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無駄の棚

部屋の片隅に、小さな棚がある

そこには、役に立たないものが並んでいる

止まった腕時計

インクの出ない万年筆

片方だけのイヤリング

もう二度と遊ばない古いカードゲーム

捨てようと思えば、すぐ捨てられる

実際、何度もゴミ袋に入れた

でも、そのたびに、手が止まった

 

友人は言う

「使わないなら処分しなよ。無駄でしょ?」

確かにそうだ

役に立たない

機能しない

生産性もない

いまの時代

無駄は敵だ

効率

最適化

タイパ

コスパ

無駄を削れば、人生は軽くなると

どこかで誰かが言っている

 

ある日、部屋を徹底的に片付けた

必要なものだけを残し

不要なものを捨てる

机の上は広くなり

引き出しは軽くなった

空間は整い

気持ちも少し整った気がした

 

だが夜

ふと静かになった部屋で

違和感が芽を出した

あの棚が、空っぽだった

 

止まった腕時計は

祖父の形見だった

動かないのに

時間の重みだけは残していた

インクの出ない万年筆は

はじめての失恋の日に買ったものだった

何も書けないのに

あのときの気持ちは、まだそこにあった

片方だけのイヤリングは

旅行先で失くした相方の記憶だ

機能はない

意味だけがある

 

無駄とは、何だろう

使えないもの

役立たないもの

効率を下げるもの

けれど

心のどこかを満たすものは

本当に無駄なのだろうか

 

世界は、無駄を嫌う

寄り道

失敗

遠回り

意味のない会話

けれど人生を振り返ると

鮮明に残っているのは

たいてい無駄な時間だ

くだらない笑い話

終わった恋の夜更かし

何も生まなかった挑戦

それらは何も生産しなかった

でも、確かに僕を形作った

 

翌日、ゴミ袋を開けた

止まった腕時計を取り出す

万年筆も、イヤリングも

棚に戻す

整然とはしていない

合理的でもない

だが、少しだけ温度が戻った

 

無駄なものは

効率の外側にある

効率の外側にあるからこそ

人間の輪郭を保っているのかもしれない

 

もしすべてが最適化され

無駄が完全に消えたなら

失敗も、遠回りも

意味のない会話も

回り道の恋も

全部削除されたなら

きっと

人生はきれいに整うだろう

でも同時に

驚くほど薄くなる気がする

 

無駄は、余白だ

余白があるから

絵は呼吸できる

余白があるから

物語は揺らぐ

 

棚の前に立ち

僕は考える

この止まった時計は

たしかに時間を刻まない

でも

僕の時間の一部は

ここに確かに残っている

無駄なものは

ただのゴミではない

それは

役に立たないけれど

消してはいけない何かだ

 

部屋は少し散らかっている

それでもいい

無駄があるということは

まだ人間でいられるということなのかもしれない

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