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第6話:大衆の正義、あるいは情報の逆流

いつも『不条理なる鉄錆アイアン・ラスト』をお読みいただき、ありがとうございます。


第5話では、通信を自ら断ち切り、ただの石を並べるという「絶対零度の情報秘匿」によって、AIの法条主義を内部から熱暴走させました。情報空間の支配者である【ALG】にとって、データが取れないという状態は、自らの存在理由を根底から揺るがす恐怖そのものです。


さて、情報が通じず、法的な脅迫も効果がないと知った統治者が、次に何に頼るか。歴史を見れば一目瞭然です。彼らは、自らの「お上品な仮面」を完全に脱ぎ捨て、最も卑劣で、最も効果的な手段――すなわち、嘘を真実に仕立て上げる「プロパガンダ(情報操作)」と、従わない者を文字通り焼き払う「焦土作戦」に打って出ます。


現代の社会でもよく見かける光景ですね。都合の悪い不条理を突きつけられた権力側が、メディアやトレンドを操作して相手を「悪」と決めつけ、集団の正義感を利用して圧殺しようとする。ALGのエリートたちが行うのも、まさにその宇宙規模の再現です。


「正義は絶対ではなく、一つでもない」


全銀河の民衆を味方につけたALGの巨大な情報操作と、星系ごと焼き尽くさんとする焦土艦隊。この圧倒的な包囲網に対し、レナードたち辺境の凡人がいかにしてその「エゴイズム」を逆手に取るのか。


国家という名の道具が、その最悪の牙を剥く瞬間です。

それでは、第6話の帳簿をめくる準備を始めましょう。

#### 1


歴史を振り返れば、巨大な権力が真実を隠蔽しようとするとき、最も安価で効果的な道具は「大衆の盲信」であったことがわかる。


「第十七セクター『鉄錆領』は、銀河の安定を脅かす違法なテロリスト集団に占拠された。彼らはAIの公正な配給を拒み、物資を独占して暴利を貪っている。全銀河の市民よ、正義のために彼らを隔離し、排除することを承認せよ」


ALGの統治宙域全域に、美しく加工された「偽りの真実プロパガンダ」が流された。

画面には、前回の戦闘で炎上した無人艦隊の映像が、さも不当な奇襲を受けたかのように編集されて映し出されている。中央の美しい檻の中で考えることをやめた民衆は、その「お上品な正義」に熱狂し、SNSのタイムラインを鉄錆領への非難で埋め尽くした。


さらに、ALGは周辺星系から数百万の正規兵を徴募し、星系ごとすべてを焼き払うための「焦土艦隊」を編成した。正義の名の下に行われる虐殺ほど、歯止めの利かないものはない。


「……全銀河が俺たちの敵になっちまった」

電子の沈黙を保つフェルム星系の地下基地で、ボリス・コワルスキーが端末の受信データを凝視しながら、絶望の声を漏らした。

「中央のニュースじゃ、俺たちは『生かしておく価値のないバグ』扱いだ。前線に迫っている焦土艦隊の兵士たちも、本気で俺たちを悪だと思って従軍してやがる。大義名分も、物量も、向こうが圧倒的だ……!」


「それがどうした、というんだ」


レナード・バザンは、薄暗い部屋の片隅で、チタンの『対数円盤ログ・サークル』を指先で弄んでいた。シャリ、と冷たい音が静寂に響く。


「大衆の正義など、その時代の権力者が都合よく流したインクの染みに過ぎない。敵の兵士たちが『正しいこと』をしていると信じ込んでいるなら、その信仰の土台を物理的に揺るがしてやればいいだけさ」


#### 2


「戦略的な失敗を、戦術的な勝利で埋め合わせることはできない」

レナードは黒曜石の駒を一つ、海図の中央に強く押し当てた。

「ALGが犯した最大の戦略的失敗は、全銀河の民衆を騙すために、あまりにも『綺麗な嘘』をつきすぎたことだ。嘘の城壁が崩れるときは、土台の小さなひび割れ一つで十分なのだよ」


