超、回復させちゃおう 3
「え、嘘、マジこれ? 目も腕も新しく生えてきたってことは、トカゲか? わたしはトカゲになったのか?」
奈都子お姉さんは、瞼の上から目を触りながら独り言を言っている。腕が生えるところはその途中を観察できた(正直言って怖かった)けれど、眼球はそうもいかない(わたしも目を逸らしていた。怖すぎる)ので実感が湧かないのかもしれない。
でもトカゲから生えるのは尻尾だから、ちょっと違うね。
あれって切れてからものたのた動くから、気持ち悪くて嫌いだよ。
「……ああ。すごいや。元通りに治ってる」
奈都子お姉さんは腕をさすりながら顔をくしゃりと歪めて「あーもう、本気で嬉しいんだけど」と鼻声で小さく呟いた。
しみじみと喜ぶその姿を見て、わたしは身体の力が抜けた。
「お姉さんのケガが治ってよかったよ。最初の姿を見た時は、どうしようかと……あ」
視界にアランさんが入ったわたしは、その場に固まった。
彼の顔には『よかったな』と『俺の婚約者リーサ、よくやった!』と『こんなにおおっぴらに上級回復薬を使うとは……』と『これは想定した以上に悪い状況になってしまった』が入り混じった、なんとも言えない笑みが浮かんでいたからだ。
イケメンだからこそ、その笑顔が怖いです。
「はあ、やらかした」
これだけはやめようねって、絶対にバレないように秘密を守ろうねって、アランさんとめっちゃ話し合ったばかりなのに。
カミーロさんのことを無茶苦茶脅して口を封じたのに。
彼は今頃、杖を持って下手くそな演技をがんばってるというのに。
衆人環視の中で上級回復薬を使って、お姉さんの左眼と左手を完治させてしまいました……って、わたしのばかばかばか! もっとやりようがあったのに!
お姉さんのケガを見たら頭にかーっと血が昇って、さっきしたばかりの大切な話を全部忘れちゃってたよう……どうしよう……。
「理衣沙ちゃん……どうしたの?」
手で両目を拭ってから、奈都子お姉さんが半べそをかいたわたしに言った。
空気の読めるバリキャリお姉さんは、不都合が起きたことを敏感に悟ってくれたようだ。
「ね、もしかすると、さっきのやつって理衣沙ちゃん的にあかんやつ?」
ひそひそと囁かれたので、わたしも「めっちゃあかんやつ。人に見せたらあかんやつ」と囁き返した。
「うーん、なんかごめんなさい」
「お姉さんは悪くないです。頭がアホのわたしが悪いんです」
もう、本当に、自分のバカさ加減に涙が出ちゃうよ。
その時だった。
「なんと素晴らしい出来事だ! この国を救うために降臨された聖女ナツコと、稀有なる清らかな心を持つ天使リーサ! 皆の者、ふたりを見守る神より、偉大なる奇跡を賜った瞬間を目にしたか!」
すごく大きな声でそう叫んだアランさんは、両手を天に向けて叫んだ。
どうしちゃったの?
