けられないはずのヒルデが、この壁は通り抜けることができた。ということはここは、もしかすると「壁」ではないのかもしれない。そう思った僕は、壁を思い切り押してみた。

 ガコッと音がして、壁が動く。やはりそうだ、ここは「扉」だったのか。通りでヒルデが通り抜けられるはずだ。開いた壁の奥には、下の方に階段が続いているのが見える。その先に、ヒルデの後ろ姿が見えた。

 僕は夢中になって、ヒルデの後を追う。階段はしばらく真っ直ぐ降りた後、螺旋状に曲がり始める。ヒルデに追いついた僕は、その先を歩くアーダを見つける。


 この階段、どこまで続くのだろうか?ヒルデとアーダの放つ淡い光を頼りに、僕は階段を進む。しばらく下りると、ようやく階段の終わりが見えた。

 階段を降りると、通路らしきものが見える。アーダはその通路をさらに奥へと歩く。ヒルデも、その後に続く。僕はスマホを持ち、ライトをつけた。


 ライトが照らす先を見て、僕は言葉を失う。


 そこにあるのは、牢屋だった。かなり長い階段を降りたから、ここはおそらく地下だろう。

 そしてこの地下牢の中に、人骨が見える。その人骨を指差すアーダ。

 そこでヒルデに向かって、何かを語り始めるアーダ。それを見て、なにやら応えるヒルデ。何を話しているのか分からないが、2人の幽霊の会話は続く。

 少し語り合った後、突如ヒルデはくるっと向きを変え、階段を登り始める。慌ててついていく僕。


「おい、ヒルデ……いいのか、彼女をあのまま置き去りにしても?」


 僕がそう尋ねると、ヒルデは手に持ったスマホを指差してくる。僕はヒルデの方に、スマホの画面を向ける。

 ヒルデは、タッチパネルを操作する。キーボードを呼び出し、何かを打ち込み始める。以前とは違い、僕らの文字が打ち込めるようになったヒルデは、幽霊になってもスマホのキーボードを使って会話することが可能になっていた。辿々しい手つきで打ち込んだ文字を、僕は読んだ。


 ああ……そういうことか。僕は理解し、ヒルデと共に階段を登って外に出る。


 ◇◇◇◇


 翌日。調査隊があの秘密の扉を抜けて、地下牢へと向かう。その調査隊が突入する様子を、僕とヒルデは通路から見守る。

 大勢の人々が、この城の周りに集まっている。心霊騒ぎに続き、今度は未知の通路の発見。久々の騒ぎに、城の周りは盛り上がっていた。


 もちろんあの調査隊の目的は、この先で発見された人骨の回収と、その調査。そして「本人」の希望通り、この城のそばに埋葬すること。僕が昨日、この城のそばにある資料館の人にあの隠し扉とその奥に眠る人骨の存在と、「アーダ」と呼ばれる幽霊がのべた言葉を伝えた。それを受けて、王国の史跡調査隊が派遣された。

 もちろん、その本人の希望を聞き出したのは僕ではない。ヒルデだ。


 そのヒルデが「アーダ」から聞いた話をまとめると、こういうことだ。


 彼女の名前は、「アーダ」ではない。彼女の本当の名前は、レナルテという。

 彼女は元々、エルッセンハイム王国ではなく、帝国の人間だ。今からかなり前に、エルッセンハイム王国軍が、帝国領に侵攻したことがあったらしい。その侵攻先にあったある村の貴族の屋敷が襲撃され、その屋敷にいたレナルテは捕らえられてこの城に連れてこられたという。

 だが、強大な帝国に侵攻して、ただで済むはずがない。直ちに帝国軍は軍を派遣し、この王国軍を追撃する。それを聞いた王国軍の指揮官は、どういうわけか彼女を地下牢に閉じ込めてしまう。おそらくその後、この指揮官は逃げ出してしまったようだ。

 それから、彼女は地下牢でずっと誰かが来るのを待つ。だが、誰も来ない。どうやら帝国軍は一時、この城を制圧したようだが、あの秘密の扉の存在に気づかなかったようだ。誰からも気づかれることなく彼女は地下牢で衰弱し、やがて死んでしまう。