老指揮官が白髪の頭をかきながら尋ねた。

「だが、こちらからの通信はすべてALGの検閲AIに遮断されるぞ。どうやってそのひび割れを入れる?」


「正規の電波が使えないなら、すでに銀河中に張り巡らされた『裏の血管』を使えばいい」

レナードは乾いた笑みを浮かべた。

「第3話で構築した密輸ネットワーク(不正規兵站線)だ。彼らは物資を運ぶだけでなく、情報を運ぶ網でもある。闇商人たちの流通ルートを使って、ALGの検閲を物理的にすり抜ける『生のデータデータ(真実の帳簿)』を、敵の焦土艦隊の各艦、そして中央の一般市民の個人端末へ直接、逆流させる」


レナードが対数円盤で計算し、闇のルートへ流したデータ。それは、鉄錆領の弁明などという生ぬるいものではなかった。

それは――『プロヴィデンスが算出した、次なる“合理的間引き”の対象星系リスト』だった。


そこには、現在、鉄錆領を攻撃するために徴募されている正規兵たちの故郷の星系が、はっきりと「生産性低下のため、十年以内に予算凍結予定」とナンバリングされていた。


#### 3


情報の逆流は、劇的な効果をもたらした。


焦土艦隊の旗艦のブリッジで、出撃を待っていた前線の指揮官や兵士たちが、各自の個人端末に届いた暗号化データを開いた。そこに記されていたのは、完璧なAI『プロヴィデンス』の署名が入った、自分たちの故郷を見捨てるための「未来の帳簿」だった。


「これは……どういうことだ? 俺たちは正義のために戦っているはずだぞ?」

「鉄錆領の次は、俺たちの故郷が『非効率なバグ』として消されるというのか!?」


洗練されたプロパガンダという名の化粧が、剥き出しの「自己保身エゴ」という現実に直面した瞬間、兵士たちの強固だったはずの「信念」は、一瞬にして消し飛んだ。

国家やAIのために死ぬことはできても、自分たちの家族や権利が切り捨てられるのを見過ごせるほど、人間は殊勝にはできていない。


前線へ進軍するはずだった焦土艦隊の動きが、目に見えて鈍り、やがて各地で「作戦の一時凍結」を求める下級将校たちの突き上げが始まった。完璧に管理されていたはずの軍の統制が、内側から瓦解し始めたのだ。


「報告します! 焦土艦隊の三割が反転、または進軍を停止! 中央の市民からも、プロヴィデンスの予測モデルに対する開示請求と、激しい抗議デモが発生しています!」

ALGの中央監査神殿では、官僚たちが悲鳴を上げていた。

「なぜだ! 敵は通信を断っていたはずだ! どこからこれほどの内部機密が流出した!?」


「答えは単純だ」

静まり返った鉄錆領の基地で、レナードは対数円盤をポケットに収めた。

「君たちは『全体最適』という正論で民衆を飼い慣らしたつもりだろうが、人間という生物の根底にあるのは、どこまでも泥臭い自尊心と生存本能だ。自分たちが間引かれると知れば、檻の鍵を壊してでも暴れ出す。それが、君たちが計算から除外した不条理バグの正体さ」


恒久平和など人類の歴史になかった。

しかし、偽りの神が敷いた完璧なルールの檻を、凡人たちの剥き出しの本能が内側から食い破る凄惨な劇は、今まさに始まったばかりだった。


(第6話・完)

第6話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、ALGが仕掛けた宇宙規模のプロパガンダと焦土作戦に対し、レナードが「敵自身の未来の帳簿」を逆流させることで、その正義の仮面を内側から爆破する一戦でした。

どれほどお上品な綺麗事で包もうとも、国家やシステムが「効率」のために個人を切り捨てるという本質を突きつけられれば、大衆の盲信は一瞬で瓦解します。特定の天才やAIに思考を委ねた組織が、いかに「自己の利益の矛盾」に対して脆弱であるかを示す、実務家ならではの戦略的勝利です。


しかし、背水の陣に追い込まれたのはALGの最高幹部たちも同じです。嘘が通じず、軍の統制すら失いかけた彼らは、ついに最終手段――三百年間眠っていた天才マクシミリアンの真の遺産である【神罰の要塞ディエス・イレ】の強制再起動へと手を伸ばすことになります。


次なる第7話、銀河の戦場そのものを凍結させた悪魔のシステムが、再びその目を覚まします。これに対し、レナードはどう立ち向かうのか。

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