番外編 哀しみの瞳
この物語は、大きく本編に関わっています。
「ウヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
燃え盛る火炎の中、少年は叫ぶ。
涙が流れ落ちると共に、こみ上げてくる憎しみ。怒り。
紅い空を見上げ、少年はこう言う。
『殺してやる……何もかもォ……全て!! 殺してやる……――!!!!!!』
「その言葉に偽りはないな。」
突然、少年の後ろから声がする。
少年は振り返る。
強い風が炎の波を揺らす間から、長身の男が現れる。
「力がお前の望みを叶える。お前は力を望むか?」
……力が欲しい!! 俺には力がない!! 力が、力さえあれば!!
その日少年は、全てを失った。そして、力を手に入れた。
「転校生を紹介する。」
中年で少し丸く、表情は堅いが、軽い感じのオーラを漂わせた男教師、長谷川が、めんどくさそうに言う。
「え、転校生?!」
「マジでぇ!」
「こんな時期に転校生なんて珍しいね。」
F高校2年Fクラスの生徒たちは、口々に期待と喜びの言葉を出す。
「はい静かに! それでは入ってきてもらおうかな。」
ガラッ
生徒全員が驚いた。
何故ならば、『転校生』である男の両目が閉じられていたからだ。
教室は静まり返る。
転校生の男は、何の不便さも感じさせない様に歩く。
教卓の前まで、一切の迷いなくたどり着く。
「自己紹介をしてくれるかな。」
「ハイ」
開口一番に、爽やかな返事。
転校生は涼しい笑顔で言う。
「俺の名前は七宮涼貴。親の仕事の都合でこちらに引っ越してきました。前いたところとは全く違う雰囲気な街で、戸惑うところも沢山あって、皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれませんが、どうかよろしくお願いします。」
七宮は、丁寧にお辞儀をした。
「それでは質問タイムと行こうか。」
「ハイッ」
丁度真ん中の席で、元気に挙手をした明るい雰囲気の男。
「将吾。」
名前を呼ばれた将吾は、少し困った表情で、
「えと、なんで両目を閉じているのかな?」
それに対し、七宮は少しも表情を変えることなく、
「俺、目が不自由なんだ。だから何も見えないんだ。……でも大丈夫! 普通に歩けるし、教科書も点字仕様だから問題ないよ。それと、スポーツもそれなりにできるよ。野球とか、剣道とか。」
「そ、そうなんだ。ゴメンネ! なんか…」
「ああ、いやっ、気を落とさなくていいんだよ。大丈夫だから。」
「…ありがとう。」
少しの間が空いた後、長谷川が、
「ほかに質問のある奴は?」
「はい。」
手を肩ぐらいの高さに挙げ、少し制服を着崩した、チャラい感じの女。セミロングの髪を白に染めているため、はっきりと綺麗な顔が目立つ。
「七瀬。」
「あんたさー、なんか特技とかあんの?」
シニカルスマイルで七宮に聞く。
「えーと特技、かー。特技と言うより、得意なことなのかな。俺武道の心得があってだね、空手が得意なんだ。」
「へーホント! アタシも空手やってんだよねー。一級で茶帯。そっちは?」
「七段で紅白帯。」
「へ?」
一瞬凍りつく七瀬。
「あんた冗談でしょ? 4段以降は名誉とはいえ、3段までにたどり着くとか化物よ。」
「3段は去年取ったんだよ。7段昇格したのは、たまたま偉い人に推薦されたからで…」
「目が不自由なのよね…?」
「でもなんかわかるんだ。相手の気を感じて戦う。これが俺の戦闘スタイル。」
「……今度手合わせをお願いするわ。」
「いいよ。いつでも」
七宮は微笑んでそう言う。
「そろそろ終わりでいいかな?」
相変わらず面倒くさそうな担任。
「それじゃあホームルームは終了だ。」
「起立、礼、着席。」
ホームルーム終了の声の後に、七宮の机にFクラスのみんなが集まっては、質問攻めだ。
「ねえねえ彼女いる?」
「かっこいいよね、七宮さん。」
「空手部に入らないかい?」
「いやいやそれより卓球部に入りなよ!」
