とある傭兵と迷子の客人
「どうしたリュディガウス、また発作か?!」
呼吸をすればひゅーひゅーと嫌な音しか出てこず肺に空気が届いていないような苦しさの中、ひたすら耐え続ける俺にその人物は慌てて駆け付けてくれた。
「サ……リウス、せん……ぱ」
「すぐ医務室に連れて行ってやるからな……立てるか?」
俺より6歳年上のサラリウス・ゲルアシュアゼは傭兵学校の先輩だ。
身体が弱い俺が季節の変わり目になると肺を悪くして発作に見舞われることを知っているサラリウス先輩は、こうしてよく助けてくれた。
「ウニクスとファステリムがお前を探していたぞ……体調が戻らない状態であまり一人になるなよ」
サラリウス先輩が俺に肩を貸してくれているので何とか歩けるが、本当はかなりきつい。
それでも背負われることなく自分の脚で歩くのは俺の意地でもあるのだが、サラリウス先輩はそのことをよく理解してくれていた。
声もなく黙り込む俺にサラリウス先輩が苦笑する。
後から医務室に駆け付けてくれた同期のウニクスとファステリムにこってり説教された俺は、サラリウス先輩の「そらみろ」と言いた気な顔に何も言い返すことが出来なかった。
これは俺が傭兵学校を中退する前の記憶だ。
次にサラリウス先輩に出会ったのはファモウラ軍国との戦争が泥沼化しつつあった頃である。
二回目の傭兵学校を無事卒業し、高等剣士の資格を携えた俺は、前線にてサラリウス先輩と再会を果たした。
「リュディガウス? お前、リュディガウスだろう?!」
「サラリウス先輩?!ご無沙汰してます」
野営地で偶然俺を見かけたサラリウス先輩が嬉しそうに駆け寄ってくる。
乾いた血糊に塗れた胸当てに大振りのモーニングスターを担いで走る、というよりも突進して来たサラリウス先輩に俺も胸が熱くなった。
サラリウス先輩が昔と変わらない笑顔でガシガシとやや乱暴に俺の頭を掻き回す。
「風の噂で聞いてはいたが……本当に立派になったな。『穿孔のリュディガー』ってお前のことで間違いないよな?」
「先輩こそ、『重星のサラリウス』の名に相応しい活躍ぶりですね!」
「よせよ、そんな大層な二つな名……照れ臭いだろ」
「そんなことありませんよ。誉れ高きグーレラーシャの戦士に相応しい二つ名です」
「こんにゃろ……口が達者になりやがって。しかしまぁ、健康そうでなによりだ」
「ここ十数年くらいは発作とは無縁です」
「そうかっ、それはよかったな!」
サラリウス先輩は相変わらずの性格で、俺はここが生死の境にある戦場だということを一瞬だけ忘れることが出来た。
できれば昔の知り合いに会いたくなかったというモヤモヤした気持ちもサラリウス先輩の気さくさで吹き飛んでしまったほどだ。
再会したその日は夜番であったため込み入った話はできなかったが、それから俺は野営地に戻る度にサラリウス先輩の元に顔を出し、近況報告と互いの無事を称え合うようになった。
サラリウス先輩の部隊には何人か俺を知っている奴らがいたが、今の俺と昔の俺のあまりの違いに病弱なリュディガウスと『穿孔のリュディガー』とが結びつかなかったらしい。
昔は一泡吹かせてやりたいだとか見返してやりたいだとか考えていた俺も、目を白黒させて驚いている奴らを見ても溜飲が下がる……ということもなく、ただただ「懐かしいな」という感想しかわかなくなっていたことに少なからず驚いた。
年月が人を変える、とはなるほど一理あるのかもしれない。
そんなある日、俺はある噂を耳にする。
それは俺たちにとって吉報であり、この泥沼化したこの愚かな戦争を終結へと導く希望でもあった。
「しかし俺たちもしぶといよな。前線に来てもう何ヶ月だ? 姉貴の生死もわかんねぇし、大概分で決着を着けたいぜ」
「同感です……噂では『青の指揮官』が暗躍しているようですが、この先のヘチファデ平原で決着をつける準備が整いつつあるようですね」
「だからか? 俺、多分グーレラーシャの獅子を見かけたぜ。何故か黒髪になってて『黒ウサギ剣士』とか名乗ってたが、あれは絶対に先代陛下だった」
サラリウス先輩の言葉に俺は興奮する。
