高地3
高地に澄んだ高らかな声が響き、北から黒い影が飛んできた。
黒い影は見る見る討伐軍の陣に近づき、陣の上空を左から右に横切った。
澄んだ吠え声を、その黒い影が上げ続けている。
「竜だー! 黒い竜だぁー!」
その声に中央の天幕から聖教会の者と王たちが飛び出した。
二対四枚の羽を羽ばたき、巨大な黒い竜が上空を旋回する。
その背には濃茶色の髪をなびかせ、白い革鎧姿の女性が右腕を高く突き上げて乗っていた。
黒い竜は数回上空を旋回したあと、距離を取って討伐軍本陣正面に対峙して浮かんだ。
黒い竜が澄んだ高い吠え声を一声上げた。
北から、ふたたび影が飛んできた。
さまざまな明るさの赤い竜が二頭一組になり、百を超える組の竜が、きらきらと光を反射する大きな箱型の塊を綱で吊るしていた。
「あんな数の竜が!」
「なんだ! なにか持ってる!」
「あの数! あの大きさ!」
浮かんでいる黒い竜の後ろに緩やかに下降し、次々と箱をおろした。
箱の前面が大きく開き、中から武装した者たち、兵士たちが降りてきた。
ある者は額から角を生やし、ある者は大きな耳に尻尾があった。
全ての兵士が揃いの黒い革鎧、黒いベレー帽を身につけている。全員が長い槍を天に向かって携えている。
別の箱からは青い革鎧、青いベレー帽、短躯、多くが両刃の斧を持っているドワーフの兵が出てくる。
さらに別の箱からは白いベレー帽、白い革鎧、長弓を背負ったエルフの兵が降りてきて、最前列に整列した。
いずれも颯爽としていて、きれいに隊列を組んだ。
「あれが魔王軍?」
「……いや、醜い化け物のはずだ」
「ああ、醜い巨人たちと聞いたぞ」
「……数は多くない。大丈夫、数は多くない」
「……しかし、あれは。相当訓練してるし、武器もよさそう……」
討伐軍のあちこちから、ざわめきが起こった。
黒い竜が高らかに、今度は二声澄んだ吠え声を上げる。
北から明るさの違う茶色の竜が、十頭以上で三角を形作って並んで飛んでくる。
色とりどりの煙を後ろに引きながら、討伐軍の上空を左から右に横切り、旋回し、一斉に分かれては合流する。
一糸乱れぬその動きに、討伐軍はぽかんと口を開けて空を見上げたままだった。
最後に大きく旋回すると、煙が止まり、黒い竜の後ろに並んで浮かんだ。
黒い竜が高らかに三度吠える。
北から雲が湧くように影が飛んできた。
全てが竜だった。
群れは数頭、数十頭で複雑な形を作って飛んできた。
地面スレスレに飛ぶもの、大きく円を描くもの、急上昇と急降下を繰り返すもの。
だが衝突することなく、まるで空で踊りを踊っているように規則的な動きで飛んでいる。
空を埋め尽くすような数の竜が、黒い竜の後ろに浮かぶと、竜たちが澄んだ声を長く上げた。
「馬を落ち着かせろ!」
「あんなに……あんなに……」
「無理! 無理だ! あんな数の竜に! 叶うわけがない!」
「……なぜだ……なぜ、あんな竜がどこから湧いた?」
「おかしい! 主座! 主座! 魔王軍は烏合の衆じゃないのか!」
「ああ、どの記録にだって、化け物がむやみと突っ込んでくるだけとあるはず! あれは、あれでは軍隊ではないか!」
王たちが司教や司祭に詰め寄った。
その時王たちの前に小柄な人影が進み出て、マントを脱いだ。
無帽で、濃藍に金ボタンと記章の並んだ上着、白いスラックスに黒いブーツ、翻る黒いケープの裏地は鮮やかな赤。右腰に金の短剣、左腰に黒い剣を佩いている。
「やあ、エウスタキオ主座、遅れた?」
「エルク様!」
「王様たち、いろいろお話したいことがあるんだけど、どうやら戦場の兵士の皆さんにも一緒に聞いてもらったほうが良さそうだよね」
エルクはそう話しながら、ゆっくりと浮かび上がった。
「浮いた?」
「……人が浮く? 飛んでいるのか?」
エルクは天幕から離れ、魔王軍に向けて一定の高さで飛んだ。
「飛んでる!」
「子供が飛んでるぞ!」
