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パーティをクビになった荷運び、実はアイテムボックス容量が無限だった ~王国軍の補給を一人で支えています~  作者: 水原伊織


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最終話 無限の補給

あの狂騒の日々から、早いもので五年という歳月が流れた。


王都は、いや、王国そのものがかつてないほどの発展を遂げていた。


国内の主要な街道はすべて頑強に石畳で再整備され、王国兵站局が管理する一大物流網は今や世界中のあらゆる国々へと張り巡らされている。


飢えに泣く者は一人としておらず、領土を巡る不毛な戦争すらも過去の遺物となった。


そして、かつて世界を喰らい尽くそうとしていた漆黒の存在たちは――今や広大な農地を自慢の怪力で耕し、山脈のような倉庫を建て、大陸間の物資運搬を嬉々として手伝っている。


平和だった。本当に、五年前の誰もが信じられないくらい、優しく穏やかな平和がそこにはあった。


「局長――っ!!」


朝一番。


王国兵站局の局長執務室へ、いつものように職員が息を切らせて駆け込んでくる。


俺は机の上の膨大な書類データから顔を上げた。


「朝からどうした。またパンが売り切れたか?」


「いえ! 第五十七倉庫が物資で満杯になりました!」


「……またか。なら、隣の第六十倉庫へ回せ」


「それが、そっちもすでに満杯です!」


俺は小さくため息を吐く。


五年が経ち、世界がどれだけ平和になろうとも、俺の仕事だけは一向に終わる気配がないらしい。


その時、執務室の大きな窓の外で、ゴゴゴと巨大な鋼鉄の影が動いた。


二代目砦喰らいだ。自慢の建築能力と圧倒的な効率性を買われ、今では王国兵站局・建設部門の最高責任者に収まっている。


『――局長』

「なんだ、二代目」

『倉庫が足りないようだな。……よし、裏の荒野に、さらに百棟ほど倉庫を増やすか?』


相変わらずの、いつもの(・・・・)極端な提案だった。

俺は苦笑しながら、手元のペンで窓を指差す。


「ほどほどにしておけよ。建築許可の書類を作る俺の身にもなってくれ」

『任せろ。頑丈なやつを建ててやる』


全く任せたくない返事だった。

今夜も書類仕事で徹夜になりそうだ。


その時、コンコンと控えめな音がして執務室の扉が開いた。


入ってきたのは、見事なドレスを身に纏った王女――いや、先代の跡を継ぎ、今ではこの国を統べる立場となった『女王陛下』だった。


だが、本人のどこか悪戯っぽい佇まいは相変わらずだった。


「お忙しそうですね、レクト局長」

「いつも通りですよ、女王陛下」


女王はくすくすと微笑むと、俺の隣まで歩み寄り、静かに窓の外を見つめた。


そこには、活気に満ち溢れた美しい王都の街並みがある。


遠くには青々と茂る巨大な大農園、さらにその地平線の向こうには、人間たちと共生を始めた世界喰らいたちの巨大な集落が見えた。


誰もが、穏やかに笑い合っている。


「……本当に、いい国になりましたね」


それは、祈るような、静かな声だった。


俺も同じように窓の外の景色を見る。


確かにそうだ。


五年前、勇者パーティを「無能な荷物持ち」として理不尽に追放されたあの日の俺には、こんな未来は想像すらできなかった。


ただ、求められた物資を運んでいただけだった。


ただ、後ろから仲間たちを、世界を補給していただけだった。


それだけのはずなのに、気づけば俺の歩んできた軌道の先に、こんなにも優しく輝く景色が広がっていた。


その時、女王が少しだけ視線を落とし、悪戯っぽく笑った。


「――後悔して、いますか?」


不思議な質問だった。

俺はほんの少しだけ、これまでの道のりを振り返る。


理不尽な追放、命がけの戦争、そして世界喰らいとの遭遇。


いろいろなことがありすぎた。


だが、答えなんて、最初から一つしか用意されていない。