まさかこんなところで憧れのグーレラーシャの獅子と共に戦場に立てるとは。
「でしたらこちらの勝利は間違いないですね!! あと少しですから死なないように頑張りましょう、先輩!!」
「そうだな、早く勝利のハニータルトが食いたいぜ!!」
「あはは、先輩らしいですね」
「お前にも奢ってやるよ、疲れた身体にはグーレラーシャのハニータルトが一番だ」
そう言って戦闘糧食袋の中からハチミツ飴を取り出して口の中に放り込み、ニヤッと白い歯を見せて笑ったサラリウス先輩の顔が妙に印象的だった。
そしてその通りヘチファデ平原の戦闘でファモウラを降し勝利したのだが、その日を境に俺はサラリウス先輩の姿を見ていない。
随行していた部隊が違ったので状況はわからないのだが、突然発生した不思議な霧に巻かれたサラリウス先輩はその場から忽然と姿を消したそうだ。
報せを受けた俺や他の奴らもそのことが信じられなかった。
ひょっこり帰ってくるだろうと待てどもサラリウス先輩は姿を見せる気配すらなく、俺は戦場に横たわる遺体をひとつひとつ確認しながらサラリウス先輩の行方を捜したが、結局欠片すら見つけることができなかった。
本隊が引き上げた後、間もなくしてグーレラーシャに帰った俺はサラリウス先輩の実兄であるコルディウス・ゲルアシュアゼから先輩の葬儀は執り行わないと聞かされた。
サラリウス先輩はどこかで生きている。
その希望を捨てることができずにコルディウスさんも俺も任務に出掛けてはサラリウス先輩の消息を捜し続けた。
今もまだ希望を捨ててはいない。
世の中には異世界人が溢れているのだし、明正和次元人のように異世界を行き来する力を持っている者も少なからずいるのだ。
目下求愛中のレン・アリシナも『アーリィ様』の不思議な力で『ニホン』とグーレラーシャを行き来している。
だからサラリウス先輩も霧の中で異世界に迷い込み、きっと何処かで暮らしているはずだと俺は思う。
いつかグーレラーシャにサラリウス先輩が帰ってきたら、今度こそ勝利のハニータルトを食べるのだ。
あれからハニータルトを口にしていない俺は、レンから土産にもらったチョコレートケーキを食べながら少し物足りなさを感じていた。
甘さ控え目だというそれは美味いし女に人気らしいが、俺は甘い甘いハニータルトの方が好きだ。
「サラリウス先輩よ、異世界でもハニータルトに勝るもんはねえみたいだぜ?あんたも何処かでケーキでも食ってんのかね?」
今宵の月もいつもと変わらず綺麗だ。
明日の夜には愛しいレンが異世界からやってくる。
いつかきっと、そういう風にサラリウス先輩も帰ってくるのだ。
先輩のことだからもしかしたら愛しい者を抱き上げてひょっこり来るかもしれない。
甘い甘い、ハニータルト。
いつかその日が来るのを楽しみに待ちながら、俺は更けていく夜の街を眺めていた。
それからいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
どれくらいの時間が経ったのかわからないが、喉が圧迫されているような、嫌な感覚に目を覚ました俺は久しぶりに軽い発作の症状が出たのだとすぐに気がつく。
くそっ……呼吸がうまくいかない。
昨晩『ニホン』から帰ってきてから断続的な咳が出ていたと思っていたらこれだ。
もう何十年と発作を起こしたことがなかったが、向こうの世界の空気が俺には合わなかったようである。
酷く汚れていると感じた空気の所為で幼い頃から俺を悩ませてきた持病が今になってまた襲ってきたようだ。
薬、は……随分昔に処方されたものしかない、か。
ガサガサと棚を漁ると古ぼけた薬箱に置き薬として気管支を拡張させる為の薬があることにはあったが、古すぎて効果が得られるかどうかはわからない。
飲まないよりはマシだととりあえず薬を服用してベッドに戻った俺は、息苦しさが過ぎ去るのを待つ。
くそっ……またこれか? やれやれ、歳をとると、精神的に脆くなるって、やべぇな、俺も。
ないよりましだと薬を飲み干し、ヒューヒューと鳴り始めた気管支が拡張するまでじっと耐える。
