見方の違い
*この物語は作者が趣味で、適当に書いてるメモと朝一番の(強制)ラジオ体操中におもいついた内容と妄想を書き溜めたモノをス〇ゼロを飲みながら書いた”短編作品”です。支離滅裂・シナリオ崩壊等の描写がございますが、それでも見たい方は… 好きな飲み物(アルコール的な物は大歓迎)とすきな煙(火をつけるものならナカーマ)を嗅ぎながら…生暖かい目で見てください(小並感)
なお…極力R指定的な作品は掲載しないようにするのでぇ~よろしくお願いします(小並感)
この世の中には、見方というものがある
同じものを見ていても
人によって、まったく違う答えになることがある
例えば――
丸い球体をひとつ置いてみる
普通の人が見れば、こう言う
「丸いな」
「滑らかだ」
「これは球体だ」
それで話は終わる
だが、工学者がそれを見ると、少し違う
表面を触り
光を当て
角度を変えて眺める
そして言う
「これは完全な球体ではない」
ほんのわずかな凹み
目では見えないほどの段差
それがある限り
工学者にとっては球体ではない
同じ物なのに
見方が変われば答えも変わる
では、哲学者が見たらどうだろう
哲学者は球体を見つめながら言う
「そもそも球体とは何か」
「丸いとは何か」
「人はなぜそれを球体と呼ぶのか」
言葉の意味
概念
人間の認識
哲学者は
球体そのものより
球体という考えを見ている
同じものを見ているのに
三人とも違う答えを出す
見方が違うからだ
例えば
同じ「雨」でもそうだ
散歩している人は言う
「最悪だ、濡れてしまう」
だが、農家は言う
「いい雨だ」
作物にとっては
恵みの雨だからだ
また
同じ「失敗」でもそうだ
ある人は言う
「もう終わりだ」
だが、
別の人は言う
「なるほど、こうすれば失敗するのか」
それはもう
次の成功のヒントになっている
同じ出来事でも
見方が変われば意味が変わる
この世界には
ひとつの答えしかないものは
思っているほど多くない
多くのものは
見る角度で姿を変える
もし今
目の前の世界が
少し退屈に見えるなら
もし人生が
少し窮屈に見えるなら
ほんの少しだけ
見方を変えてみればいい
丸い球体を
それぞれの視点から見た彼らのように
違う目で
世界を見てみる
そうすると
今までただの石だったものが
宝物に見えることもある
失敗だった出来事が
発見に変わることもある
見方を変えるだけで
世界は少し広くなる
そしてそこには
あなたにとっての
新しい発見と
新しい好奇心が
静かに待っているのだ