舞台俳優みたいでカッコいいけど。
「神よ、我らを守り賜う慈悲深き神よ! ありがとうございます!」
そして、わたしたちに目配せをしたので、わたしとお姉さんも『あっ、そうか!』と両手を天に向けて叫んだ。
「神さま、奈都子お姉さんの怪我を治してくださってありがとうございます! お姉さんはこの国のためにとてもがんばって、大怪我をしたのに弱音を吐かないんです! すごく偉いお姉さんなんです!」
「ちょっ、照れるし! えーと、神さま、わたしの怪我を治してくださいまして、多大なる感謝を申し上げます。おかげさまでわたしたちは打ち合わせ通りに浄化を進めております。神さまの奇跡でさらに元気な身体になったので、引き続き瘴気の噴き上がる場所を浄化していく予定です。いい仕事をして見せますので見守ってください!」
やる気に満ちた宣言をするお姉さんのことが心配で仕方がないわたしは、両手を下ろしてお姉さんの肩を揺すった。
「えっ、もう怪我しないようにしてよ! 絶対に無理しないで! お姉さんが怪我したら、わたし、やだよ、やなんだよ!」
奈都子お姉さんは、両手を上げたまま「おう、了解した」と答えた。
「神さま、理衣沙ちゃんが泣くので、無理なスケジュール進行は致しません。納期の遅れよりも怪我をしないことを優先させていただきますことを、ご了承ください!」
ちょうどいいタイミングで、もう日も暮れたというのに天から光が降りそそぎ、お姉さんを照らした。
「ふむふむ、それでいいらしいね」
「いいに決まってるよ! お稲荷さんだって、お姉さんが辛い目にあって欲しくないんだから!」
「ああ……それもそうだよね。お稲荷さんはわたしが小さい時からずっと守ってくれた神さまなんだから、無理して怪我することなんて望んでないよね」
奈都子お姉さんは「理衣沙ちゃんはいい子だね。わたし、気持ちがキリキリしてたことに気づいたよ。こんなことじゃ、うまくいくわけがないよね。ありがとうね」と言ってわたしの頭を撫でてくれた。
すると、わたしたちふたりに、さらに強い光が降り注いだ。
「神が聖女と天使を祝福なさっている!」
「なんという神々しいお姿なのだろう」
「素晴らしい奇跡だ!」
中にはその場に跪いて、神さまへの祈りを捧げている人もいる。
よかった、なんとかこの場はごまかせたようだ。
まあ、わたしがこの世界に来たのも、箱庭の力をくれたのも、すべて神さまがやったことなんだから、わたしたちは嘘はついていないのだ。
奈都子お姉さんは「それでは皆さま、失礼いたします」とにこやかに手を振りながら、わたしの手を引いてその場から脱出した。そして足早に歩くと「この部屋は使って大丈夫だから」と言って、後からついてきたアランさんとナオミさんとの四人を部屋に入れると扉を閉めた。
「坊や、上手いことやってくれたじゃない。ありがとう」
お姉さんに褒められたアランさんが、意外そうな顔をしながらも「一時的なごまかしだから、上級回復薬について詳しい者には効果がないだろう」と言った。
「あの美味しい薬は上級回復薬って言うんだね。なるほど、味も上級だったよ……そうそう、わたしたちはこれから王様たちに報告をしなくちゃいけないんだ。明日はさすがに休むつもりだから、理衣沙ちゃんがどうしていたかをゆっくり聞きたいな」
相変わらずハードなスケジュールだ。
「お姉さん、疲れているんでしょう? 大丈夫?」
「それが……さっきのアレ、わたしの積み重なっていた疲労を綺麗に消しちゃったんだよね。効果がありすぎてヤバい薬かもしれないから、気をつけた方がいいよ。アレを飲まされて、無限に無休で働かされて……なんてことになったら、ブラック企業どころの騒ぎじゃないからね」
「ひいっ」
なんて恐ろしいことを考えるんですか、お姉さん!
しばし思案していたアランさんが言った。
「そうだな……その報告のついでに、上級回復薬の作成に成功したことも告げておこう。国の重鎮が集まるからちょうどいいだろう」
「アランさん、他の人には内緒にするんじゃないの?」
「いつかは話さなければならないことだし、ナツコ殿の身体の欠損が回復したのを見て、わかる者にはわかっただろうからな。特に国王陛下には話を通しておいた方がいい。リーサの身の安全についても相談しなければならないし」
「身の安全? なんで?」
「特別な力で、極薬草の栽培から上級回復薬の錬金までひとりでできることを知ったら、リーサを我がものにしようと考える者が現れてもおかしくない。我が国だけではなく、他国の者からも狙われるだろう」
「ええっ、そうなの?」
「奪い合いが起きて戦争になる……などということもないとは言い切れない」
「せ、戦争?」
血の気が引くわたしに、奈都子お姉さんは「魔物との戦いだけで手一杯なはずなのにね。人間というのは愚かな存在だとつくづく思うよ」とため息をつきながら言った。