Fクラスどころか、ほかのクラスの生徒までたくさん来た。
教室は、瞬く間に溢れ返した。
1時限目は体育である。今日は空手だ。
この学校の体育館は、ほかの学校の体育館に比べてでかい。バレーコート6個分はある。
そのため、いろいろな地域行事などに使われる事が多い。
そんな体育館の上には、同等の広さの畳部屋がある。
そこで今日の体育の授業は行われる。
2年は6クラスあるため、体育授業だが、分けて授業をする必要があるのだ。D、E、Fクラスが今回体育だ。
道着に着替えた生徒達は、綺麗に整列している。
「七宮は経験者なんだってな。」
長身でスレンダーな体育教師涼宮が言う。
「はい。七段です。」
「!」
目を見開き驚く涼宮。
「本当か?」
「ええ。」
紅白帯を指して言う七宮。
「それじゃあ…七瀬! 七宮とやってみろ。」
一番右端の列の後方を指して言う涼宮。
「あ、あたしがですか?!」
「ああそうだ。こいつ、確かに先生から見てもそれなりに出来そうだが、七段となるとなぁ。それを今に確かめる。」
周囲がざわつく。
やはり、転校生の言う事をにわかには信じ難い。しかし、期待をするものもいる。
二人を囲むようにして周りにつく生徒、否、ギャラリー。
「七宮君ガンバレー! ファイトー!」
「ナ・ナ・セ! ナ・ナ・セ!」
七瀬はこの状況に対し、何故か不思議な緊張感を持っていた。
まるでそれは、空手の公式試合前のような高揚感、プレッシャー。
それに対し七宮は、至って普通で、爽やかに振舞っている。余裕だ。
涼宮は思う。
七瀬は去年から俺が教えているが、アレの才能はすごい。それを超えるものだとしたら…?
「いつでもどうぞ。」
七宮が笑む。
「本気で行くわよ……」
今の七瀬には、チャラさなどない。
一切の冗談、嘘が無かった。
二人が静かにお互いを見合うに連れ、ほかのギャラリーも静まっていった。
沈黙。
二人が、沈黙を作り出したのだ。
この状況に対し、ギャラリーの中には、手に汗握る者もいる。
あまりにも静かなため、外で小鳥が何羽か鳴いているのも聞こえる。
そんな中、先に動いたのは七瀬だった。
七宮に向かって真っ直ぐ走る。
そして正拳突き。
しかし七宮は、それをあっさりと右手で払い、御し、左の拳を七瀬の腹部に置くようにしてそっと当てる。
そう、終わったのだ。
「嘘、でしょ…こんなあっさりと。」
七瀬には分かった。
この男、手加減した…
ギャラリー達には、普通に向かって普通に御され、普通にやられたものだと見えただろう。
しかし実際は、七宮は手を抜いていた。自然に――
「君名前は?」
「七瀬…優香里。」
「いい名前だね。」
七宮は、綺麗に微笑んだ。
涼宮は驚いていた。
アイツ何者だ?! あれは目を使って、極限まで洗練し、鍛え抜いてきた者が成せる業だぞ。
それなのに、奴は目が不自由で、閉じている。なのに勝った。相当な決意と、精神があるのだろう。おそらく、過去に何かあったのだろう。でなければあんな風に…
「おいおい七瀬! 何やってんだよぉ。そんな奴、余裕だろ。」
皆が黙っている中、一人空気を読まず口をデカデカと開いたのは、F高校2年Eクラスで空手部主将、大葉大成だ。
実力はかなりあるが、唯力を単純に持っているだけである。
七瀬は大葉のことなど眼中にないが、実力は七瀬以上だ。
「おうおうオメエさんよぉ。この俺に勝たなきゃこの学校で一番つえぇことにはなんねぇんだよぉ! 七瀬倒したぐれぇで調子のんなよぉ餓鬼ぃ!」
「いや、俺は別にこの学校の一番になろうなんて…」
「テメエの話は聞いてねえんだよ!! オラ! さっさと勝負しろコラァ!!」
勝手な人だなぁ…。
素直に七宮はそう思った。
仕方ないなと七宮、
「涼宮先生。この人とやってもいいですか?」
「か、構わん。」
「それじゃあ…」
七宮が「はじめようか」言おうとする前に、
「行くぜぇ!!」
大葉が既に七宮に向かっていた。
荒々しい喧嘩殴りを七宮の鳩尾目掛けて振るう。