「何だ? あれは! 子供が空を飛んでいる!」
戦場からどよめきが聞こえてきた。
エルクが討伐軍と魔王軍の中間で停止すると、空中にエルクの姿が大きく映し出された。
「みなさん、こんにちは。初めまして、僕はエルクです」
宙に浮いている子供が右手を胸に当て左腕を下に伸ばしてお辞儀をすると、空の大きな子供も一緒に動き、その声は戦場全てに届いた。
「僕は聖剣を発動し、聖教会に『勇者』と認められました。これがその証です」
エルクは左腰の黒い剣を抜き、空に掲げた。
黒い剣は白い光を溢れさせ、討伐軍から大きな歓声が起こった。
「おお! 白い光!」
「聖剣だ!」
「勇者だ! あれは勇者だ!」
「さて、僕は王様たちと兵士の皆さんにお伝えしたいことがあります。この方をご存じの方もいるでしょう」
空の子供に変わって、王たちが映った。
「これは皆さんの王様たちです。王様方、今、この時のあなた方が映し出されているのがおわかりですか?」
王たちは隣を見たり、手を上げ振ってみたりして、空に映る姿が自分たちであると気がついた。
「真ん中にいる、ひときわ豪華な金糸刺繍の方、聖教会の頂点、エウスタキオ主座です。これは、今、現在を映していますが、過去の事も映し出せます。先日、僕と会話したエウスタキオ主座です」
こちらを向いた椅子に座るエウスタキオ主座が大映しになり、エルクの声が響いた。
『魔王と勇者のそもそも。あれを聖剣に使うことを考えた人の資料があればなにかわかるかも。誰が考えついたの?』
『……始まりの主座、初代主座のセロ様です』
『へー、セロ様ねー。その人、何考えてたのかなぁ。あれを聖剣として使うのなら……。その人について教えてよ。その人が何を考え、どうして聖剣にしたかとか、通路とか、魔王城とか。どこかに手がかりがあるかも』
『かしこまりました。……事の始まりは初代主座セロ様が、魔王を作り出したところから始まります』
『魔王を作り出した?』
『はい。太古種研究をしていたセロ様は、太古種の実験生物を使い魔王を作り出し、勇者を作り出して、世界の権力を握ることを考えられたのです』
「はい、一時停止! 驚きでしょ? 魔王は聖教会の初代主座、セロが作ったものだったんだねぇー」
王たちは隣のエウスタキオ主座を見つめて、一歩離れた。
『勇者も? 勇者も作ったの?』
『はい。作り出した魔王には強大な力が備わっていました。対抗させるために勇者を作り、太古種の武器で討伐するようにしました。普通の武器で魔王を倒してしまうと、復活しなくなってしまいます。肉体だけを滅ぼすことができる太古種の武器、聖剣を使い、魔王が復活できるようにしたのです』
「はい停止! 魔王の復活も聖教会セロ主座が考えたことだったんだね」
『魔王と勇者を作り出し、聖剣で討伐させる……どうやって勇者を作ったの?』
『はい、聖教会の地下にある太古種の遺産に生物の魔力量を増大させる物がありました。……現在は壊れてしまい、新しい勇者を作るには……子供に魔石を埋め込む方法しかなくなりました。いまは貧民たちの子供を手に入れ、魔石を埋め込んで実験していますが、なかなかうまくいかず、子供がすぐに死んでしまうのです』
『……どのくらいだ。どのくらいの子を殺してきた』
『……何千人と。エルク様が、新しい勇者が生まれましたが、次の勇者のために実験は続けなくてはなりません。太古種の聖剣では、魔王を倒せば勇者は死んでしまいます。エルク様の聖剣がどのようなものか結果が出ていません。今後も実験は必要でしょう』
動きを止めたエウスタキオ主座の姿が、王たちと一緒にいるエウスタキオに変わった。
エルクがエウスタキオ主座に確認した。
「聖教会が魔王を作り、勇者を作って討伐させ、再び復活させた。間違いないか、エウスタキオ主座」
「はい。間違いありません。人間の、世界のためを思っておこなったことです」
