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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第4章-Artist-

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第71話「Enigma to Stigna」


 それから数日。

 仮初の安寧を取り戻し、仲間たちにも会話をする余裕が生まれ、笑みを浮かべるゆとりも出来た。


 ずきりとする心を無視して、二人きり、部屋でぐうたらとしていると、戸をノックする音が聞こえる。


「少しいいか、話がある」

 マイケルが顔を出してきたので、俺は軽い仕草で起きる。


「あいあい」

 気怠げに返事をして立ち上がろうとした俺を手で制し、彼は首を振った。


「いや、2人ともだ」

 マイケルはハンナの方にも目を向けた。

 俺とハンナは顔を見合せて、不思議そうにマイケルについていった。


 リビングにはビルとエミリーがなにやら会話をしており、俺らが来たことで勢揃いといったところだった。


 俺とハンナもソファに座り込み、マイケルの方を見る。

 全員の視線が彼に集まる中、彼は口を開いた。


「さて、そろそろエドワードの支配から逃れる方法を本気で考えなければならない」


 やはりと言うべきか。

 いつまでも生温い雰囲気に微睡んでいる場合では無い。

 彼らならそう思うに決まっている。


「……」

 俺は無言で頷き、先を促した。


「つってもよォ。ヤツが実体を持たねぇんじゃこっちにだって取れる手段がねェぜ」

 ビルが頭を掻きむしりながらぼやく。


「ハッキングしかないかも〜?」

 エミリーも腕を組み、首を傾げた。


「その辺を含めて話し合う必要がある。あの男の魂を殺すためにも」

 マイケルの冷徹な声が響いた。


 その言葉には、一切の妥協を許さない決意が込められている。

 彼はふと視線を横に向けた。


「ヨハンナ嬢には大変申し訳ないが……」

「いいえ、大丈夫。あんなものは、父でもなんでもないから」


 ハンナの声に揺らぎはない。

 既に過去を断ち切ったと言わんばかりの鋭い光がその瞳に宿っていた。


「だが、その前に。やるべき事が残っている」


 マイケルは言葉を区切り、俺たち一人一人の顔を順番に見回した。


「我々の中に、“サム”がいないかということだ」


「……すり替わって操られているヒューマノイドか」

 俺が重々しく呟くと、マイケルは頷いた。


「言うなれば“Machine In the Ghost”。長いので便宜上、『MIG』とでも呼んでおこう」


 クールな呼び名だ。

 採用だな。


「アートの親父もそのMIGってヤツで、それにサム。ンで、アイツの言葉を全部信じるならスミスだってそうって事だろ?まァ、確かにオレらの中にもいたって不思議じゃねェか」


