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第四章 死闘 〈19〉

     24



 車イスの千草(と明日香)の登下校を車で送迎しているのはラッキー和尚である。


 ある日の下校時、ラッキー和尚は助手席に姫鞍ちとせを乗せていた。退儺師(たいなし)の病院へ一馬らの容態を診に行くと云うので、明宏もつきそって病院までお見舞いへ行った。


 明宏は「退儺師(たいなし)専門の病院」と聴いて、秘密基地やかくれ家めいたところを想像していたが、実際は伊織も入院していた甘粕医大付属病院の別棟であった(人儺(じんな)に喰われていた伊織を診察したのも姫鞍ちとせだ)。


 病室の一馬は意外と元気そうだった。ケガも見た目ほどヒドくなかったらしい。手足は包帯でぐるぐる巻きにされていたが、1ヶ月の入院と少しのリハビリで元通りになると云う。


「あの時は一馬さんの鬼縛譜で助かりました。本当にありがとうございます。早くよくなってください」


 明宏は一馬にお礼を云った。


「礼を云うのはおれの方なのです。アキヒロちゃんたちが人儺(じんな)を退治したんだってな。人儺(じんな)を退治したアキヒロちゃんを助けたのはおれなんだぜって自慢できるのです……って、怪奇ミイラ男風情が人の手柄を自分の手柄みたいに吹聴するのは、さもしいのです」


 毎日、看病(と称して、一馬へのお見舞い品をひとりで食べつくしている)美千代が一馬の〈念話〉を明宏へ通訳してあきれた。


 美千代の通訳は〈念話〉で明日香にも聴こえている。通訳した美千代の口調がおかしくて、一馬と美千代以外の全員が笑った。


 一馬と一緒に搬送された二級技闘退儺師(たいなし)青砥志津(あおとしづ)もこの病棟に入院していた。彼女は身体のケガよりも心に負った傷の方が深刻だそうだ。近親者もほぼ面会謝絶である。明宏たちも会うことはできなかった。


 人儺(じんな)を退治したとは云え、方相寺の裏手にある慰霊碑には新たに9人の退儺師(たいなし)の名が刻まれることになった。そこへ伊織の名が刻まれずに済んだのは奇跡と云ってよい。



     25



 今回の事件はひとつのおわりではなく、はじまりを告げるものだった。


張界(ちょうかい)師〉亀鞍要の不安は的中していた。


百眼(ひゃくがん)〉と〈張界(ちょうかい)師〉のもとに編成された第七課・通称〈掃除屋〉の感知退儺師(たいなし)調査隊が全国を探索したところ、退儺師(たいなし)の守備範囲外であった九州の小さな島の住民が全員、土鬼蜘蛛(つきぐも)によって喰いつくされていたことが判明した。


 住民票の調査で犠牲者の数は167名と確認された。島民にかかわる記憶が失われたことで、島自体が人々の意識にのぼらなくなっていた。


「海を渡れない」とされてきた土鬼蜘蛛(つきぐも)が離島へ出現した事実は退儺師(たいなし)たちを驚愕させた。


 また、犠牲者の数から、明日香と明宏が倒したなりそこないの人儺(じんな)追儺(ついな)局によって〈飛儺(ひな)〉と呼称)あるいはその予備軍が複数体、あるいは〈完全体〉の人儺(じんな)がいる可能性も危惧されている。


「たは~、じゃあなに? またその飛儺(ひな)とか人儺(じんな)を退治しなきゃなんないわけ?」


 方相寺の事務室で多恵婆から報告を受けた千草が心底嘆息した。短い人生の中でも飛儺(ひな)との闘いほどこわい想いをしたことはない。


「……あくまで可能性の話じゃ」


 多恵婆の言葉を受けて、明宏も千草をなぐさめる。


「さすがに、もう飛儺(ひな)人儺(じんな)と闘うこともないよね?」


 土鬼蜘蛛(つきぐも)は全国のいたるところへ出現している。ふたたび飛儺(ひな)人儺(じんな)とまみえる確率は宝くじで一等を当てるより低い。


「そうさの。じゃが、千草はともかくアスカと明宏さんは飛儺(ひな)を倒した実績があるでの。〈退儺(たいな)六部衆〉とともに飛儺(ひな)人儺(じんな)との闘いへ駆り出される可能性は少なくないはずじゃ。覚悟はしておいた方がよい」