「なぜ、セロの野望、魔王と勇者の戦いで世界の権力を握ることが、世界のためになるのだ?」
「セロの……セロ様の……野望? ……いいえ……それは……」
「いくら聖教会を創設した者の望みでも、なぜはるかな時が過ぎてもその野望を、後継者が持ち続けられる? 教典か?」
「……いえ……教典などは……」
「おまえ! エウスタキオ主座! その身に、初代主座、セロを宿しているな!」
「初代? 初代主座を宿す?」
「……なんのことだ?」
エルクの糾弾に、王たちがお互いを見合った。
「太古種の技に、魂を転生させずに、新しい宿主に移し替えるものがあった。お前はエウスタキオの身体を奪ったセロだな!」
「……わ、わたしは……エウスタキオ……セロ様では……な……」
エウスタキオは胸元を強く押さえた。その口の端からは長く涎が垂れた。
「なぜ、魔王と勇者を生み出した! 答えろ! セロ!」
うつむいたエウスタキオから低い声が漏れた。
「……のためだ……人の世を平和に……人間の……人間の世界を平和にするためだ! 人間だけでよいのだ! この世に生きるのは人間だけでよいのだ! 蛮族や獣人、魔族などいらぬ! 愚かな劣った種族を滅ぼし、人間だけが生きればよいのだ!」
エウスタキオは顔を上げ、大声で言い放った。
「わたし、セロが望むのだ! 人間だけが優れている! 優れた人間だけがいれば、後はいらぬ!」
王たちがさらにエウスタキオから下がって距離を取った。
「わたしが、このセロが、人間だけが生きるよう聖教会を作ったのだ! 他の種族を滅ぼすために聖教会はあるのだ! 魔王を作り、それに従う者たち、悪として滅ぼすのだ! 聖教会と勇者に忠誠を誓う人間たちだけで生きる。他の種族はいらぬ……聖教会に従わぬ者もいらぬ……永遠に聖教会が人間を治め、人間だけの世が永遠に続くのだ、変わることなく永遠に聖教会の世が続けば!」
「王たちよ。見たか? 聖教会は、セロは、魔王を作り勇者を作った。その目的は人間だけが生きる世を作るためだ。その人間にも干渉したのだろう? 王家にも!」
「いらぬ! 聖教会に逆らう王などいらぬ! 人間以外の血が入ってはならぬ! 不適格な者は始末する! 王家であろうと聖教会に逆らう者は全て始末してきたのだ。排除し、殺してきた! 聖教会に逆らってはならぬ! 従順に従うのだ!」
「「「……」」」
エルクが王たちを見て伝えた。
「聖教会に詳細な記録が残っていた。エルフやドワーフ、獣人、魔族と婚姻した王とその一族を殺した大量の記録が。……聖教会内や、魔術師、学院の博士、世を良くしようと改革を志した者、太古種を研究しようとした者も全て殺してきた記録が、詳細な記録が残されていた」
「必要なのだ。人間の世を、今の世を、このまま永遠に保つために。変化など、いらぬ!」
エウスタキオは焦点の定まらぬ目で周りを見渡した。
「さて、王たちよ。これでも魔王と勇者の不毛な戦いを、永遠に続けたいかい? 魔王と魔王国はそれを望まないけど、どうする? 王よ、どうする?」
フラゼッタ王国王太子がエルクに答えた。
「望まない! フラゼッタ王国は望まない! ……エルク、争いなど無益なことだ!」
「ノルフェ王国も望まぬ! いつも不安に押しつぶされそうな領民が、安らかに生きる方を選ぶ!」
王たちが口々に「否」と言いたてた。
空中に映るエルクにベランジェが尋ねた。
「……だが、勇者エルク、あれを見ろよ。あの竜たちと魔王軍を。戦えば我らでは勝てない。皆殺しになる。……『魔王と魔王国はそれを望まない』とは本当のことなのか? 誰が、それを保証するのだ。勇者エルクがか?」
空に大映しになったエルクが、両腕を広げ討伐軍に向けて宣言した。
「ああ、ベランジェ王太子。僕が保証しよう。『魔王と魔王国はこの不毛な戦いを望まない』……。魔王国を代表する者として。あの魔王軍を、竜たちを統べる魔王として。……この僕が、魔王エルクが保証しよう」