明日にはレンが来るが、その前にギルドで診察して貰わなければと考えながら、俺の意識はいつの間にか暗い闇へと落ちていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「何ここ、一体何処かしら?」
レン・アリシナは今、白い壁が眩しい賑やかな街中にいた。
青い空、少し甘い香りがする風。
ハチミツの香りではないのでグーレラーシャではないと思うが、ならば何処であるのか検討もつかない。
言葉は……わかる。
しかし行き交う人々の顔立ちや服装が西洋風であり、長い三つ編みをしている男性など一人もいなかった。
んー、リューさんの仕事先かしら? あの人あれでも傭兵だし。
どこの国かわからないが言葉が通じるなら対した問題にはならないだろうと楽観視したレンはとりあえずリュディガーを探しながら街を見て回ることにした。
こじんまりとした広場では香ばしい肉が焼ける匂いが漂い、レンの食欲を誘う。
国が違うとなれば通貨が違うので屋台の美味しそうな食べ物を買う事ができないのが残念だったが、リュディガーが見つかったら買ってもらうことにして我慢する。
西洋人風の人々が行き交う広場をキョロキョロと辺りを見回し背の高い不恰好な三つ編みを探すが近くにはいないようだ。
「もぅ、あの図体で迷子なわけ? リューさんったら子供みたいなんだから」
どちらかといえばレンの方が迷子な気もしないでもない。
しかし、ちょっとだけ……いや、かなり期待していただけに暢気?に仕事を入れているらしいリュディガーに多少なりとも不満を覚える。
見つけたらタダじゃおかないんだから、と息巻いたレンはとりあえず自分がいる場所を特定しようと大抵どこの街にもあるはずの案内板を目指した。
白いシャツにマキシ丈のスカートを履いた服装のおかげか、うまく街に溶け込んだレンは威勢の良い掛け声が張り上がる大通りを歩きながらここが物騒な街ではありませんようにと、小さく祈るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「暑い、死ぬ、干からびる……」
黒い制服の所為で光を集め、ジリジリと焼けそうなほどの熱に耐えながらサラリウスは涼しい詰所を目指して歩いていた。
警務隊東地区隊長として月に一度は東地区の詰所を回らなければならないのだが、何故徒歩なのか理解に苦しむ。
街を見て回るのも仕事のうちですよ、と副官のアベルが涼やかな顔で送り出してくれたが、タイミングの悪いことに急ぎの書類があったらしく、涼をとるための風の魔法術をかけてもらえなかったのだ。
異界の客人であるサラリウスの魔力はこの世界に適合していない為、好き勝手に魔法術を使おうとすればとんでもないことになってしまう。
さらに悪いことに魔力を込めたガラス玉に残された魔力量が少なくなっていたので魔法術を使うことができなかった。
「マジあちぃ、勘弁……お? 」
汗だくになりながらそれでも警務隊東地区隊長としての威厳とやらを保ちつつ歩いていると、正面にある広場の方で何やら喚いている男の声が聞こえてきた。
「おいおいおいおい、このクソ暑い中で喧嘩かよ」
長年の経験から何か一悶着あったとピンときたサラリウスが足早に広場に近づいていくと、結構な人だかりが出来ており、そこから情けない男の声で「痛ぇっ、痛っ、やっ、やめてくれぇ!!」という叫び声が聞こえてくる。
どうやら喧嘩らしいと判断したサラリウスが余計な仕事を増やしやがって、と少しだけイラついた顔で人だかりの中に向かって行くと、制服を見た人々がすすっと道を開けた。
「おうおう、そこまでだ!! この暑い中に取っ組み合いなんぞしやがって……警務隊だ、今すぐやめ、ろ? 」
サラリウスが腰に下げたサーベルの柄に手をかけながら人だかりの中心を覗き込むと、そこにはうつ伏せになり、片腕を決められた男がもがいていた。
しかし、予想に反して喧嘩相手の片割れは男ではなく女だった。
黒髪を肩口で切りそろえた、この国では珍しい髪型の若い女が屈強そうな男を一人で抑え込んでいる。