が、空を切る。
七宮は、大葉の後ろにいた。
さっきまで大葉の前にいたというのに。
「なぁッ?!」
大葉も驚いてはいるが、体が反応したらしく、突き出した右肘が後ろにいる七宮に向かう。
が、またもや空を切る。
七宮はどこにもいない、そう思ったのは大葉だけである。
上。上に七宮はいた。
跳び後ろ回し蹴りを胴に打ち込むものだとギャラリー達は思った。しかし、胴に打ち込むタイミングは過ぎた。まだ七宮は空中にいる。
大葉が七宮に気づいた時には、既に床に突っ伏していた。
何があった! と言わんばかりの表情だ。
七宮は、空中足払いをしたのだ。
「大丈夫ですか?」
大葉に手を差し伸べる七宮。
それが、何より大葉にとって屈辱であった。
顔をそむけ、歯を思いっきり食いしばる大葉。
「あぁ…」
悪いことしちゃったかな…と、落ち込む七宮。
涼宮はまたも驚く。
最強だ。おそらく世界中をまわってもあいつより強い奴はいないだろう。
目が見えない奴が、相手の視界に映らない戦い方をする? 聞いたことないぞぉ! そんな奴。
今回の出来事がきっかけで、七宮涼貴の株は大幅に上がった。
2ヶ月後
夏の体育祭では、七宮涼貴が最強リレーのアンカーで走ることになった。
少し前にはかった100mのタイムが11秒台だったからである。
「目が見えないのに涼貴君すごいねぇ!」「陸上部に入りなよ!」などと、皆七宮にかなり期待しているようだ。
最強リレーのメンバーの中には、七瀬も入っている。七瀬も12秒台と速い。
体育祭を控えた一週間前の放課後である今、Fクラスの皆は運動場で各々各種目の練習している。
七宮がみんなで練習しようと言ったので、Fクラス全員もちろんと頷いてくれたのだ。
運動場は4つあるので、ほかの部活の迷惑にはならない。場所は十分にあるからだ。
「七宮ぁ!準備いいわよぉ~!」
よく通る声で言う七瀬。
「よし。」
走り出す七宮。
トラックで今、最強リレーメンバーが練習しているのだ。
50m地点でトップスピードに達した七宮。
そこから全くスピードが落ちる事なく、ゴールにいる七瀬にバトンをしっかり渡した。
七瀬もそれをスムーズに落とすことなく受け取り、綺麗なフォームで走って行った。
綺麗なのはフォームだけではないのだが。
「いい感じねぇ七宮。」
七瀬がいつものシニカルスマイルで七宮を褒める。
「そうだね。これなら一位もいけそうだよ。」
「いけそう、じゃなくて! いけるのぉ! 絶対! ね。ニシシッ。」
いい笑顔で笑いかける七瀬。
「ハハハッ。」
「おうおまえら! いい感じじゃねえか~。もうキスしたのかぁ?」
「こいつらの事だからもうとっくにしたんじゃねえか?」
「ホントホント。絵になるよね~。美男美女! 私も憧れるわ~。」
「ちょ、ちょっとぉ! 皆何言ってんのぉ! あたし達まだそういうのじゃないし! そんなこともしてない!」
全力で否定する七瀬。
「まだ?」
「あっ、えと、今のは言葉のあやっていうか、なんというか…」
「もう、みんなそこまでにしてあげなよ~。」
「涼貴も涼貴で何故そこまで七瀬に~」
「みんな~」
『アハハハハハハッ!』
体育祭当日
「ここまでの成績!」
学級委員長の桜田真一が、紙をみんなに見えるように掲げる。
○1位・2年Eクラス 772点
○2位・2年Fクラス 754点
○3位・3年Aクラス 698点
○4位・3年Cクラス 683点
・
・
・
・
「残す競技もあと一つ! 最強リレーだ! これですべてが決まる! いいかチーム『速いんだぞうさん』! お前らに全てが託された! 頼むぞ!」
『ハイッ!』
最強リレーチーム『速いんだぞうさん』
■第一走者・伊藤将吾
■第二走者・田端和希
■第三走者・七瀬優香里
■第四走者・七宮涼貴
「ショウゴーォ!! 頼むぞォ!」
第一走者達は、スタート地点で各々ストレッチをしている。
将吾の顔は、少し曇っていた。
俺が、俺が、俺が、やらなきゃ…俺が!