 だが、彼女はそれからもこの城の中を彷徨う。もう何年経ったか分からないが、とにかく外に出ようと彼女は彷徨い続ける。

 しかし、どんなに頑張ってもあの階段の辺りまでしか進めない。どうやら本体が地下牢にある限り、彼女はあれ以上進めないようだ。そう彼女は考えた。

 そして彼女は、この城に縛られた幽霊となった……


 調査隊が引き返してきた。小さな箱に納められた、レナルテの本体。それを運び出す調査隊。僕らはその後についていく。

 調査はまだ続いているようだが、彼女の死亡推定年数が判明する。今から200年から230年前の間だと、調査隊は話してくれた。

 スマホで調べてみると、今から224年前に、確かに王国の帝国領侵攻事件があった。前線指揮を預かるとある貴族が暴走して、突如帝国領内に侵攻し、略奪のかぎりを尽くしたという。その後、その貴族は王国内で捕まり、帝国軍の前で首をはねられたという。その指揮官の死をもって、帝国侵攻事件は幕を閉じる。

 いや、正確には幕を閉じていなかった。歴史からも忘れられた彼女は死霊となって彷徨い、そしてヒルダと出会ってようやく、真実を明らかにしてくれた。


 城のすぐそばに、簡素に作られたお墓。その墓の前に、僕らはいる。


「……これで、よかったのかな?」

「えっ?いいんじゃないですか?」

「いやさ、なんていうか……今さらあの貴族の悪事を暴いたところで、彼女はもう元には戻れない。しかも、その因縁の城のそばに埋められてさ。本人が望んだとはいえ、本当にこれで良かったのかい?」

「生きている時間よりも、幽霊として彷徨っている時間の方がはるかに長いから、レナルテもこのお城に愛着があるんですって。だからいっそここに埋めて欲しいと、彼女は(わたくし)にはそう申しておりましたよ」

「そうなんだ、本当にそれでいいんだ……」

「だからほら、本人もご満悦の様子ですわよ」


 ヒルデは、お墓のすぐ横を指差す。そこには、草むらに座る一人の人物が見える。

 くすんだ金髪に、薄汚れた服はそのままだが、どことなく吹っ切れた様子の幽霊が、224年ぶりに太陽の下にいる。

 その幽霊に向かって、ヒルデは手を振る。するとレナルテも応えて手を振る。僕も、恐る恐る彼女に手を振ってみる。


「じゃあね、この星を訪れたら、またここへ参りますわ」


 ヒルデは満面の笑みでレナルテに言う。レナルテは少し微笑む。おそらく、224年ぶりの微笑みだろう。そして僕とヒルデは振り返り、城のある丘を降りていく。

 おそらく、心霊スポットはこの先、大きく変わることだろう。あの階段付近ではなく、お城の外での目撃が増えることは間違い無い。

 しかし、殺気というか、圧迫感の抜けたあの幽霊を見て、怖がる者などいるのだろうか?もしかしたら、興味本位に話しかけてくれる人も現れるかも知れない。僕のように、スマホを差し出してコミュニケーションを取る人も現れるかも知れない。僕はふと、そう考えた。

 いや、そもそもあの幽霊は、このままずっとあそこにいられるのだろうか?外に出たいという願いが叶い、近いうちに消えてしまうのではないか……


 そんなことを考えながら、僕は歩く。宿に戻る途中、ヒルデは僕に尋ねる。


「ねえ、ラウル様」

「なんだい、ヒルデ」

「ラウル様は私が幽霊になっても、怖がらずに一緒にいてくれますか?」

「……現に一緒にいたじゃないか。何を今さら」

「うふふ、そうでしたね。でももし私が死んで幽霊になっても、と言う話ですよ」

「それは……」


 いくらヒルデでも、死んで必ず幽霊となれるわけではない。だから、一緒にいたくても、いられないかもしれない。しかし僕はそれを承知で、こう応える。


「その時は、僕も幽霊になろうかな」

「じゃあ2人で、一緒に彷徨いましょう。何百年も先の未来まで」


 満面の笑みで、そう応えるヒルデ。そうだな、そんな未来が本当に待っているかどうかは分からないけれど、僕は思う。

 彼女と一緒なら、何百年も退屈することはないだろう、と。

(完)

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