⑰バニー男のスキル
男はバカにしたようにふふんと鼻を鳴らした。
"魔法はエルフが作ったんだっけ? 脆弱、脆弱ぅ。Lv10程度じゃ小虫が顔に当たったようなもんよ"
その言葉に三人は絶望する。
Lv10 MAXがスキルの頂点だと信じて疑わなかった。
それがどうだ──Lv10『程度』だなんて。
アンドリューは唇を噛んだ。なにせ自分は【鑑定スキル】。見ることしか出来ないのだから──
あとは年齢相応の剣術と体術しかない。そんなんでどうやって戦えというんだ。
(考えろ……考えろ……攻撃力が低いなんて嘆いている暇があったら、頭を使って攻撃に転じろ……頭は飾り物か? そうじゃないだろ。弱点を見つけ出せ……!)
アンドリューは記憶を手繰り寄せる。
(こいつは、どこからやってきた? そう、一枚の絵から。正確には壁に額縁があって、そこで逆さまにされていた。額縁が正しい位置に戻って初めて、この悪魔は動き出した……その意味は?)
──封印されていた?
逆さまにされていた、というのが鍵の役目を果たしていたんじゃないだろうか……
(悪魔は契約を交す際、本当の名前を軸に縛りをかけると聞いたことがある……なら、もしその名を僕が知っているとしたら──)
(……そうか、この方法なら)
目の端で何かが動くのを見たアンドリューはニヤリとして言った。
「──僕たち、見目のよいものが好きなんだ」
((いきなり何を!?」))
ソルとウィルフレッドがぎょっとする。
「で、でん……」
ウィルの言葉を待たずに王子は続けた。
「君の見た目は、どうしようもない。その恰好、本当に好きでやってるならなおさらだ。変態趣味の道化にしか見えないよ?」
"んなっ。なんですってぇ~?"
「まあでも、魔力は多くて力はあるんだろう。メリルを吹っ飛ばしたくらいなんだから」
ここで王子は大げさにも見えるジェスチャーで両手のひらを上にして、お手上げのポーズを取った。見目のよい王子がそれをすると、一層効果が高い。
「でも、結局ご自慢の従属契約も解除されちゃったんだろ? そんな奴が主人だなんてまっぴらだな」
"アタシの真名も知らないくせに。このビグレッド様にたてつくんじゃないわよ!"
(真名? それを知ってるかが重要なのか? ……そうか! 名前が鍵なのか)
そこで王子は、ソルの言葉を思い出す──コイツは相手の意識が無くても一方的に従属契約出来るんです、と──
悪魔はソルにこうも言っていた──"ああ、そんな名前だったっけ? ……まあイイわ。掴めばすぐに分かるし"
王子の左目が淡い蒼光を放ち、ビグレッドの名を掴むため、彼にしか視えない魔法陣が浮かび上がった──
【真名鑑定 Lv8】
「キミの名なら分かるけど? 悪魔ビグレッド」
途端に、内臓を掴み出されたような痛みが、悪魔を襲う──何をされたかは分からないが、自分の存在が薄くなったような衝撃で、ビグレットは唇の端を不自然に蠢かせながら呻いた。
"何言ってんの!? ハッタリでしょおっ!?"
これまで自分の優位を疑いもしなかったのが、初めて悪魔が動揺している。
王子の魔法陣が回転し、空気が震える。
キィン──と耳障りな音を立てて回転が止まり、見えたものは──
ビグレッドショートス・アジンベルクイ
┗【強制契約の主】
├─【従属契約 Lv10 MAX】
└─【極大闇魔法 Lv5】
【種族】:悪魔族 【性別】:判定不能
王子は静かに怒っていた。悪魔だろうが、メリルに手を出すやつはただじゃおかない。
「ビグレッドショートス・アジンベルクイに命じる! 絵に戻れ!」
王子の言葉と共に風が轟音と共に巻き起こり、悪魔が突風に煽られバランスを崩した。
初撃に不意を突かれたのか、悪魔の片手がまるで骨が存在していないかのように、グネグネ踊ったかと思うと、元に戻る。
"ちょ! な、なんでぇ……っ! くっ! だっ、誰が戻るもんですかぁ! やっと出られたのにィ!"
悪魔が少しずつ、空っぽになっていた額縁の方へと引き寄せられていく。
テーブルを掴もうとしたが、指が明後日の方向に向いたかと思うと、パキリと折れて飛んでいった。
絵の中の人物(?)が生きているという真実を知っていたメリルだけでなく、【鑑定スキル】を持つアンドリュー第三王子にも、より正確に正体を見破られてしまったのだ。
だが悪魔ビグレッドショートスは必死に抵抗する。
王子の魔力よりも悪魔のほうが上回っているのか、真名を奪われていても、じりじりと悪魔が額縁から遠ざかる。
"ふふん♪ どうやら前にアタシの真名を知った奴よりは、キミの魔力のほうが劣るみたいね~ェ。真名を支配しきれていないわよ~?"
王子の額に汗がにじみ、膝をついた。
(真名を知っただけでは支配しきれない。強制には、相手を上回る魔力が必要なのか──!)
そのとき暗闇の中でソルが叫んだ。
「メリルお嬢様! 灯りを点けて下さいっ!」
ソルはメリルがとっくに気絶から回復して、ビグレッドショートスの背後に回っていたことに気が付いていたのだ。
あれだけの敗北を喫しておきながら、メリルは誰よりも強心臓だった。
(隠密隠密♪ ソルのスキルは隠密スキル~♪)
脳内で調子外れの歌を再生しながら、真っ暗闇の中こっそり行動していたつもりだったメリルは、いきなりの名指しでズッコケそうになった。
「えっ!? あ、灯りっ!?」
(あ、そっか! 派生スキルで何かするつもりなんだ)
察しだけはいいメリルは、ソルの意図を正確につかんだ。
灯りにするなら、やっぱり火だ。
慌てながら思いついたのは、何かを燃やして明るくすること──
魔法の戦闘ポーズを取り、ソファに向かって火を打ち出すメリル。
生み出した火の大きさは、身長を優に超えるえげつない大きさのもの。
「えいやぁ!」
ソファの近くにいたウィルフレッドが、よろめきながら慌てて逃げ出した。
「ぎゃあああ! 殺す気!?」
「ごめんごめん!」
こんがり焼けました~、を間一髪で避けたウィルフレッドがほっとする余裕もなく、ドーンともの凄い音を立ててソファに火が直撃すると、豪快に燃え出し一気に明るくなった。
今まで真っ暗闇だったので、手探り状態で進んでいたメリルは、王子が膝をつき、荒い呼吸を繰り返しているのが目に入り愕然とする。
(ああ! ソルは王子を助けようとしたんだ!)
メリルが王子に駆け寄ろうとした瞬間、炎に照らされた悪魔の影が、壁一面に広がり、まるでこちらを呑み込もうとするかのように蠢いた──




