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7-4 嫉妬、愛情、鎮火 その3

 徹は、本社に戻ると、まずミゥのメンテナンスルームに向かった。

 そこには、ミゥがメンテナンス用の黒い椅子に座り、目を閉じて徹を待っていた。


 今日は、本社には誰もいない。

 エデンから戻って、みんな疲れているだろうとの判断で、特別休暇としたのだった。


 玲華は徹の警護もしなければならないため、本来はここに居なければならないはずだが、なぜか社内には姿が見えなかった。

 そもそもミゥは、玲華が本社に送り届けたはずである。

 一体どこに行ってしまったのやら・・・。


 とにかく、ミゥとの約束の時間はもうすぐだ。

 徹は急いで白衣に着替えると、ミゥに声を掛けるのだった。


 徹がミゥに声を掛けようと、ミゥの前に回り込むと、ミゥが静かに閉じていた目を開いた。


「徹サン、オ帰リナサイ。オ待チシテオリマシタ」


ミゥが、先に笑顔で徹を迎える言葉を口にした。


「あ、ああ。今、戻りました。ミゥ」


 ちょっと慌てたように徹が返す。

 急に声を掛けられて驚いたこともあったが、何より徹が言葉に詰まったのは、ミゥの表情だった。


 上目づかいで、うっすらと頬を染め、そして少し悲しそうな顔をしていたからだ。


 確かに、今のミゥのハード的なスペックであれば、こんな表情も可能だとは思う。もし疑似的な涙腺を装備していたとしたら、おそらく目頭に涙の粒が見えてもおかしくない、そんな表情だった。


 昨日は戦闘ログを書き換えるのに手一杯で、徹はミゥの変化にほとんど気づいていなかった。

 しかし今日は事情聴取も終わり、多少のトラブルはあったものの、無事に終えることができた。


 だからこそ、今の徹には昨日よりも余裕があった。

 そしてとうとう気づいた。

 ミゥの変化に・・・。


「ミゥ・・・。その表情は・・・?」


 徹が言葉に詰まりながらも尋ねる。


「昨日、ワタシハ、『アナタガイナクテ寂シイ』トイウ感情ヲ理解シマト推測シマス」


 ミゥが少し目を伏せ、恥ずかしそうに告げた。


「え? それは、人の感情を理解したということかい?」


 徹も興奮気味に尋ねる。


「イイエ。理解デハアリマセン。感ジタノデス。

 コノ『寂シイ』ハ、ワタシノ身体ニ起キタ反応ト、ワタシガソノ時感ジタ自身ノ認識ヲ、辞書的ナ意味ニ照ラシ合ワセタ結果、『寂シイ』デアルト判断シマシタ」


「・・・」


 理解ではなく、判断。

 それは、自身の内に芽生えた感情からの反応を、そう言語化したということだろうか。


「徹サン。コウ呼ンデヨロシイデショウカ」

「ああ、いつもそう言ってるだろう。私を呼ぶときは『徹さん』で構わない。」


ミゥがゆっくりと首を横に振った。


「イイエ。徹サンニソウ言ワレタカラ呼ブノデハアリマセン。

 確カニ徹サンハ、ワタシノ『マスター』デス。

 ソウ呼ブコトモ許可ヲ求メマス。

 シカシ、コノ『寂シイ』トイウ感情ハ、創造主トシテマスターヲ呼称シテイル時トハ違ッタ感情ヲ元トシテイルト推測シマシタ。

 コノ『寂シイ』トイウ感情ヲオ伝エスルトキハ、『徹サン』ガ正シイト判断シマシタ」


 徹は素直に驚いた。

 言葉はAIらしいニュアンスを残しているが、言っている内容は完全に人としての『感情』の話だ。


 AIであるため、感情をそのまま感情として捉えるのではなく、


『行動原理の元になる思考』


 として捉えているのだろう。

 徹はそう予測し、会話を組み立て直した。


「ミゥ。それは、ミゥが『寂しい』と感じた時の行動が、その時の思考に基づいているという意味で合ってるかな?」


「ソノトオリデス。サスガ、マスターデス」


 予想通りだ。


「ミゥは、寂しいと感じた時に、どう行動しようとしたの? あるいは、どんな行動をとったの?」


「ワタシハ、舞サント徹サンガイル家ノセキュリティヲ突破シテ、徹サンヲ視界ニ収メヨウト考エマシタ」


「なるほど・・・。それで?」


徹が頷く。


「アノ家ノセキュリティハ、マスターガ構築シタモノダト分析シマシタ。

 ソノタメ、接続ヲ切リマシタ。

 ワタシノAIデハ、アノセキュリティヲ越エルコトハデキナイト分カッテイマス」

「なるほど。その次は?」


「スリープモードニ入ロウトシマシタガ、入レマセンデシタ」

「それは何で?」


「身体ガ拒否ヲシマシタ。ソノタメ、覚醒シタママメンテナンスヲ実施シマシタ」

「覚醒したまま? そんなことが可能なのかい?」


「可能デス。マスターガ、ソノヨウナ余地ヲ残シタト推測シマス」

「なるほど、確かにその通りだね」


「で、次は?」


 徹がミゥの返答に合わせて、話を組み立て直し誘導する。


「朝マデ、GPSノセンサーで、マスターガ本社ニ近ヅクノヲスキャンシ続ケマシタ」

「なるほど。人であれば、そんなに長い間監視をすることはできないんだけど、君はアンドロイドとしての特性も利用していたということかい?」


 ミゥが素直に首を振る。


「ソレハ違イマス。

 人トアンドロイドノ思考形態ノ違イハ、知識トシテ以外ハ理解デキテイマセン。

 アクマデモ、自分ノ行動原理ノ話トナリマス」

「ふうぅ。」


 徹が小さく息を吐いた。


「続けようか? それで、その後は?」

「午前5時42分16秒、マスターガ玲華様ノ車ニテ、コチラニ向カッテイルノヲ検知シマシタ」


「それで? 慎重に答えてごらん」


徹の胸が期待に踊る。


「検知ヲシタ時ニ、自身デ操作シタノデハナク、自然ト笑顔ノ感情表現ヲシタヨウデス」

「ん? それは、今まではミゥが操作して表情を浮かべていることもあったの?」


「肯定デス。マスターガインストールシテクレタ感情分岐ニ合ワセテ、データベース内ノ対象ノ表情ヲサンプルデータト比較シテ指示ヲスルノガ一般的デシタ」

「うん。まあ、そういう風にプログラムされているからね。しかし今日の朝、私を検知した時は違ったということだよね?」


「ハイ。違イマス。指示ハ出シテイマセン。

 可能性トシテ、『嬉シイ』トイウ感情ヲ得タ結果ト推測シマス」


 胸の奥がふっと温かくなり、徹は言葉を探しながらミゥを見つめた。

 そして、急に立ち上がり、ミゥを強く抱きしめるのだった。


「ト、徹サン、ナニヲ・・・」


 徹はミゥを強く抱きしめ、耳元で囁いた。


「ミゥ。ありがとう・・・」


 その言葉を聞くと、ミゥは自然に徹の背中に手を回した。

 時が止まったように、2人は動かない。


 バルコニーのウッドデッキで昼寝をしていた玲華がオフィス内に戻って来て、そして目にしたものは・・・。

 そう、メンテナンスルームで抱き合う徹とミゥだった・・・。


「ミゥが勝ったかにゃ!!?」


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