焦っているのだ。
「よーい・・バンッ!!」
鳴り響く、乾いた音。
しまっ…!!
将吾は、スタート地点で足を滑らせ、転倒してしまった。
スタート失敗である。
『アアアァ…』
ため息。
控え所にいるFクラスからは、暗い雰囲気が生まれる。
他のクラスは、かなり盛り上がっていく。
将吾の心は、細いものになっていった。
そんな時、
「将吾! 頑張れぇ!!」
七宮の声だ。
それに続き七瀬も、
「ファイトォ!! ショウゴ!」
Fクラスが困惑する中、一人
「将吾さ~んっ!! がーんばれ~!!」
相馬智美。天然フワフワ髪もふわふわ脳内お花畑。これで説明は十分だろう。
「ほら皆さんも!」
「……頑張れぇえええい将吾ぉぉぉおおおおおおおおお!!」
野球部所属、2年にしてレギュラーを獲得。熱血馬鹿が続く。
「オラアァ!! イケぇ!!」
「ガンバァアアアア!!」
『ファイト! ファイト! 将吾! ファイト! ファイト! 将吾!!』
Fクラスみんなが繋がる。
大きく出遅れた将吾であったが、1年Eクラスと1年Fクラス、2年Aクラスを60m地点で追い抜いた。
「よっしゃあ!! いいぞお! 将吾!」
その後3年Cクラスを抜き、バトンは田端和希に渡された。
「いけえぇ! 田端ァ!!」
田端和希。陸上部。スプリンター。足が速い。イケメン。無口。
田端は安定した走りで1年A、B、Dクラス、2年C、Dクラス、3年A、B、Eクラスを華麗に抜く。
そのまま七瀬にバトンは渡った。
前の1年Cクラスとの距離は30m。
七瀬はこれを凄まじい勢いで縮めていく。
「おい! 後ろから来てるぞ藤崎!」
1年Cクラスの控え所からの声。
七瀬は競馬の馬の如く走る。
余裕で抜き、次のターゲットを定める。
3年Fクラス。
ターゲットである第三走者は、なかなかいい体格をしている。プロレスラーのようだ。
しかし、周りから七瀬を見れば、不思議とターゲットより大きく見えた。
70m地点で抜く。
七瀬は、七宮にバトンを渡す直前に美しく微笑んで、
「頼んだわよ。」
「ああ。任せろ――」
10m地点で2年Bクラスと、3年Cクラスを抜き、2位に浮上。
1位2年Eクラス、第四走者大葉大成との距離は、60m。
「ハハッ! これで2年Eクラスが…」
!
90m地点。
大葉の隣に、七宮がいた。
嘘だろ…
…………。
俺ァこいつにだけは負けたくねぇんだよォ!!
大葉は、『全力』で奔る。
97m地点。
良しッ! これで2年Eクラスが!