「アーサーを殺したあの暗殺者も、恐らくMIGの一種だったんだろう」


「確かめるのはいいけど、それってつまりさ〜……」


「見つかり次第、私たちの誰かを殺さなければならない、ということね」


 ハンナがエミリーの言葉の先を、冷酷な事実として言い放つ。

 リビングの空気が一気に重くなった。


「ま、殺さなきゃならないかはさておき、やるしかないな。皆だって周りに迷惑かけてるかも、なんて思って生きてるの嫌だろうし」

 俺は努めて平坦な声を出した。


「何度か会ったけどよ。サムをスキャンしたってMIGだなんて分からなかったぜ。なら、テメェをかっ捌いてオマエらに血肉を見せるしかねぇってか?」


 ビルが自らの腹をかっ捌く仕草をしてちゃらける。


「少なくとも一部を貫通させる必要があるな」

「マジかよ。なら銃で左手でも撃つか?」


 ビルの投げやりな提案。

 だが、誰もそれを笑って否定できない。


「いいんじゃない〜?なんか楽しそうじゃ〜ん」


 エミリーが強がりからか皮肉った笑みを浮かべる。

 彼女は腰元のホルスターから小型の拳銃を引き抜き、テーブルの上に置く。


「でも、あんまり痛いのは嫌だからこれね〜」

「レディ用の銃か。悪くないな」

「……」


 そう言いつつも俺は、黙ったままのハンナを見た。

 真剣な表情で、生唾を飲み込む彼女を。

 生身の彼女にとって、至近距離から放たれた弾による銃創は大きな後遺症が残りかねない。


「あぁ。でもハンナはわざわざ撃たなくてもいいんじゃないか?君はネイキッドなのは分かりきったことだし――」

 俺の制止より早く、彼女は机上の銃を手に取った。


 驚いて言葉が詰まった時には、彼女は左手に向かって銃口を向けていた。

 乾いた銃声がリビングに響き渡る。


「……っ!」


 硝煙の匂い。

 ハンナの左手から、赤黒い血が床へ滴り落ちる。

 彼女は苦痛に顔を歪め、喘ぎながらも、不敵に笑ってみせた。


「……ふ、ふふふ。これで私が人間って証明出来た?」

「――えぇ。これ以上はない」


 マイケルが静かに認める。


 だがその裏で、俺は危機感を覚えた。

 このまま俺らはどこへ向かうのだろうかと。


 勇気と狂気の境界線を綱渡りして、復讐と正義を掲げた俺たちの終着点は、一体、どこにある。


「先越されちゃったけど〜、ならアタシも女見せる時かな〜」

 エミリーはこなれた手つきで銃を持ち、左手をひょいと撃ち抜いた。


「はい。どう〜?」

 苦痛に耐えるように左目を瞑り、顔を歪めながらも、彼女は気丈に振舞った。

 華奢な手からは鮮血が滴る。


「完璧だ」

 再びマイケルは頷いた。


「淑女にここまでされちゃ黙ってらんねェよな!」

 ビルはエミリーから銃を取り上げ、即座に左手を撃ち抜く。


「ホレ、どうよ」

 硝煙の匂いが濃くなってゆく中、ビルは痛みなど知らぬドヤ顔でマイケルに手を突きつける。


「人だ。間違いない」

 マイケルがそう言うと、みんなの視線は俺の方に向く。

 無言の圧を受けて、俺はビルから渡された銃を受け取る。


「あーはいはい。逃げないって」

 俺は銃を流れるままに構え、自らの左手を撃ち抜いた。


 迸る痛みに顔を歪めそうになるが、ビルの顔を思い出し、何とか目元を引き攣らせるに留めた。


「ほら」

 血塗れの左手を掲げると、マイケルは満足げに頷いた。


「よし、残るは私だけだな」

 ここまで来るとどうやら紛れてはいないのだろうという雰囲気が場を充満させる。


 マイケルは自身の左手に向けて、俺が渡した銃のトリガーを引いた。


 発砲音。

 確かに彼の手からは血が吹き出た。


 だが破れた肌のその奥に見えたのはピンク色の血肉ではない。

 窺うのは銀色の骨格だった。


「オイオイオイオイ」

 ビルが面倒くさそうに片眉を上げる。


「嘘っ」

 エミリーもこれには堪らず声を上げた。


 俺とハンナも、彼の手を見つめ絶句する。

 まさか、マイケルがMIG?


 ならば何故自発的にこんな手段を取らせた?

 それすらもエドワードの作戦のうちか?


