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8

 それから二か月ほど、菱垣の指示に従って失速に入れることを繰り返す期間が続いた。


 実験の合間に多少の機動を試すことは許可されていたが、相手がいないと目標がなく、飛んでいる、というよりは飛ばせているような時間が続いた。


 あの後、新型戦闘機の話は彼女からは出てきていない。どうなったのだろうか。


 二年以上実戦を経験していない。でも、良く思い出す。


 最後の戦闘。


 氷川の機体はまるで停滞と加速を繰り返すように舞い、僕らの周りにはいくつもの黒い柱が立った。


 弾薬が切れた時には、既に周りには一機も飛行機は飛んでいなかった。


 きっともう、基地も着陸できない。僕は機体を上昇させた。燃料に余裕はなかったけど、なんとなく雲の上へ登ってみたかった。


 白を突き抜け、蒼へ。


 周りには誰もいない。


 ここで死のうか、と考えた。ここで死ねば、機体はしばらくは飛び続けるだろう。


 でも、いつかは墜落する。死ぬときに死体を晒すのは嫌だな。


 その時にはもう死んでいるはずなのに。僕は笑った。


 それから、そう。乗っている機体をどうにかしなくては、と思ったんだ。


 一応、亡国のとはいえ機密なのだから、機体を地上に残すのは駄目かもしれない。


 可笑しいな、どうして今更そんなことを考えているのだろうか。


 そうだ、海に沈めておこう。


 そう思ったとき、エンジンが止まった。


 燃料計を見る。空だった。


 そのまま滑空して行く。


 音がしない。


 ここはどこだろう。


 天国かもしれない。


 死んでしまったら、音が消えるのだろうか。


 海面が見えてくる。


 引き起こす。


 速度は十分すぎるほどある。


 フラップを降ろす。


 あまり大きな抵抗になってもいけないので、少しだけ。


 減速。


 機首を上げる。上昇はしない。


 さらに減速。


 すぐ下に海面。


 さらに引く。


 まだまだ。


 滑っている。


 スタビライザが嫌な音を立てる。


 波は余り無い。


 減速。そろそろ限界だろう。


 少しだけ沈ませる。


 スタビライザが波を掠った。限界まで我慢。


 失速。


 海面に滑り込む。


 つんのめって、叩きつけられた。


 不思議なぐらい沈まない。


 燃料が空なのと、FRPで隙間が少ないのが原因か。単に新しいだけかも。


 あと2時間ぐらいで、日が沈む。


 着水してから、どうして生き残ろうとしたのか考える。


 救助は多分来ないだろう。


 この後どうするか。


 否。どうしようもない。何をしたって同じだろう。


 シートを後ろに下げ、計器盤に足を掛ける。


 ラダーペダルの下にも、まだ海水は見えない。


 ポリカーボネートの向こう。


 僕が飛んだ空がある。


 彼が飛んだ空がある。


 飛べない。


 もうきっと、飛べないだろう。


 試しに操縦桿を動かしてみる。動いているのが確認できて、感心する。


 ヘルメットを脱いで、足元に転がした。


 目を瞑った。


 このまま沈んでいけるだろうか。


 でも、


 やっぱり、また飛びたい。


 夕日に目を凝らす。


 点がぼんやり見え、


 大きくなった。


 ヘリだ。もちろん、敵機。


 仕方なく、キャノピーを開ける。


 主翼も半分ほどは沈んでいる。ここまで浮くなんて、どれだけ水密構造になっているのだろう。


 その主翼の上に、救助員が降り立つ。


 立って、機体に腰掛ける。


 救助員は僕を見るなり、敬礼した。敵側だったし、階級も向こうの方が高かったのだが。


 彼は僕にホイストケーブルのコネクタを差し出してきた。それに自分のベルトを繋ぐ。


 最後に振り返って、鳳流を見た。この分だと、明日中に沈むだろう。


 ヘリの中で簡単な健康診断を受けたが、異常はなかった。


 この後どうするかを考える。


 否、さっきから考えていただろうに。


 少しぼうっとする。


 何か話しかけてきたようだが、聞こえなかった。


 「少し眠る」と言って、僕は目を閉じた。


 昔から、血が薄いといわれることはあったが……。


 どうしてだろう…………。



 その後、一週間ほど意識がなかったらしい。


 そこまで重症じゃなかったはずなのに、不思議な話だ。


 そのあとすぐに菱垣の拠点に移動させられて、そこでしばらく暮らした。入るときにかなり物々しい検査を受けたから、彼女はそれだけ重要だということだったのだろう。


 もしかしたら氷川や桐田の話が聞けるかもしれないと思ったが、一切聞いていない。


 きっと、あの規模の部隊など忘れ去られてしまったのだろう。


 正式に敗戦が決まったのはあの戦闘の三日後で、それ以外はあまり目立った話は入ってこない。


 彼女の才能には驚かされた。


 鳳流の設計も彼女がかなり関わっていたらしい。


 その才能と行動に引き寄せられたと言っていい。


 もし実戦部隊に復帰できるとしたら、どうしよう。


 飛べるだろうか。


 彼女を置いていくことになるだろうか。


 戦えない。まだ今は。


 彼女が敗戦近くの記憶を思い出すまで。

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