⑪詰め詰め王子
メリルはなにか大事なことを忘れている気がした。
(……なんだっけ?)どうしても思い出せない。
帰ってきてからまずメイドさんたちに服を剥かれて湯あみさせられる。
湯舟の中で、ピカッと何かが閃いて思い出せそうになったけれど、浴槽から出たあとは、化粧品を全身に塗りたくられ、ドレスを着せられる。あとは夕食食べて寝るだけなのに!
着飾ることに興味のないメリルの頭の中では、扉がノックされた途端、ピヨピヨとせっかくの閃きが飛んで行ってしまった。
ノックの主は王子だった。食堂へのエスコート役を買って出たらしい。もう何度もここには来ているから迷子になることもない。何度も来ているはずのメリルは……お察しである。
多分(賄賂をもらったかなんかで)母さまが王子に言ったんだろなー。メリルは黙っておいた。
夕食は美味しいものがたらふく出た。ウィルフレッドとメリルの大好きな肉料理がこれでもかと出される。
この時期アクアオッジ家の面々が滞在することはほとんどないので、料理人たちはここぞとばかりに腕をふるったのだった。
「あ~美味しかったあ。特にデザートのフルーツタルトが」
「本当にメリルはよく食べるよね。……でも安心して? 僕が一生食べ物には困らせないから」
一緒に部屋に戻る廊下でも王子にエスコートされ、腕に手を添えていたメリルだったが、甘い言葉をかけてきながら王子が手を握ってくる。
……うっ。なんでぇ。突然の王子のスキンシップに焦るメリル。
幸か不幸か、すぐにメリルの部屋の扉とその横の衣装室の扉が見えてきた。
衣装室にはメイドたちが待っていて、ドレスを脱がせて寝間着を着せてくれるだろう。あとは寝るだけだから。
ここまでこればもう大丈夫(?)さくっとお礼を王子に言って……。
と、ここで王子がいきなりメリルの部屋の扉を開けて、すかさず彼女を部屋に押し込んだかと思うと自分も入って鍵を閉めた。
後ろを歩いていた王子の護衛騎士たちは置き去りだ。
ギョッとするメリル。ええっ!? なんでー?
「おおオンドリュー王子でででんか」
未だに焦って噛み噛みだと名前を間違うメリル。
こっ、これはまずいんでは? 今二人っきりじゃありませんかね!?
わたし、ヨメイリマエってやつなのに!?
「ア・ン・デ・ィ……何度訂正させるの……僕を煽ってるの?」
扉に王子の片手がドン、と伸びる。
メリルは扉を背にして縫い付けられてしまったように、身動きが取れなくなった。
こ、これはもしや、壁ドン、とかいうやつでは──
……正確には扉にドン、かな?
……そうじゃないよー! 全く助けにならないわたしの思考力ぅ~!
「あわわわわそ、そのような意志はまるでなくて、ですね……ひょえぇっ」
するりと王子の指がメリルの頬をそっと撫で、室内に灯る魔石の光が、二人の影を静かに揺らす。
王子の瞳は月のように静かだが、燃えるような熱を孕んでいて、動揺するメリルだけを映していた。
「アンディって……呼んで……?」
それは懇願だった。自分と同じ熱量で名を呼んでほしい……と。
王子の顔がメリルの耳元に近付いて囁いた。
本日最大のぞわぞわ~っがメリルを襲った。
たすけてぇ~ウィル~!
母さまぁ~めがみさまぁ~!
(も、もしかして、忘れてた大事なことって、もしかしてこのこと!? ……んなわけあるかーい!)
「ああアンディ……おうじでんか……」
耳元で王子がため息をつくと、まるで耳元に息を吹き込んだようで、メリルはぞぞ~っとしながらも、もじもじしたくなってしまった。ここで名前を間違っていたら、何をされていたか分からない。そんな闇を感じたメリルは必死だ。
「王子も殿下も要らないんだ……ただアンディ、と……」
恋とは夏の宿題並みでしかないメリルである。
(おうじでんか付きでも満足してくださいよおおお)