気がついたら、七宮涼貴がゴールテープを切って駆け抜けていた。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
沸き起こる歓声。
七宮涼貴はスーパースターだ。
ゴールし終えた七宮のもとへ、2年Fクラスの全員が駆け寄る。
真っ先に来たのは将吾だった。
「ごめん七宮ァ…ホントごめん…俺がバトンを落としちゃったから、みんなの輪を、繋がりを切っちゃった。本当にごめん! ごめんッ――」
泣き崩れ、顔を伏せる将吾。
「将吾君。君はみんなの絆は切れなかったよ。だっていつでも俺達は心で繋がっているじゃん!」
「七宮、ありがとうォ…ありがとうッ、七宮ァッ」
ボロボロと涙を流す将吾。
「なーなみや。」
「七瀬。」
後ろを振り返る七宮。
「……かっこよかったよ。」
笑顔。それは七宮涼貴にとって、紛れもなく世界一の笑顔だった。
「ありがとう…七瀬。」
目には見えないが、はっきりと七宮は感じ取ったのだった。
「それじゃあ逆転優勝という事で! 七宮を胴上げだァい!」
「よっしゃあ!」
「七宮ァ、いくぞおォ!!」
「わっ、うわあ!」
ワーッショイ! ワーッショイ! ワーッショイ! ワーッショイ!
「クソっ! また七宮に、またァ! 七宮に負けた! …クソおぉぉぉぉおお!!」
2ヶ月後
秋の学園祭準備期間で、当日まであと2日となったある日の放課後の事。
教室には、七宮と七瀬の二人だけだ。
二人は、たこ焼きの露店販売を出すことになっている。今はその必要材料を教室に二人で取りに来たところだ。
「ねえ知ってる? 七宮。」
綺麗な白い髪が、窓から差し込む夕日の赤色に染まる。
七宮は、珍しく優しい語りかけできた七瀬に驚きつつも、真剣に聞き返す。
「何を?」
目を閉じて続ける七瀬。
「この学校ではね、昔からこう言う言い伝えがあるんだって。」
七宮に背を向けて、
「文化祭の露天販売でね、カップルが全てきっちり売り切って、売上が一番だと、永遠の愛が生まれるんだって。」
…………。
七瀬は振り返り、真っ直ぐ七宮を見る。
「あたし達に、永遠の愛が生まれるといいね…。」
七宮が聞いた中で、最も優しい七瀬の声。
「そうだな…」
二人の唇が重なった――
時は流れ、七宮達Fクラスは3年になり、とうとう卒業式を迎えることになる。
この日、この世に新たな『悪魔』が誕生することになる。
七宮と七瀬以外のFクラスの生徒達は、自分達の教室にいた。
いつもの見慣れた風景。
そこに、一つの『起源』がいた。
黒いスーツの謎の男がいた。
その男は、このFクラスに重要な話があるということで、Fクラスに教室に集まってもらった。皆急いでいる雰囲気である。なぜならもう少しで卒業式が始まるからだ。
大葉大成はこの時、教室の外を偶然通りかかった。
ドアの窓から見た事ない男の姿が除けたからである。
外で息を潜め、静かに話を聞くことにした。
皆、不審がっていたが、彼の発言する事実と、嘘により、全てが変わった。
「七宮涼貴は――」
七宮は、卒業式会場である体育館に向かうため、渡り廊下を歩いていた。
「卒業…か。」
その時、完全に油断していた七宮の鳩尾に、重い一撃が入った。
「グハッァ」
七宮は分かった。これは大葉の拳だと。
「こんのォ糞野郎がァ!!」
上段回し蹴りが、延髄に当たる。
「グッ」
ヤバイ。
大葉君、かなり強くなってる。
七宮はわからない事もあった。
何故俺を狙ってきたんだ?
恨みがあった?
頼まれた?
一体…?
ガッ!!
「ッ!」
背中にずしりと衝撃が加わる。
どうして?
「将吾君?!」
「最低だよ、七宮。」
え?
Fクラス全員の殺気を感じた。
みんな!? どうして?
