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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第三章 お社の人
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親子の図


 連休明けの火曜日、法子は学校へ髭そり道具一式を持っていくハメになってしまった。


 遠くから来た信者さんを泊める宿泊所があるのだから、一通りの洗面用具は頼めば出してもらえるだろうけれど、何となく、うちのものがいい気がした。


 祖父は「ナイフ型のカミソリは信也に渡さないほうがいい。電動が簡単だが、あの長さじゃまずはハサミかバリカンかなんかで切らないと。T字カミソリで何とかなるだろうか」と思案していた。


 一通り道具の使い方は習ったが、信也さんの顔に当てると思うと、どれも法子は自信がない。信也さんが自分でできるかどうかのほうが危ぶまれる、といえばそうなのだが。


 制服のままで奥の院に近付いた。驚いたことに、縁側に信也さんと神主さまがいた。伯父が信也さんの髭を剃っている。


「あ、のり子だ。見てよー、僕、てるてる坊主にソフトクリームつけたみたいでしょ!」

 信也さんが喋り出したので伯父は手を止めた。


「のりちゃん、お帰り」

「はい……神主さま」


 まだうちではないので、「ただいま」というのもおかしい気がした。でも目の前の光景はもっとおかしい。


 信也さんは散髪ケープのかわりにブルーに白の水玉模様のビニールをマントのように着ている。顔にはムース。


「昨日可愛くないって言われたから、父さんに可愛くしてもらうことにした。前みたいに可愛くなったら、きっとお父さんも会ってくれるよね?」


 また、淋しいことを言っている。

 歩いても歩いても遠ざかってしまうと昨日言っていた。可愛いままでいたかったって。


 でもひとつ、いいことがある。伯父さんを「父さん」と呼んだ。眼鏡しかみえない「阪口さん」じゃない。

 信也さんは実の父親を「お父さん」、養父を「父さん」と見事に呼び分けていたのを思い出した。


「ここでのり子を待ってたんだよ、可愛くしてもらおうと思って。そしたら父さんが、髭剃るのは大人の男のほうが上手だよって。のり子は髭なくて、剃らなくても可愛いもんね」


 ドキッとした。ヘンなときに可愛いなんていわないで欲しい。

 それも信也さんのいう可愛いは、赤ん坊のとき子守りをした相手の可愛さだ。きっと乳臭く可愛いんだろう。


「ほら、信也じっとしていてくれないと」

「だってくすぐったい。父さんの手、ずうっとあったかい」

「ああ、私は心が冷たいから」

 信也さんはクスクス笑った。


「十一才でうちに来て、手を繋いだり、肩車したりしてもいいのかどうか、風呂にはもう一緒には入らないのか、これでも悩んだんだぞ?」

 普段より温かい印象の伯父さんが信也さんに話しかけている。法子は安心して見ていられた。


「そうなの?」

「私が近付くと、すぐぷいっとどこかに行ってしまうし」


「だって(おや)神官(しんかん)さまだもん、威張ってたじゃん」

「威張ってないよ」


「じっちゃんと(あき)(ふみ)だって手繋いだり肩車とかしなかったよ?」

「じっちゃん?」


「うん、彬文のじっちゃん、親神官」

「おまえのお父さんだろう?」


「うん! 僕はお風呂一緒に入ったことある、お父さんだから。ずうっとじっちゃんって呼んでた。遠い親戚のお爺さんだと思ってた」


「小さい頃は定期的に会っていたと聞いてるよ」

「うん、赤ちゃんの時、保育所にいくまであの家にいたらしい。それからは毎月一回お呼ばれにいってた。そしたら彬文が引っ越してきて、一緒に住むことになった」

「そうだな」


「ねぇ、どうしてお父さんって呼ばせてくれなかったの? お母さんがお嫁にいっちゃっても僕、じっちゃんって呼んでたんだよ? 最初からお父さんじゃどうしてだめだったの?」


「よくは知らんが、父でもじっちゃんでもできることは全部してるって言ってたよ」

「え〜、そんなこと言ってた? それ初耳。そのくせ僕は追い出された」


「追い出されたんじゃないだろう。可愛い子には旅をさせよ、だよ」

「僕、可愛いから京都に来たの?」

「そうだよ、知ってるだろう?」

「うん、知ってる。全部知ってるもんね」


「だから髭剃り済まさせてくれ。やっとおまえが触れて嬉しいよ」

「何それ、変態っぽい」

 信也さんはウヒャヒャヒャと笑った。


 伯父さんはタオルで信也さんの顔を拭いながら言った。

「ほら。ついでにのりちゃんに髪を切ってもらいなさい。散髪用のすきバサミもあるから」

「はあい」


 初めてみる、ふたりの和気あいあいとした姿だった。真面目一本の伯父さんも微笑んでいた。

 もしかしたら、敢えて信也さんにお父さんのことを話させていたのかもしれない。よかった。


 外ではもう薄暗くなるので、てるてる坊主姿のまま奥の院のお風呂場に移動した。

 信也さんは玄関に入るまでくるくる廻りながら「てるてる坊主」を一本調子に歌っていた。




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