普通の状況ではない喧嘩の現場を素早く見回すと取り押えられた男の周囲の地面には買い物籠と小物が散乱し、少し離れた場所で腰を抜かした老女が一人とそれを介抱するおばさんが二人いるではないか。
「かっぱらいかっ?! お嬢さん、後は警務隊に任せな!!」
状況を把握したサラリウスが、うつ伏せでもがきながら悲鳴を上げる男の背中を思いっきり踏みつけ、もう片方の腕を後ろにねじり上げてから拘束輪をかけ、さらに足首にも拘束輪をかけた。
「あら、ありがとう」
自力では立てなくなった男がゴロゴロとのたうちまわるのを足で抑え、サラリウスが若い女に手を貸して立ち上がらせると女が軽やかにそう答えてきた。
「数分前に発生したばかりよ。それにしてもみんな薄情ね! 誰も手伝ってくれないんですもの」
「貴女のお手並みがあまりに鮮やかだったのでしょう。犯人確保に協力していただきありがとうございます。しかし、女性が一人で立ち向かうとは……お怪我はございませんか?」
「大丈夫よ。こう見えて私、強いのよ」
男と取っ組み合いをした割りには息を切らしていない若い女に疑問を感じながらもとりあえず協力に感謝をすると、女がサラリウスをしげしげと見つめてきた。
無自覚に色気を垂れ流すサラリウスはこうやって女性から見つめられることがしばしばある為、内心ではまたかと思いつつも愛想笑いを振りまく。
「ご協力ついでとは何ですが、かっぱらいの状況を詳しく話をお聞きしたいので東支所までご同行願えますか?」
「喜んで協力するわ……と言いたいところだけど」
つい今しがたまで溌剌としていた女の表情が少し曇り、何かを言いにくそうにしている。
もしかしたら何か急ぎの用事……例えばシータの約束があるのかもしれない。
「お時間は取らせません。何か急ぎの用事がお有りですか?」
「急ぎというか、人を探しているの。そうね、貴方みたいな長い三つ編みの……グーレラーシャの傭兵なんだけど」
「なっ?!」
営業用の笑顔のまま固まったサラリウスに女はさらに続ける。
「もしかして貴方も傭兵さん? お仕事中だったのかしら。邪魔してしまったのならごめんなさいね。でもついでだから一応聞きますけど、もしかしてリュディガーと一緒じゃありませんか?」
「ちょちょ、ちょっと待て、あんた、今……何て言った?」
思いもかけず、異国の顔立ちの女から故郷の話が出るとは。
しかもご丁寧に聞いたことのある名前まで出してくるとは。
かっぱらい犯を一人で取り押さえ平然としている隙のない身のこなしの女をマジマジと見たサラリウスは、女の顔立ちが最近来たばかりの客人と同じ……というか、同じ様な顔立ちであることに気が付きギクリとする。
彼の世界の住人とは傭兵という職業をしていた頃に知り合い、共に闘ったこともあった。
この顔立ち、この強さ……まさか明正和次元の守護戦士、なのか?!
それにしてはあの作務衣ではないところが気になるが、サラリウスはそれどころではない。
まさか、まさか……客人なのか?! 俺の故郷を知っているのか!
警務隊で何かと目にかけている第四捜査班長が連れていた『アーリィ』と名乗る怪しい女が色々と知っているようだが、制約があるとかで詳しく教えてもらえなかった。
この若い女はあのアーリィとかいう女と繋がっているのだろうか。
「えっ? リュディガー……じゃなくて、正式にはリュディガウス・ファウルシュティヒだったっけ? 赤い三つ編みの、野生的な傭兵なんですけど」
「そうじゃなくて……いや、あんた、グーレラーシャを知っているんだな。久しぶりに聞いた名前だ。あいつ、生きていたのか」
半ば呆然としながら纏まらない思考を何とかしようと頭をガシガシと掻いたサラリウスの脳裏に、リュディガウスと呼ばれていた男の鮮やかな赤毛が蘇る。
ファモウラの戦場で離れ離れになったきりだったので心配だったのだが、いきなり異世界へ飛ばされてしまったのはサラリウスの方だ。
多分、心配をかけているのもサラリウスの方だろう。
しかし、こんなところでリュディガウスを探しているとはもしかしたらあいつも飛ばされたのか?