 明日香と明宏が緊張した。ふたりの目があう。


「それは御愁傷(ごしゅうしょう)さまなのです。でもでも、ミチヨはふたりの無事を祈るのです」


 同席していた美千代がホッとしたようすで云った。一馬はいまだ入院中である。美千代と一馬は三級退儺師(たいなし)なので、飛儺(ひな)人儺(じんな)との闘いへ駆りだされる心配はない。


「ちょ……、なんで私だけ仲間はずれなの!?」


 千草が不満の声をあげた。多恵婆が苦笑する。


「もう飛儺(ひな)人儺(じんな)とやりおうたくないのであろうが。〈張界(ちょうかい)師〉や〈百眼(ひゃくがん)〉のサポートがあれば、凡百の感知退儺師(たいなし)は必要ないからの」


「でも、チームリーダーとしちゃ、アスカたちだけ危険な目に遭わせるわけには……」


「……大丈夫」


 明宏がチームリーダーを僭称(せんしょう)する千草へ力強く云った。


「アスカさんはぼくが守る」


「たは~、明宏クン云うねえ。なんだかちょっと頼もしくなったんじゃない?」


 千草が内心感嘆しながら茶化した。人儺(じんな)あらため飛儺(ひな)との戦闘で負傷した千草を守った明宏なら明日香もしっかり守ってくれると思う。


(真正直に恥ずかしいコトを云ったかな?)


 少し照れた明宏にだけ、明日香が手話と口の動きでこっそりと告げた。


『ありがとう。信じています』


 明日香にとって明宏は〈運命の人〉だ。明宏とともに闘えるのであれば、明宏に守ってもらえるのではあれば、明日香にこわいものはない。


(……私も明宏さんを守ります)


 明日香も静かに決意した。



     26



 人気のない道場に足音がきしむ。


 道着の裾が風をはらみ、青磁のように淡く柔らかい光沢を放つ(つば)のない刀が、しなやかに虚空を舞う。


 早朝である。


 梅雨を迎え、夜明け前から降りしきる雨と鉛色の空で道場は薄暗い。


 しかし、一心不乱に退儺(たいな)の刀をふるう少年は、道場の薄暗さなぞ気にもとめていない。


 ほとばしる汗がぽつぽつと板敷きの床をぬらす。


 少年はひとり、時間の感覚も忘れて、黙々と退儺(たいな)の刀をふりつづけていた。


 未来を斬り拓くかのように。



                                          【おわり】

 おそらくなんですけど、障碍(しょうがい)者が主役のライトノベルってないと思うんですよね。


 一般的なエンターテインメント小説でも、障碍者が主役で有名なのは『座頭市』くらいじゃないでしょうか? 現代を舞台にした作品は寡聞(かぶん)にして知りません。


 なので、書いてみました。耳の聴こえない美少女と目の見えない美少女が活躍する、シリアスあり、コメディーあり、お色気あり(?)の痛快アクションファンタジー小説。


退儺師(たいなし)アスカ』は次篇完結です。


退儺六部衆(たいなろくぶしゅう)〉と云いながら、今回まったく出番のなかった〈創譜師〉と〈呪謡師〉のふたりもだしてあげないといけませんし。


 一応、仮にもライトノベルの体裁をとっているのですから、海だ水着だ混浴だ、みたいな王道も書いてみたいじゃないですか。……混浴?


退儺師(たいなし)アスカ』は陰陽省追儺(ついな)局に属する退儺師(たいなし)たちの物語ですが『隻翼(せきよく)のモヘナ』シリーズには陰陽省所属の陰陽師が登場いたします。


 ふたつの物語は「おなじ学校のちがう部活」みたいな感じで、直接リンクすることはありませんが『退儺師(たいなし)アスカ II』と『隻翼(せきよく)のモヘナ2』(http://ncode.syosetu.com/n0497dl/)の両方へ顔をだすキャラクターもおりますので『隻翼(せきよく)のモヘナ1』(http://ncode.syosetu.com/n9073dc/)もあわせてご笑読いただければさいわいです。


 また、この物語に登場した佐倉心太も『あるてび! ~私立アルテア学園付属美術館部~ 葛飾北斎篇』(http://ncode.syosetu.com/n1963dc/)第四話へゲスト出演しております。


 彼と剣術との意外な因縁がひもとかれますので(?)、こちらもあわせてご笑読いただければさいわいです。ただし、アクションファンタジー小説ではございません。


 なにはともあれ、私の処女長編『退儺師(たいなし)アスカ I』に、さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。


 すべてのなぞがあきらかとなる『退儺師(たいなし)アスカ II』(http://ncode.syosetu.com/n9505dw/)も乞うご期待!!

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