 様々な思考を張り巡らせる。

 彼ぐらいの有能な男がMIGであるのなら、いつ入れ替わりを起こしているのか。


 だが俺らの混乱にも一切の表情も変えず、死んだ表情筋を微動だにさせないまま、彼は確かに言った。


「――冗談だ」

 張り詰めた空気をわざとらしいほど呆気なく断ち切る。


「は?」

 間の抜けた声が口から漏れた。


「実は私は両腕を完全に改造している。実際はこの通り」

 彼は銃を置き、ナイフを使って腹部の一部を深めに切りつける。

 そこには確かに人の血液が通っていた。


「人だ」

 そうして彼は肩を竦めておどけてみせた。


「……どうした?これは笑いどころというやつではないのか?」


 突拍子もない彼の発言に一同は唖然とする。

 心に浮かんだこれは呆れだろうか。


 いや、それを通り越してくるこの感情は安堵の気持ちだ。


「こんな時に脅かさないで!」

 ハンナが怒声を上げる。


「あー、焦った」

 へたり込んだ俺を見て、ビルが大きく笑い出す。


「ハッハッハッハ!やるじゃねェか!」


「なんでそんなことすんの〜!」

 安堵からか、エミリーが頬を膨らませてマイケルを睨んだ。


「この左手の傷が一種の儀式だろう?今後何があろうと、我々の中で左の手の甲が綺麗な人物は偽物ということになる」


 マイケルは意に介さず、淡々と事実を告げた。

 その言葉に、全員が改めて自らの血塗られた左手を見つめる。


 痩せ我慢をしているが、見れば見るほど痛みの強度が増していく。

 この痛みも、MIGでは無い証拠と言えば証拠かもしれないが。


「仲間の証ってことね〜」

「平たく言うとそういう事になる」


 エミリーが痛みを堪えるように笑うと、マイケルが小さく頷きを返した。


「後先考えずに撃っちまったから、まずは応急処置しねェとな。特にハンナはオレらと違って痛覚抑制も無ェだろ?」

 自身の左手を振って血を払いながら、ビルが周囲を見渡す。


「救急箱がその辺りにあったはず」

 俺は立ち上がり、戸棚の方へと歩いていった。

 それぞれが包帯や消毒液を手に取り、無言で互いの手当を進める。


 医療の進歩は凄い。

 手の銃創くらいであれば、この家の救急キットで一週間もあれば治ってしまう。

 痛みを我慢して、()()()()()()()()()今はあまり銃弾も怖くないんだな。


 もちろん、完全に見た目が元通りになるには高い金を出して病院に行かなきゃならないけど、再生を加速させる程度ならこれで十分だ。


 包帯を取ったあと出来上がった傷跡は、“仲間の証”になる。


「痛むけど、これで一安心?」

「治るまで安静にしていれば、これで大事にはならないはずだ」


 マイケルが手際よく自身の腹部を止血しながら答える。


「ッし、ならこれから――」

 処置を終え、気合を入れ直したビルが手を叩いた。


「俺はパスで」


 俺の口から出たひどく無機質な声が、少しだけ温まりかけていた部屋の空気を再び冷え込ませた。


 皆の胸元にはアートの遺灰。

 そして今度は左手の傷。


 次はどんな狂気を孕めば奴に勝てる?

 2戦2敗。負け続きだ。


 エンジェル事件だって、やつのシナリオだ。解決するように物語が出来てたんだ。

 今まで報酬で得た金だって、ゲームのキャラの金策程度の話だろう。


 もう沢山だ。

 何も失いたくないなら、何もしなければいい。


「ぁン?」

 ビルは怪訝な顔を向ける。


「お前らに迷惑はかけないように人である証明はした。もう、俺は降りるよ」


 包帯を巻いた左手を隠すようにポケットへ突っ込み、俺はただ事実だけを告げるように言った。


「本気かよ」

「あぁ、もう無駄だよ。あんなのに立ち向かおうとしたのが馬鹿だったんだ。諦めて、仮初の幸せを享受した方が余程、人生を謳歌出来る」


 自嘲気味に笑い、俺は彼らの視線から逃れるように目を明日へ向けた。


「そんなもので満足か?」

 マイケルの静かだが重みのある問いが刺さる。


「満足か満足じゃないかなんて、もうちっぽけな指標だ。抗いようがないものに抗ったって、それは利口とは言えない」


 自分自身に言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出す。


「姉御の事ァいいのかよ」

 ビルの放った一言に、俺の肩が僅かに強張った。


「……もう、過去の話だ」

 奥歯を噛み締め、なんとか感情の揺れを押し殺す。


「アートの事は諦めるの〜?」

「……最低限の弔いはした。あとは気持ちの問題だ」


 エミリーの悲しげな声が背中を叩くが、振り返ることは出来なかった。


「あの男が許せるの?」

 ハンナの射貫くような視線が俺を捕らえる。


「……それを決めるのは俺じゃない」


 たまらず視線を逸らし、俺は会話を強制的に終わらせるべく息を吸い込んだ。


「――とにかく」


 重い足を動かし、出口へと歩き出す。


「俺はもう疲れた。降りるよ。邪魔はしない」


 皆に背を見せる。


「じゃ」


 誰の顔も見ずにそう言い捨てると、後ろからマイケルの声が引き止める。


「待て」


「なんだよマイケル。俺は頑固だ、知ってるだろ?」

 苛立ち混じりに答える。


「……私は昔、君の姉に会ったことがある」


 拍動が増す。

 思いがけない言葉に、思考が数秒停止した。


 遥か白い部屋に閉じ込められた感覚に見舞われ、俺の意識の輪郭だけがハッキリと写る。


 先程まであったビルたちの息遣いが今や遠い昔に聞こえ、左手の傷ばかりが喚くようにジリジリと強調された。


「……は?突然なんだよ。今までそんなこと一度も言ったことなかったろ」

 思わず振り返ると、彼の視線は真っ直ぐ俺を見据えていた。


「知らなかったからだ。彼女が君の姉だと知らなかった」

 マイケルの表情には、一切の嘘や冗談の気配がなかった。


「話が見えてこない。何が言いたいんだよ」


 去ろうとしていた俺の足は、完全にその場に縫い止められていた。


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