「……していませんよ。全く」


俺が即答すると、女王は本当に嬉しそうに、満足そうに微笑んだ。


そして、それ以上は何も言わず、そのまま静かに執務室を後にする。


去り際、パタンと扉が閉まる直前、彼女が小さく呟いた声が耳に届いた。


「――それなら、良かった」


聞こえないふりをした。


たぶん、お互いに、それがちょうどいい距離感なのだろう。


----


夕方。


ようやく一日の書類仕事を終えて、俺は兵站局の庁舎を出た。


王都に吹き抜ける夕暮れの風は、とても心地良い。


中央市場は今日も遅くまで賑わっており、お馴染みのパン屋の前には長い長い行列ができていた。


その最後尾には、相変わらず数メートルのサイズに縮んだ世界喰らいたちが、ソワソワと行儀よく並んでいる。


本当に、何も変わらない日常だ。


すると、一人の小さな少年が、俺の制服に気づいてキラキラとした目を輝かせながら見上げてきた。


「あ! 兵站局長さんだ!」


「ん? どうした、少年」


「僕ね! 将来、大きくなったら絶対に局長さんみたいな『荷運び(・・・)』になるんだ!」


その純粋な言葉に、思わず吹き出すように笑ってしまった。


昔なら、そんな地味で目立たない職業を目指す子供なんて、この世界のどこを探してもいなかっただろう。


だが、今は違う。少年は小さな胸を張り、力強く言った。


「だって、後ろからみんなを支える荷運びが、世界で一番すごいから!」


「そうか。待ってるぞ」


俺が頭を撫でてやると、少年は嬉しそうに笑って元気に走っていった。


俺はしばらくの間、その小さくも頼もしい背中を見送った。


それから、ゆっくりと空を見上げる。

どこまでも高く、どこまでも青い空。


かつて黒い霧に覆われていた世界は、今、これ以上ないほど美しい。


これからも、倉庫は増え続けるだろう。

物資も、注文も増え続ける。


俺の仕事が終わる日なんて、きっと来ない。

明日も忙しいし、明後日も、その先もずっと、俺は書類と在庫の山に埋もれているはずだ。


だが――それでいい。


世界中の誰かが、それを必要としているなら。

俺はどこまでだって運び続ければいい。

すべてを満たすように補給し続ければいい。


それが、荷運び(レクト)という男の、唯一無二の仕事だからだ。


----


その時だった。


遠くから、市場の喧騒を掻き消すような叫び声が聞こえてきた。


「局長ーーーーーーっ!!! 大変です!!!」


(……ああ、やっぱり、嫌な予感しかしない)


ガシガシと頭を掻きながら振り向くと、兵站局の職員たちが、何かの書類を掲げながら全力でこちらへ走ってきている。


「今度は一体何があったんだ!?」


職員は俺の前で膝をつき、激しく息を切らしながら絶叫した。


「各国からの注文と、第二農場の収穫が重なって……在庫が増えすぎました!! もうどこにも入りません!!」


俺はもう一度、茜色に染まり始めた空を見上げた。

そして、本日何度目か分からない深いお荷物ためいきを吐き出す。


その隣で、地響きを立てて二代目砦喰らいがゆっくりと立ち上がった。その双眸が怪しく光る。


『――局長。やはり、倉庫を増やすか?』


やっぱりそれか。

あまりのブレなさに、俺は思わず大声で笑ってしまった。


世界も、人も、時代も変わる。

だが、どれだけ時が流れても、決して変わらないものだってあるのだ。


だから、俺は最愛の相棒プラントに向かって、最高の笑顔で答えた。


「――ああ。頼む、二代目! 最高の倉庫を建ててくれ!」


二代目砦喰らいが、満足そうに駆動音を響かせて深く頷く。


沈みゆく美しい夕陽が、活気あふれる王都の街並みを、優しく、温かく照らしていた。


世界は今日も、どうしようもないほどに平和だった。


そして――世界がある限り、レクトの補給デリバリーが終わることもまた、絶対にないのである。


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