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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第二章 帰ってきた人
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法子の役割

 

 法子は、平日学校帰りの一時間、土曜の午後、そして日曜を神社で過ごすことにした。

 平日は制服でいようかとも思ったけれど、一般公開されてない神域側に入るのにどうもそぐわない。


 神域といっても法子自身は神さまがおられると思っているわけではない。信也さんのいる奥の院、遠方からの信者さんたちを泊める宿泊所、たまに会合の開かれる講堂が建っていて、あとは池と庭と裏山だ。


 ――ささっと着替えてしまおう。社務所には白衣(びゃくえ)()(ばかま)のスペアがいくらでもある。奥の院に近付くにはやはり、巫女姿がいい。奥の院の玄関に早めの夕食を運ぶ役をもらったのだから。

 

 母は、新しい肌襦袢と足袋を買っておいてくれた。何も言わないけれど、法子がどうするかはお見通しだ。


 草履が久しぶりで鼻緒の当たるところが剥けてしまった。初日は絆創膏をはって何とかやり過ごした。

 信也さんにはまだきちんと会えていない。いったいいつ食べているのかわからない。


 奥の院はお堂でもお社でもない。普通の家の造りをしている。

 昔は当代様が住んだ一軒家だったらしいが戦争中に半分以上取り壊された。今では台所、トイレとお風呂の他には八畳ほどのお座敷が一部屋あるだけだ。


 信也さんのお祖父さん、(しゅ)(ぎょう)さま一家がここに住んでいた。信也さんのお父さんはここで生まれた。だから信也さんもここにいるのだろう。

 

 社務所の奥で巫女の着物に着替えていると、その日信也さんが何をしたか、何故か皆法子に話そうとする。


 最初の印象が余りにもショッキングだったのかもしれない。

「加代さまがぐちゃぐちゃのショートケーキを持って奥の院から出てきた。ロウの跡がいっぱい落ちていて、苺はなくて、ケーキの真ん中に大きな手形があってつぶれてた。残飯として捨てるように(くりや)に持って来られたから、食事係がその目で確かめた」


 その後数日は「信也さんが奥の院から出て来ない」という話ばかりだった。

 

 週末が近付くにつれ、目撃情報に変わった。

「信也さんが裏山から降りてきたの」

「信也さんが蓬莱(ほうらい)(いし)に抱きついていた」

「信也さんが柿の木に登っていた」


 社務所の皆にとっては驚くべきことなのかもしれないが、法子は何を聞いても、「そうかもしれないな」と思った。


 それより、彼が外に出ている間に奥の院に入ってシーツを替えたり洗濯物を取りまとめたりしたいのに、タイミングがわからない。

 他の巫女さんは奥の院入室は許されていない。


 奥の院に上がるには、本当はその都度、宗家神官の許可が要る。巫女をするにあたって、井村さんが東京の(あき)(ふみ)さんに相談してくれた。


「法子さんなら問題ありません。信也を宜しくお願いします」

 との答えだったそうだ。

 彬文さんは信也さんと同年代、教団のナンバーツーで、当代様の次に偉いのに、いつも優しく丁寧だ。


 信也さんより細身で目が切れ長なので、面と向かってでは印象が鋭く、畏れ多い気がしてしまう。

 法子は個人的な会話をしたことはない。

 

 青山(せいざん)さまが亡くなって、当代様が長男の春堂(しゅんどう)さまになった。長慶(ながよし)(はる)()さん、彬文さんのお父さんだ。


 恐山にいらっしゃるので法子はあまりよく存知あげない。加代伯母さんは春雄さんのお姉さん、信也さんは異母弟。


 伯母さんは信也さんの戸籍上の母親で実のお姉さんで、現京都本社神主の奥さんで青山さまの娘、もともと宗家だから、奥の院に入ってもいいんだろう。昼間に何度か中を片付けて下さっているらしい。


 ――自分は伯母の手助けができればいい。信也さんはお風呂には入っているんだろうか? ちゃんと着替えているんだろうか?




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