「やったわ! リューさんの知り合い見っけ。知らない土地だったから心細かったのよね」
「知らない土地? あんたまさか」
そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた詰所の警務隊士が馬で駆けつけて来たのでサラリウスは一瞬考えてからもう一度誘う。
「リュディガウスがこの世界に飛ばされたのなら探すのに時間がかかるかもしれない。涼しいところで詳しく話をしてやるから一緒に来てくれ、えっと、名前なんて言うんだ?」
「レン・アリシナよ、かっこいい傭兵さん」
「俺はサラリウス、サラリウス・ゲルアシュアゼだ」
レンと名乗ったこの女が客人であれば早急に保護しなければならない。
最近来た第九王子殿下のアルマのように宮殿で過ごすとなるとレンとはしばらくの間会うことすらできないだろう。
その前に聞きたいことがある。
「この世界に飛ばされたってなに? ここってやっぱりグーレラーシャじゃないの?」
「そこんところを詳しく話してやるよ……ええいくそっ、暴れんな!!」
サラリウスの足の下で未だにもがいているかっぱらい犯を忌々しげに睨み付け、おとなしくさせる為にさらに踏みにじったサラリウス
の背後から聞いたことのある声がした。
「あれっ、地区隊長?! かっぱらいはそいつですか?」
「お一人で捕まえるとは流石ですね!!」
「あん……じゃなくてレン殿、話は後からだ」
「了解、貴方に従うわ」
サラリウスの意図を察したのかレンが素直に応じる。
流石はリュディガウスの知り合いだと妙に感心したサラリウスは馬を降りて駆け寄ってきた警務隊士になんて答えようか迷い、目撃者もいるので誤魔化せないなと観念してから真実を告げた。
「捕まえたのは俺じゃなくこっちの女性だ。ちなみに被害者はあそこのか弱い女性だが……こっちの女性、レン殿は俺の昔の知り合いでな、先に東支所へ戻るから馬を借りるぜ?」
「はっ、私の馬をお使いください! しかし、その可憐な女性が一人で大男を取り押さえるとは」
案の定、若い警務隊士は口をあんぐりと開けてレンをまじまじと見た。
「俺の昔の知り合いだからな」
面倒を避ける為に咄嗟にでっち上げてしまったが、自分の置かれた状況を把握しているのかレンはニコニコと笑うばかりだ。
聡い女は嫌いじゃないが、アーリィ嬢の関係者かもしれないと思うと末恐ろしい。
馬の手綱を引いて戻ってきた別の警務隊士がサラリウスとレンを好奇な目で見てくるが、別に怪しまれるような関係ではないと念を押しておくことにする。
「どうやら連れとはぐれちまったみたいでよ。俺とそう背丈の変わらない赤毛の三つ編みをした男なんだが、見ていないか?」
「彼女のお連れさんですか? 地区隊長みたいな男なら見落とすことはないと思いますが、レシエンテ通りにはいませんでしたね」
「もし見かけたら伝令を飛ばしてくれ。名前はリュディガウス……いや今はリュディガーかな。とりあえずレンが探していると伝えれば大人しくついて来るはずだ」
「そ、そんなに気性が激しいのですか?!」
「おう、お前らじゃ敵わないくらい強いぜ」
身震いをした警務隊士に頼んだぜと念を押しつけたサラリウスはとりあえずこれで大丈夫なはずだと一息つく。
自分が若い女と馬に二人乗りしていたという目撃談が婚約者であるエレオノーラの耳に入るかもしれず、余計な誤解はさせたくなかった。
「じゃあ後ろで悪いが乗ってくれるか?」
「わお、タンデム? リューさんに悪いかなぁ……でも役得よね? 貴方、ガタイがいいから楽しみだわ」
レンはにんまりと目を弓にして微笑むと品定めをするかのようにサラリウスの頭の先からつま先まで眺め回した。
「あんた、リュディガウスから求愛されてるんじゃないのか?」
「求愛、されてるのかしら。うーん、リューさんだものねぇ、どうなんでしょう」
あのリュディガウスにそんな女性ができたのかと感慨深くなったが、あれから40年も経っているのだから当然といえば当然だ。
それにしてももし求愛中ならば何で抱き上げていなかったんだとグーレラーシャの男にあるまじきリュディガウスの情けなさに頭を振る。
レンが守護戦士なら仕事中だったのかもしれないが、それにしても情けない。
竜騎士のエレオノーラを伴侶と決めたサラリウスも仕事の関係上あまり抱き上げていないことはこの際棚に上げておくことにする。
「それじゃあ、後はよろしくな」
「了解しました!」
その場を若い警務隊士たちに任せ、ヒラリと馬に跨ったサラリウスがレンに手を伸ばしたところ、レンはサラリウスの手を借りず、軽やかに後ろに飛び乗って横座りをした。
「ふふふ、広い背中」
「悪いが俺には抱き上げた女がいるんでね」
「あら残念。でも目の保養くらいはいいでしょ?」
「見るだけだぜ!」
謎めいた笑みを浮かべてこの状況を楽しんでいるようにも見えるレンにやはり只者ではないと感じたサラリウスは人混みを縫うように馬を走らせたのだった。
シータ……デートの意味。