「死ね!」
「クズ!」
Fクラス全員から一斉攻撃。
反撃できる七宮ではない。
何故ならば、友達は傷つけられないからだ。
「テメエに二度も負けた俺の、あの屈辱は絶対に忘れないぞォ!!」
ヤバイ。このままだと……目を開ければ……いやダメだ! 目を開けちゃ…
バキッ
顔面に、殺気のこもったパンチ。
ドクンッ!
ドクンッ!
胸の奥の何かが、反応した。
目の前にいた大葉は倒れた。
ッ!!――
そんなッ!
七宮涼貴の両眼には、紋章。
そう。七宮は目を開けてしまったのだ。絶対に開けないと誓ったのに――
開けるつもりなんか無かったのに!
そ、そんな! 目を、閉じることが出来ないなんて!
何故! どうしてぇ!!
このままじゃみんなが!!
ドクンッ!
ドクンッ!
「恐ろしい眼しやがってよォ! やっぱり本当だったんだな。アイツのいった事は!」
「よくも大葉を!」
「ダメだ! 俺と目を合わせちゃいけない!」
七宮と目を合わせた二人は倒れた。
「聖也! 和人! よくもやってくれたわね!!」
「やめろォォオオオオオオオオみんなあぁあああああああああ!!!!」
七瀬は驚いた。
何故なら、クラスメイトみんな死んでいるからだ。
「みん、な…一体何が、あッ! 涼貴!」
七瀬は、膝をつき、顔を伏せている七宮のもとへ駆ける。
「一体何があったの?! みんなどうして死んでいるの?!」
顔を伏せたまま、黙る七宮。
七瀬は七宮を抱き、優しく言う。
「涼貴、大丈夫…私が、ついてるから――」
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!
「ゴメンッ! 七瀬ぇ!!」
七宮の両眼から、雫がこぼれ落ちる。
あの日七宮涼貴が手に入れた力、能力。
それは、『目が合った相手は死ぬ。』というもの。
最強にして最凶。
この能力は、最悪なことに切り替えができない。
死ぬまで永遠に紋章が眼に宿るのだ。
体育館の真ん中で、七宮は大の字で寝転がる。
設営された卒業式の物は全てめちゃくちゃだ。
七宮涼貴は全校生徒と、全教職員を殺した。
そして七宮涼貴は思い出した。
そうだ、忘れていたよ…
『俺は…全てを殺す! この世の全てを殺す――!!』
あの日決意した事。
もう、七宮に自我はない。
完全に力に飲まれた。
全てを失った時、人は何を見るのか……
「七宮涼貴!」
目を閉じた二人が、体育館の入口に立っている。
「田端和希と、明日葉義光。」
「これがなんだかわかるか?」
明日葉が持っていたものを突き出す。
七宮、否、悪魔が驚く。
「永久凍結石!」
あれは、俺の村のォ!!
「永久凍結石。今は亡き君の生まれ故郷の伝説の石だね。」
ああ、良く知っているさ…村の語り継がれてきた話に良く出てきたからな。
悪魔を永久に封印する時に使われる石だ、ってな。
それが実際にあるということも知ってたさ。
田端もあしたばに続き、
「7年前、君の村は謎の集団から襲撃され、君以外の村人は死んだ。」
あの後俺は一人だった。合う人全員死んでいく。それが何より悲しくて仕方がなかった。
だから俺はあの時決めた。絶対に目を二度と開かないと。
能力に頼らずとも、自分は守れる。目が使えなくても…だから俺は強くなることも決意した。
だから死ぬほど、死ぬほどォ! 努力したんだ!!
「今その跡地に行ってきたんだよ。そこのこの石があるからってね。」
「これ以上、死なせない。」
『彼は、君達と仲良くなり、油断させた後、目があったら死ぬ能力で殺すつもりなんだよ。』
『後に彼は、この世界の全てを殺す。』
明日葉は永久凍結石を手で握って砕き、
『消えろ! 悪魔!』
それを悪魔に振りかけた。
覚えていろ…、俺は、全てを殺し…
『自分をも殺す男だァ――!!!!』
悪魔は永久凍結された。
哀しみの瞳
哀しみの瞳